日本の食生活

少しゆっくり起きて今日は区内の病院へ。そういえば数年前からマネジャーY女史と脳ドックに連れドックしよう!と計画をしていたがとうとう叶わず、抜け駆けして診察を受けに行った。諸々の症状からリハビリテーション室で立つ時の重心バランスの検査を受け、いよいよ脳と頸部のMRI。おぅ感動!自分の脳みそ。先ず何よりあって良かった、みそ。100人に一人しかない部分があるという説明に、それは天才って証拠かと野暮な質問は取り下げたが大変よく診てもらうことが出来た。、首の骨が気になるが普段の頭痛は主に肩こりから来るものと分かりひとまず安心。あとはどうやって各部位の痛みを取っていくかが課題だ。気長にドイツチックに?構えようか。ホームセンターとか、デパートとか結構好きらしい。思わずかつての行きつけのホームセンターへ行き、ベルリンで使えそうなものも含め、ウィンドウショッピングをする。酒類量販店でビールと水をゲット。知らぬ間に色んな新しい種類のビールが出ていた。でも主流は第3のビールなんだなぁ。夜はサントリーホールに演奏会へ出掛けてみる。かつての上司、広上淳一氏率いる日本フィルさんと母校東京音大の合唱。どこから結びついたか分からないプログラミングながらいい曲ばかりだった。学生の時から母校の合唱指揮者時代まで大変お世話になった尊敬する篠崎義昭先生にお目にかかることが出来た。家に帰って久々に兄貴と会う。兄もまた朝霞にある家近くの家庭菜園で野菜を作って持ってきた。ちょっと羨ましいなぁ。そこで採れたナスやトマト。てんぷらを作っていただく。旨い。どうだ、ドイツ!でもビールだけはドイツは旨いんだなぁこれが。そろそろ次はプリン体の心配をしてみよう。豊富な魚、それと肉との消費のバランス、野菜の質もドイツよりは良いのだろうと思う。それとも単に日本人の求める味覚が優れているということだろうか。味付けの繊細さ、バラエティーの豊かさは誇れるものだ。ベルリンのスーパーのチラシはどのページを開いてもデ○まっしぐら。久々に家族4人が揃った。(東京12日1:15a.m.)

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日本の車社会

やってしまった。寝過ぎ。昼に眼が覚める。この湿気と暑さで自ら時差ボケを招いてしまった。久々に愛車カムリ君に乗ってみる。動いた、感動。そろそろ地球のためには身を引いてもらうべきところだが、暫く付き合ってもらおう。池袋の東武デパートへ。ドイツっぽいお菓子を購入。秋からずっと履いている靴の中敷を求める。昨年長岡の駅前で余り期待せずに買ったそれが今や手放せない。日に平均3~4キロ歩いていたが買い換える必要も無いほど軽く丈夫だ。眼鏡屋に立ち寄りそのまま渋谷へ。ジャパンアーツの入るビルへ次週末からの旅公演打ち合わせに伺う。我がマネージャーS女史も元気そう。ヨーロッパでの報告や公演の内容にリハーサルについて等々順調に打ち合わせが進む。車で行き近くのパーキングに入れたら料金2000円、え~!ベルリンはただ同然なのに。ユーロの変動で生活費は若干日本より高く感じるものもあるが、日本は余計なところにお金が掛かり過ぎる気がする。ビールの税金とかっ。車で都内を走りながら帰宅。やはり日本の食文化は素晴らしい。きっと水の影響が大きいのだろう。庭で採れたインゲンはケニア産のそれより断然旨い。洗濯物は肌に気持ちよいのも実感するし着替えもソフトだ。ベルリンでは何を使って洗ってもガビガビ。まぁ、それでもベルリンは芸術家ビザを取っちゃう程、愛する街ですが。カムリを走らせて改めて気が付くのはタクシーの数の多さ、道の狭さにそぐわない交通量。高速料金ただにできたらいいのに。とは言え物流と人の移動は当然ベルリンとは比較ならないが、何でも東京に集中しすぎていると思う。ガソリンはもうおしまい。ベルリンでは日本車はマツダ位しか見かけなかったが、日本でベンツ、BMVを見ると余り感じよくないな。と思うこともあるが次はBMWにしようかとか考えていたこともあったりして。低燃費低燃費。(東京12日1:10a.m.) 

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日本の交通網

朝から満員電車、おかしいよ日本。当然人口も多いし、よっぽどドイツなんかより仕事もよくやるのだろうけれど、道行く人の足取りも表情も朝から疲れきっている。とおもいつつ自身もそうだったのかも知れない。ホームの放送や過剰サービスアナウンスが煩い、これが気遣いの文化かな。久方ぶりに東大病院。初診扱いにされたが予想以上に早い診察。担当が若いお医者にも診させる。いいお医者になってね。梅雨空だったが本郷から後楽園まで歩いてみる。楽しそうなお店が沢山。地下鉄を乗り継ぎ九段下へ。靖国神社の鳥居の大きさを捉えながら次の目的地九段坂病院。岩城宏之先生にご紹介いただいた名医山浦先生に3年ぶりに見ていただく。MRIでは何度居眠り仕掛けてびっくりしたことか機械音も心地良い。いずれにしても両病院の検査診察の結果は予想以上に良好で一安心。岩城先生が無くなってもう3年かぁ。楽しい会話にクシャクシャっていう顔をなさった晩年を思い出す。久々の別宅へ。東池袋の交差点も大きな道路が開通しそうな気配。鍵を預かってくれる河合楽器雑司が谷店に立ち寄り久々のよもやまトーク。近所に新しい店もいくつか立つ。さて我が城、7畳のレッスン室は健在。思わずただいま!過ごし慣れた空間はほっとするものがある。ベルリンのあのフラット、次に帰るときはどんな表情で迎えてくれるだろう。家に帰り今夜もお米を堪能する。枝豆にヱビス。たまらん。値段は3倍もする日本のビール、有り難く頂くとしよう。それにしても東京の交通網は良く整備されている。ドイツの方がシンプルで無駄が無い。日本で1つ怖いのは地震だ。いったい今どれだけ地下深いところに自分はいるのだろうと不安を感じた。とにかく街がごみごみし過ぎている。(東京1:05a.m.)

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日本のトイレ

ベルリンを6日7時に発ちロンドンはヒースロー空港へ2時間弱。この時点で日本に帰るためなのに少し遠ざかった気分。ターミナル5は広く新しい。乗り継ぎのためなのに手荷物検査がやたらと厳しい。午後の便までかなり時間があったのでいろいろやる。今回の滞在を決めるきっかけになった小生の振る演奏会においでいただきメールを下さった聴衆の男性にお礼のメールを打ったり、少しお土産を求め時間を費やす。スタンドでギネスを1パイント、うーんロンドンでの滞在を思い出すなぁ。BAは少し座席の広いクラスの席だが出発の時点で既に2時間の遅れ。いよいよ成田。田んぼの緑が眩しい。いや暑い、湿気。1時間に1本出ているリムジンで実家から歩ける距離の停留所まで1時間。懐かしいほっとする気持ちとここはドイツぢゃないという認識に揺れる。かつての通勤路を家まで歩くと区画整理で家の周りがこの数ヶ月で様変わり、家の門も初めて開ける。お邪魔しまーすってな感じだ。ショック。お隣さんもさら地になり不思議な感じだ。ただいま!家庭菜園(小さい)のトマトにインゲン、しし唐が見事。早速晩ご飯で料理する。ベルリンに滞在中、日本のお医者へ行く予約やら情報を得てこれからお医者通い週間。いつも舞台の衣装のお世話になっているクリーニング店にずっと海外で着ていたスーツをお願いしに挨拶。使い方の分からなくなった携帯を駆使し、近所の口コミ歯医者に飛び込み虫歯の点検。数年来の不調でもあるあご、噛み合わせ、噛み締めについては早くどこかよいお医者を探さねば。歯は大事だね。家で半年振りの風呂、長風呂の習慣は消滅。汗が引かないんだもん。でも風呂にどっぷり浸かるのは巡りが良くなるのを実感。日本を体感。ウォシュレットに感動、いつもより長居していた。にんまり。

帰ってきました。皆さんまた仲良くしてくださ~い。 (東京12日1:00a.m.)

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ベルリンの墓地

今年生誕200年を迎えたヤコプ・ルートヴィヒ・フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディはこのベルリンに眠っていることを知り無性に行きたくなった。気が付いたのがこの日曜の夕方。思い立ったら即行動。まだ明るいのだが墓地は何時に閉まるか分らない。既に5時を回っている。とにかく地図を手に目指す地下鉄の駅へ向かう。そこからはほぼ勘で足の向く方へ。いくつもの門が閉まっていて、恐らく入り口を間違えたのか墓地に入り込めない。そこへ楽譜を持った人の流れが見えた。明らかに何かのパフォーマンスが終わったのだろう。その流れに一人逆らって辿り着いたのが、メンデルスゾーンのお墓。隣には最も慕っていた姉のファニーや親族のものと共に並んでいる。真っ白い十字架のお墓には鮮やかな花が手向けられている。来ることが出来て良かった。
小生にとって何かと縁のある作曲家だ。ここ数年で集中して交響曲や「エリア」、合唱作品を手掛けてきたが大好きな作曲家の一人だ。ここに来てしそびれていたことの一つをし得たようだ。ウィーンでもどこでも作曲家のお墓参りは必ずといって良いほどに行っているが、いつものように少しでも仲良くなれたらと願うのだ。今日も勝手にメンデルスゾーンと少し近づいた気持ちになる。数多くの偉業を残したものの38歳での死は早すぎる。生い立ちについて裕福さだけがクローズアップされることがあるが、ユダヤ人であったことによる厳しい迫害を受けていたことは無視できない背景のひとつだ。
家の目の前にある教会を訪れる。鐘の音を聞きながらの生活と共に存在する教会の姿に心強いものを感じる。
お世話になっている後輩のピアニスト沢野智子さんと会食。焼き鳥。
いよいよ日本に帰る日となった。日の出と共に起きなければ飛行機に乗れない。
ベルリンでの多くの出会いに感謝。
ではまた。

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ベルリンの晴間

夏の暑さとともに夕立もしばしば。
朝目覚めるとまずベッドから臨む空の色を確かめる。澄み渡る青空のときもあるがそれが続くとも限らない。明るいのだけれど一様に雲がかかっていることもあってむしろ、雨も降らずに落ち着いていることもある。ドイツの天気予報は、申し訳ないが怪しい。朝も、昼も、夜も晴れ、曇り、雨、雷のマークが全て揃っていたりする。好きに選べってか。
このところ、市内で短時間に豪雨が降ったりしているようだ。物凄い雨が降ってるようでも家の中は申し訳ないくらい何も聞こえかったりする。
雨が止んで、その匂いを涼しい風と共に運んでくる。好きな瞬間の一つ、おまけに夕焼け空は何処の国にいても美しいものだ。
恐らく今回の帰国前最後の観劇。ドイチュ・オパーのカルメン。様々な発見も共感もあれど、決して昨年市民の手で創ったそのカルメンの求めるところは決して間違っていないし、むしろ自信を持って打ち出すだけのものがあったのでは、と逆にエネルギーをもらう。
カルメン役のKate Aldrichは端正に良い音楽をしていた。でも同時に日本の伊原直子という声楽家が如何に素晴らしい芸術家であるか改めて実感をする。
ふと音楽ってなんだろうと思う。「超」の付く一流どころを沢山見、聴いて来たがその評価と実際は絶対なものでもない。若い時からこちらの小屋で修業を積んで現場を知り尽くし、音楽を知り尽くしているという演奏家がどうやら全てでもない。当然素晴らしい演奏にも沢山めぐり合えるのだが、皆音楽家は、そこでベストを、良いものを生み出そうと務める。そのタイミングやら気持ちの在りようが全て良い方向に導かれる道を得たとき、物凄い力が生まれる。
それは良く分っていながら、ここベルリンでもロンドンでもいろいろなわけで、だからこそひとつひとつをまた大事に音楽していきたいと改めて思う。
昨日はもう、食材も使い切り作る気力も無くここから程近いFeuerbach str.の行付け「宇田川」さんに食事へ出かける。日本人の団体さんが大勢いると見ていたら「キターー!」はじめ分らなかったのだが、良く日焼けした俳優の織田U二さんがクルーと共に食事していた。どうやら来月のベルリンでの世界陸上のキャスターの仕事のようだ。小生と同い年かぁ。良く焼けてたなぁ。

どうぞよい1週間を。

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ベルリンの生活 Ⅲ 調子の良い鍵屋

7月に入って急に夏らしくなってきた。高い空は相変わらずだが、日本を思い出すような蒸し暑さを覚える。
ベルリンの名所や見所は沢山あって、その情報も日増しに増えていく。奥深い。
ヨーロッパで一番大きいといわれるチョコレート店「Fassbender&Rausch」に行って見る。そこはコンツェルトハウス・ベルリンやドイツドーム、フランスドームのあるベルリンで一番美しい広場と言われるジャンダルメンマルクに程近い。地上階の売り場にあるその種類にも驚くが2階には年配の男性が一人でホットチョコレートをすすり、チョコレートケーキを食べながら新聞を読むそんなカフェがある。カカオ70%のそのハイセ・ショコラーを頂く。甘過ぎず美味。
我がフラットの一部屋を借りてもらおうと、ベルリンの情報サイトに投稿したところ沢山反応があった。その中から決めた一人に住んでいただく準備をする。その一つ、寝室と共用スペースをつなぐ扉の鍵を作ろうと近くの鍵屋へ。マスターを渡すと調子よく任せろとばかりに瞬く間に仕上げる。流石ドイツと思いつつ代金を支払い我が家へ。早速鍵穴へ挿し込もうとするがささらない。ん?流石ドイツ。まぁこんなこともあろうとはベルリンでの3ヶ月の生活が何だか分らん余裕を生む。明くる日、軽いクレームを交えて鍵を渡すと、そんなことは有り得ないと再び削り始める。自信たっぷりに渡された鍵を手に我が家へ。おっ入った!抜けない!やっぱりドイツ。3日目、返金をしてもらいに出向くもあのおっちゃんがいない。軽い皮肉を交えて笑顔で中程度のクレームに、お調子者の若いスタッフが彼の仕事をかばいつつ、もうあなたが2度とそのためにくる必要は無くなると削りはじめる。まぁ他の店を探す時間もないしとりあえず委ねる。帰宅してようやく無事鍵が使えるようになった。こんなこと珍しくも無いようだが日本ではきっと有り得ないだろうなと思いつつ、一度でやらんかい。調子の良い鍵屋の一件。
ヘンデルの調子の良い鍛冶屋は小学校の頃発表会で調子良く弾いていた記憶がふとよみがえる。がしかしお調子者の意味ではなく愉快な、の意だったことを後になって知る。
見附のアルカディア混声合唱団が夏彩コンサートを無事に終えたとの知らせ。カルメンをご一緒してからはや1年が過ぎた。着実な活動に嬉しい気持ち。
今夜は夕立はなかったな。少し寝苦しい夜になりそうだ。星が綺麗な夜。

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ベルリンの湖

ベルリンに移り住んでからピアノに触れていなかった。楽譜を読むときにピアノを弾かなければならないということは無いのだが、時々弾いて確認をしてみたくなることがある。
人前で弾くことはすっかり減ってしまったが、無性に音を出したくなることもある。
先週注文をした電子ピアノが届いた。それは小さなものだがタッチもしっかりしていてなかなか愛おしい。機能が色々付いているがピアノの音が出ればとりあえずそれで十分。小部屋にスマートに収まった。仲良くしよう。同時に幼少の頃から弾いて来たアップライト、大学時代に購入してもらったグランドピアノは小生の宝物だ。今年の梅雨に耐えているだろうか。

これまで何も知らずに訪れた地について後で知った事実に驚いたり、知らなかったことに恥ずかしさを覚えるようなことが恥ずかしながらあるが、今回もそんな体験をした。
フラットの最寄の駅からおよそ15分電車に乗ったところに小さな美しい湖が2つある。さらにしばらく進めると有名なポツダム宣言の行われたポツダム市、ポツダム中央駅がある。まだ行って見てはいない。いずれ時間を取りたいと思いつつ。その一つ手前にWanseeという湖の駅がある。駅から少し歩くとハーフェル川との入り組んだ広大な湖が広がる。桟橋からは対岸に住む人達を運ぶフェリーや観光船が発着している。2時間かけて周辺を案内するフェリーに乗り込む。水路の両岸は高級住宅地と森が連なりそれはそれは美しい。豪邸を見る度、「それがどうした」だの「何れは我も」と岸辺にヨットやカヌーがつなげられ、そこから良く手入れのされた庭や凝った邸宅につながる一連の絵に邪念も混じる。丁度この季節緑が濃さを増し、水との調和は全てが絵になるような素敵な時空。
その時から70年と経っていないこの現代の歴史に改めて深い衝撃に沈む。ヒトラー政権下で600万ともいわれるユダヤ人の移送、虐殺の計画の最終決定がなされた会議が一つの美しい館でなされたということ。10年程前にポーランドのコンクールを受けた足でアウシュビッツを訪れた時の衝撃と直ちに結び付く。ドイツは負の遺産を教育に生かすべく保存している点を記しておこう。
ふと、思う。しばらく袖を通していないタキシードは着られるかなぁ。ドキドキ。
梅雨の日本を思い出すように今日は28度まで気温が上がり、夜激しい夕立も。
今年も残り半分となった。どうぞ皆様この7月もお健やかな毎日を。



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ベルリンの味 

そこそこ暖かくなりつつも、夏になりきれないベルリンの天候。
プランターにパセリや豆の種を先月蒔いたのだが、芽は出たのだけれど今ひとつ太陽が欲しい感じ。野菜はいろいろ美味しいものを見つけられるのだが、どんな農薬使っているか判らないし、自給できるものがあったらと。心配は留守中の水遣り。
さて土曜日は昔のベルリン中央駅近くにある工場跡を改築した演奏会場で放送響のファミリーコンサートとキンダーコンサートのゲネプロを聴く。前者は人気役者がナビゲート、後者はチューバとファゴット奏者のお笑いコンビが進行役と、夏を題材に楽しい企画コンサート。
夜はコンツェルトハウスで同オーケストラとRIAS合唱団によるハイドンの天地創造。3年程前勤めていた母校の合唱とNHK交響楽団が共演をし好評だったのを思い起す。総勢35名という少数の合唱のアンサンブルは男声と女声ほぼ同数にしてバランスが良い。ハイドンの古典ならではのフォルムの中で表現豊かで自由な「うた」が聴いて取れる作品。既存のシンフォニーオーケストラが古典的な奏法のアプローチをするのはなかなか難しい。
そして日曜はシュターツオパーへ出向き、モーツァルトの「魔笛」を見る。A.Everdingの演出。タミーノはトレンチコートを着て太古に迷い込んだような設定。他の演者はそれなりに時代を感じさせる背景や空間の中で演ずる。でかい動物のぬいぐるみや小道具は失笑を誘う。何といってもルネ・パーペのザラストロは存在感。ダン・エッティンガーの指揮。

ドイツで外食をすると味の濃さに辟易することがある。大抵塩気が多い。正直なところドイツ人の味覚は信用ならねぇ。そんな訳で様々な珍料理がこの手によって生まれる。昨日は海老のチリソース煮。手作りパンもマスター。これまでクリームシチューは勿論ルーから作る。日本食もいろいろとトライ。久々に手に入った油揚げに感動も。
美味しい魚の食べられる日も近い。

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ベルリンの生活 Ⅱ

週が明けてベルリンは穏やかな天気。こんな日にヴァルトビューネやってくれたら良かったのに、とぼやいてみる。
ベルリンに来ていくつか楽譜を手に入れるために店を訪ねる。ひとつはCantus、小さいがスコアもそこそこ手に入る。もうひとつはRiedel、ここは比較的大きいお店。どちらも取り寄せもする。ドイツの出版社のものはやはり早く手に入る。
昨日はピアニストの沢野智子さんにお付き合い願って、電子ピアノを購入しに出かけた。ヤマハもカワイも当然シェアとしてはドイツのものよりも多くは場を利かせているが、敢えてローランド社のものをゲット。何だか最近ピアノが弾きたくてたまらない、といっても弾けなくなっちゃったくせに。来週届くのが待ち遠しい。
今日は久々に放送響のリハを覘く。ファミリーコンサートのプローべはブレーメンのシェフM.Poschnerという指揮者をみた。
こちらに来て運転をすることはきっと無いだろうと思っていたが、住民登録をして半年以内であれば日本の免許証からドイツのものに面倒な試験なしに書き換えることが出来ると聞き、実は5月の頭に申請をしたのだ。およそひと月で写真入りの免許証が届くといわれていたのだが十分経ったのに来ない。手違いはとも考え問い合わせると、今年1月の申請分が先ごろ送ったとの話。が~ん、年内に届いたら良い方だろうか。これがドイツ。
何でも手続きは面倒な上に時間ばかりかかる。電車の切符を1枚買うのにも自販機でお金を入れてからゆっくり切符の印刷が始まる。ここではのんびり構えまひょ。
嬉しいのはビールが安くて旨いことかなぁ。日本のあられ、せんべいや枝豆が恋しい。


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ベルリンの森 ヴァルトビューネ

行って来ました!ヴァルトビューネ。
「森の舞台」と称するベルリンフィルの野外音楽会。そのコンサートは毎年ベルリンの市民のみならず各国から多くの人が聞きに訪れる。その数2万人。
サイトで我がフラットから一番乗り継ぎの良い行き方を検索。何ていうことは無いおよそ30分の道程。電車には家族連れなど大きなバスケットにお弁当や敷物を入れて思い思いの臨戦態勢。近くにはオリンピックスタジアムがあるが、フットボールの試合を観戦するような殺気立った雰囲気は全く無く、あふれ返る駅の人だかりや簡単な荷物検査を待つのも極めて穏やか。
さて場内はすり鉢状の巨大な器。小生は舞台に程近い中央の椅子席を陣取る。その前、舞台の手前は花火大会さながらシートを敷きビールにワイン、ソーセージにチーズと既に大宴会。開演は8時15分、陽は傾いてきたがまだまだ明るく暖かい。
開演が待ちきれないお客から早くやれぃと言わんばかりの拍手に応えて、コンマスのブラウンシュタイン氏、オケの中からウェーブを仕掛ける。その波が2万人の観客に伝播する様子は正しく音楽の輪を作り上げる。
いよいよ開演、次期コンサートマスターに内定した樫本さんもトップサイドに。サー・サイモン・ラトル氏の指揮でチャイコフスキーのくるみ割り人形から抜粋。マイクを通した音響は残念ながらいただけないものだが、アンサンブル能力の高さ、各々の音楽は寧ろクローズアップされ違った楽しみ方も出来る。とは言え今宵はこの空間や雰囲気を楽しむためのものだろう。皆黙って聞いている。喋ろうものなら「シッ!」2万人が音楽とともにシーンと静まり返るその空気もまた凄い。
2曲目のラフマニノフのPf協はブロンフマン氏のソロ、引き付けられる。陽も傾き森にこだまする小鳥の囀りも赤ちゃんの泣き声もむしろ微笑ましい。3楽章は圧巻。どんどん気温が下がり悪条件の中で見事な演奏。
これはもう降るな、というタイミングを皆知っていて準備しておいた傘やら合羽を羽織る。休憩とともに待ってましたとばかりの雨。
止む気配は無く、30分の休憩の後、後半のプログラム「春の祭典」。マイクで拾っているためにその細部が浮き彫りになる。2部の後半はまた圧巻。大歓声とスタンディングオベイション。ラトル氏のこの雨に「ワーオ!」スピーチの後アンコール、チャイコフスキーのシーンとお馴染み「ベルリンの風」に皆、のりのり。
これでベルリンフィルも夏季オフに入る、お疲れ様!子供の時から親に抱かれて聴き、歴史や社会とともにある皆に愛されるオーケストラの姿を見た。

日本の様子を多くの方々から送っていただいている。皆さんありがとうございます。
じめじめ、いやだなぁ。

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ベルリンの日照 Ⅱ

ここベルリンは今が一番日の長い時を迎えている。一日が長いということは活動時間も長い感覚があるが生活のリズムは保たれている。
おそらく昨日19日辺りが一年で一番日が長い。朝4時42分の日の出、日の入りは21時33分とおよそ17時間太陽の恵みを受けていたことになろうか。
逆に冬はその分日が短いわけで、ロンドンで経験したクリスマスの頃は9時ごろ漸く明るくなり、3時過ぎには薄暗くなってしまう。それだけヨーロッパの夏は貴重で皆がその時間を謳歌している。
日本は梅雨。昨年の丁度今頃、サントリーホールで第九の指揮をしたあのときの想いが甦る。多くの人に支えられて指揮台に立てる感謝とともに、それまでの数年いろいろなお話を頂き走り続けていたが、余りに自身の時間の無さにこのままではいけないと思い立ったものだった。あの時のぎっくり腰は戒めのようなものかと。敢えてこの時期に何の記録にも残らないような時間をロンドンやベルリンで費やしたことがどんな意味を持つかは判らないのだが、少なくとも自身の世界観が改められ、知らなかったものを見聞きしただけでも得たものは大きい。いつだってその時々で自分が最良と思える選択を取ってきた結果、今の自分がある。たとえ直ぐに目に見える何かに現れずとも、また暫く元気に指揮活動をしていくことが出来ると思っている。ひとつひとつ積み重ねていこう。
ヴァイオリンの樫本大進氏がベルリンフィル次期コンサートマスターに内定したニュース。長年同ポストを務めておられた安永徹さんが3月で惜しまれつつお辞めになったが、重責だけに新しい時代を担うベルリンフィルの顔としての活躍を楽しみにしたい。
さて、今日は楽しみにしていたベルリンフィルのヴァルトビューネ野外演奏会の日だ。天気予報の雨マークがちと気になるが、気にせず行ってみよう。
どうぞ良い一週間を。

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ベルリンの新作オペラ

今週は、大人しくしていようと心に決めていたのだが昨日もまた一つ、新作オペラのプレミエ、ゲネラルプローベに足を運ぶ。
ベルリン・コーミッシェ・オーパーといえば、日本にも度々来日している演出家Andreas Homokiが芸術総監督を務める。シェークスピアの悲劇「ハムレット」を題材とした「12の音楽劇からなる絵」それを所謂座付作曲家Christian Jostによる新作が初演されるのだが、プレミエの前日、おそらく日本人で立ち会ったのは小生だけだろう。というか、単に東洋人を見かけなかっただけだが。
白と黒のみの舞台、下手に螺旋階段、全面を覆う大きな真っ白い円盤がステージと化し上下する。円盤の下は闇の世界、黒塗りされた亡霊たちの合唱。キャストは全て白尽くめの衣装。場ごとに黒幕が一度下り「絵」の転換を図る。
音楽総監督のCarl.St.Clairはとても良い仕事をしていた。というのも、音楽に至っては残念ながら印象に残るところが無かった。超絶技巧の歌唱はどのキャストも見事に練習を積み、持ち声を披露。オーケストラは左右2手に分かれたアンサンブル、エレキベースも入る。難解な音素材を上手に捌いて行く。
演出は無駄に写るような動きを廃し、復讐を誓うハムレットを中心に、登場人物の心理描写を明解に描く。半分の「絵」を終えたところで休憩。全編通して2時間45分。今日これからプレミエだ。本番は行かないが後日どんな反応が出るのか楽しみではある。

一つの作品を世に送り出して、それが上向きの評価を得るのは大変なことだ。だから作曲家は偉大だと常々思う。言い換えれば偉大なる作品があってこそ、我々の演奏の場があるわけで、もう一つ言い合えれば、楽譜を音に再創造する我々の役割にはとても責任がある。生きている間に星の数ほどある作品の中から出遭える作品の数、これっぽっちも音に出来なんだろうか、と音楽との出会いを思う。
今回見て聴いた作品は、シェークスピアの原典から、今生きている芸術家たちの手で生み出されたもの、数年、100年後に誰がどんな想いで取り上げるだろうか。

皆様良い週末を!

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ベルリンの子供 Ⅱ

デュッセルドルフの日本人学校で、大勢の新型インフルエンザ感染者が確認された報せから暫く経って先週末、いよいよベルリンにも一人、そして週明けにひとり、ふたりと増え始めた。水際対策などは日本ほど細やかな対応をしていないような気もする。
日本では街中でマスク姿は珍しくも無いが、ここベルリンではマスクをしている人を撮り、それがTVのニュースになっちゃう程の話だ。
コンサートも、ホールや劇場ともに大勢の人達が一同に会する密室なだけに神経質にもなるが、日本から持って来ていたマスクを携帯して自らを守ることにしよう。
いよいよシーズンも終わりかけ、いろいろやってはいるが今週は演奏会もお預けにしよう。

朝7時過ぎに鐘の音の後、再び眠り続けると子供の声で目が覚める。「マ~ム!チュ~ス!」恐らく「おかぁちゃ~ん、ばいば~い!」と言っているようだが、たまたま窓からその現場を捉えると、中庭をお父さんと一緒に出かける5~6歳の男の子、よく響くそこから上階のお母さんに挨拶だ。なかなか微笑ましく良い声なのだが、お父さんが出遅れるとその分お母さんを呼ぶ声が延々と続き睡眠はそこで終了、一日のスタートだ。

昨日は店頭で一際目を引く、さくらんぼを買ってきた。スーパーは計り売りをしてくれるので良そうなのを選んで求める。東北の繊細なものとは少し違うが、ブラックチェリーとでも言おうか、濃い赤紫の中身もとても甘く濃い味だ。20粒で100円程。メロンもどこ産だかわからないが150円程でかなり美味しいものが選べる。

アイスクリームは至るところにお店があり、子供たちの人気の場所だが、むしろ手を引く親たちの方が真剣に選び活き活きして見える。日本では食べる場所を考えてしまうのだが、男性も普通に食べ歩く。というわけでたまにお世話になる。これがまたうまい。

何年か前に新潟の温泉宿の近くにきのこばかりを食べさせる店があった。食材は全てきのこ、フルコースを美味しく頂いたのだが、それを思い出させるPfifferlingアンズタケという黄金色のきのこを発見。これから出回るらしい。よく調べて、美味しいものを作ってみようか。

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ベルリンのオーケストラ Ⅱ

最低気温が再び一ケタの嵐のような今週後半のベルリンは、今日土曜日ようやく穏やかな快晴となった。

昨日は、前々から求めておいたベルリンフィルの定期2日目ダニエル・バレンボイム指揮リヒャルト・シュトラウスの交響詩2曲の間に米作曲界重鎮Elliot Carterのフルートコンチェルト(E.Pahud)とピアノとオーケストラのための作品(Nicolas Hodges)を挟むというプロ。
バレンボイム氏はかなりの先振りをすることがあって正直時折ヒヤッとする場面も。ドン・ファンは何度か振っているが、オケも相当難しい。最後の弱音とともに、どこの国にもフライング拍手があるようで、周りから一斉に睨まれていた。
間2曲のコンチェルト、バレンボイム氏と親交のある100歳を迎えたカーターの作品。何れも比較的最近の作品のようだが「怪物」と言われる所以が垣間見られる。パユのフルートも流石ではあるが、ピアノのホッジェスは物凄い才能だ。作曲家はこのような演奏家の大きな理解とその能力をもってして彼らの音楽をアピール出来る、その非常に恵まれた具現の一つだろう。
後半はティル・オイゲンシュピーゲルの悪戯。これも実際はヒヤッとする場面があったのだがそれを覆い隠すだけの内容があった。弦の音色、管打セクションの見事なアンサンブルはやはりベルリンフィルと言ったところだろう。
隣の歌劇場でシェフを務めるバレンボイム氏が当然のようにベルリンフィルに現れ、日本では余り近所のシェフがお隣を振りに伺う場面は滅多に見ないだけに面白い。今回の定期でベルリンフィルのシーズンはヴァルトヴューネを残すのみだ。
ドイツ国内のオケに相当数あるオーケストラアカデミー、所謂研究員のような若い世代を育てるシステムはとにかく素晴らしい。今回放送響にはヴァイオリンだけで70名以上、ここベルリンフィルのチューバパートだけでも20名の応募があったと言う。音楽大学も当然と言って良いほど、卒業後のオーケストラへの就職を見据えた指導やカリキュラムがなされる。日本の事情状況とはかけ離れて見える部分だ。相当レベルの高い若い奏者が、このシーズンの終りに次のチャンスを狙って戦いに挑んでいる。
刺激的な町だ。

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ベルリンのオーケストラ

東京も梅雨に入ったという報せに呼応しているわけではないはずだが、ベルリンはここのところ良く雨が降る。土砂降りのことも。それでもジメジメ感が無いのは天井が高いからなのか不思議。

昨日はフィルハーモニーへまず放送響のゲネプロを聴く。パイプオルガンや本来バンダの金管アンサンブルとのバランスをとり、手際の良いリハが進む。
会場に何処かで見かけた顔、ここで指揮の沼尻竜典さんとお会いする。以前から副指揮でお世話になったり折に触れて小生にアドヴァイスを下さる、同世代の実力者だ。ここでもいろいろと有益な話を伺う。
かつて指揮をした千葉市少年少女オーケストラのメンバーだった男性ともお会いする。世の中狭いものだ。
団員さんたちがくつろぐキャンティーンでお茶をしていたら、でかい声で小柄ながら恰幅の良い男性が数人とともに現る。ダニエル・バレンボイム。なかなか豪快な人だ。
それが、午後3時過ぎのこと、午前中はベルリンフィルのゲネプロ、そして放送響のゲネの後、再び4時過ぎからベルリンフィルとバレンボイム指揮、フルート、エマニュエル・パユとのゲネ。そして、夜8時からヤノフスキ=ベルリン放送響の本番。一日に4つの時間枠にフルでホールが稼動している。
バリー・ダグラスによるレーガーのピアノコンチェルト、完成度の低い作品ながら完成度の高い演奏。R.シュトラウスも過度なエスプレッシーヴォを廃したオケの実力の高さを物語る秀演。終演後のマエストロもご機嫌だった。第一バイオリン奏者の矢袋美沙さんや、契約団員として、ドイツ国内で活躍するフルートの佐々静香さんたちと会食。活躍する日本人が頼もしい。

ドイツにいて日本の仲間達から演奏会の案内や情報が届く。少しずつここでも紹介をしていきたい。

日本の皆さんから季節の便りや近況を伺えるのが嬉しい。

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ベルリンの子供

今朝も地下鉄で小学生の集団と一緒になった。社会科見学か何かクラスの授業だろう。騒いじゃう子もいれば静かにしている子も、日本と変わりない。
放送響のリハーサルに小学生の1クラスが訪れた。珍しく客席ではなく、合唱席にあたる指揮者の真正面のブースだ。R・シュトラウスのアルプス交響曲を冒頭から一コマ分およそ80分の間、良く聴いていた。流石に最後はへとへとになっていた子供もいたが、素晴らしいオーケストラのリハーサルを日常の体験として鑑賞できるのは、物凄く意味があることだと思う。
難解な作品だけれども、でかい鉄板をたたけば、きっとこれが雷を現しているのは自然と捉えられるだろうし、10代のシュトラウスのアルプス体験が基になった楽想は知識が無くてもこのサウンドとともに心の何処かに刻まれるに違いない。
バリー・ダグラス氏のピアノでマックス・レーガーの協奏曲のリハーサルを聴く。調性の推移が複雑な、そうめったに取り上げることもないであろう同曲に光を当てる。ピアノのハーモニー感の見事なこと、音色の多様なピアニストの感性に釘付けになる。
明日のRSB今期最後の定期、本番はきっと良いものになるだろう。

さて先日の日曜日は、国立オペラのモーツァルト「後宮からの誘拐」プレミエを観る。
全3幕2時間10分休憩なし、舞台は上下2層の白と黒の空間、演者に客席で語りや歌を歌わせる、安い席取っちゃうと誰が何やってんだかさっぱり判らなくなるような演出。
がしかし、その音楽の精緻なアンサンブルと無理の無い運びでドラマを見事に推進するクオリティの高さに脱帽。
Philippe Jordanの指揮、オーケストラそして歌手陣も全て素晴らしかったが特にChristine Schaferのコンスタンツェは特筆に値しよう。演出に対する激しいブーイングとブラボーの応戦はプレミエならではのシーンだろうか。 よい形でスクラムが組めた公演だと拝察する。

ますます日の長くなるベルリン。どこまで行くんや。

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辻井君

昨日の国際放送での目玉は何と言っても辻井君のバン・クライバーン国際コンクールでの最高位受賞のニュースだろう。
4年程前になるだろうか、彼の学んでいた東京音楽大学の付属高校に勤めていた頃、ショパンコンクールを受ける前だったのだと思うが、オーケストラとのコンチェルトの経験の少ない当時の彼にアドヴァイスをして欲しいという話から、1度レッスンをさせてもらうことがあった。
もうその時から既に演奏家として必要なものは備わっていたのだが、見えていないことを感じさせることの無いほど、見事なまでに呼吸や、間を感じ取り互いに対話する能力が備わっていたのを思い出す。
今回の見事な快挙に心からおめでとうを言いたい。ますます国際的な活躍が期待されよう。

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ベルリンの地下鉄

肌寒い一日。土曜の交通機関はほぼ休日ダイアで運行するところが多い。いつもの駅に向かうと、マッチョなお兄さん二人が壁の落書きをペンキで消している。その手際の良さと、確実な仕事振りに思わず見入る。でもまた数日すると同じような落書きが出現して、またこの人達の手で消されるのかと思うと何だか微妙な気持ちになる。
地下鉄内はどこも携帯が通じる。話しをしていても然程気にはならない。むしろ神経質なほどに扱う日本の方が不自然さを感じる。たまにヘッドフォーンの音量のでかい輩もいるが一期一会だ。
運転手がワンマン運転で扉の開閉を行うのもそのシステムは極めてうまくいっている。日本のような異常なラッシュにはまだお目にかかっていないが、駅の乗降もスムーズで余計な音楽など無い。幹線では車内の放送やブザーはあっても必要最小限だ。ホームの電光掲示板に後何分で次の電車が来るか表示されている。これも良いシステムだ。「白線の内側に下がって…」なんて放送は無く、黙々と電車は走る。「今日もJRをご利用いただき誠に…」なんてサービスにもなっていないものは必要ない、と思う。今思うと、ロンドンは酷かったなぁ。各駅に順調に運行されているか、専用のボードがある程だった。
日本は時間にも正確な方だが駅はどこよりも綺麗だな。

今日は放送響のシュトラウス、合奏初日。前日の分奏が生きるリハーサル。ここぞという所以外は結構クールな流れを作る。大編成のオケを見事に動かすヤノフスキ氏の手腕は見事だ。ベルリンで学ぶ指揮者の角田さんとヴァイオリニストの平光さんとお会いする。
楽譜屋さんに注文を出す。どれだけ早く手に入るものか楽しみだ。
どうぞよい1週間を。

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ベルリンバレエ

この2・3日寒い日が続いている。日中もせいぜい15℃止まりだ。ここドイツも異常気象なのではと心配する。
朝から久々に放送響のリハーサル。次週定期の準備はR・シュトラウス「アルプス交響曲」の分奏だった。成程大曲だけにセクション別の緻密なリハは有用だ。本番の仕上がりが楽しみな公演。
電話会社の諸手続きが日本のように単純は行かず、何度も足を運ぶ目に遭う。ガスに電気と、いろいろと生活をするには一筋縄では行かない。NHKの受信料みたいなものの調査も出現。厄介なドイツ語の交渉を後輩の沢野さんにお世話になる。

電車とバスを乗り継いでシュターツオパーへ。国立バレエ専属の針山愛美さんと待ち合わせをし、急遽今夜のチケットを確保する。チャイコフスキーの「オネーギン」を再び、今シーズン最後のステージを観る。本番前に出演者用のキャンティーンでお話しを聞く。更に舞台袖を通って脇からセットやスタッフ、出演者のウォーミングアップを覘く。
今宵はTatjana役のNadja Saidakova、Olga役のLana Salenko、そしてOnegin役のWieslaw Dudekが光る。しかしチャイコフスキーは素晴らしいメロディーメーカーであることと舞台のことを熟知していることがよく判る作品だった。それだけにバレエと音楽の密接な関係が不可欠だ。オーケストラも良い歌を聴かせていた。
あっという間に1週間も終盤、どうぞ皆様よい週末を。



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ベルリンの朝

家の目の前の教会に先日再び入ってみた。その日はちょうど聖霊降臨祭の夜。
オルガンの音が聴こえたので意識して聞いていると、信者の人にオルガン室へ行く階段を教わる。上がってみるとそれは深いしっとりとした音色のパイプオルガン。
さほど大きくは無いが、最低音の重厚な響きは十分な倍音を含んで会堂一杯に浸透する。
神様に一番近い楽器の音を味わう。今度このオルガニストさんと仲良くしてみよう。
聖歌隊の練習を始めるところだったようだ。こんなところからも、日常と音楽が自然と密接につながっていることをうらやましくも思える。

日の出4時47分の今朝も、毎朝7時にその教会の鐘の音が響く。
我がフラットは中庭に面していてしかも、2重窓のためか、やわらかく響く。気が付かぬまま寝入っていることもしばしばだ。
丁度運良く窓を開けると、やわらかい陽の光と朝の香りが風に乗って舞い込む。

音楽評論家・黒田恭一さんの訃報が入る。
10数年前、山形出身のソプラノの後輩のリサイタルの伴奏を仰せつかった際、黒田さんがステージの進行、解説をして下さったのを思い出す。
穏やかな物腰で、我々若い音楽家に暖かい眼差しで接して下さった。
以来ラヂオから流れるその声で「あっ、黒田さん」と親しみをもって自然と耳を傾ける。人柄を現すものだ。
ご冥福をお祈りします。

小粒ながら立派な赤カブの束が目に飛び込む。透かさずゲット。そのまま塩をして、酢と砂糖で美味しい甘酢漬けの出来上がり。晩酌の箸休めに持って来いだ。
白アスパラガスの次は、旬のきのこかな。ちょっと楽しみ。


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ベルリン水無月

いよいよ暦の上で夏を迎えた。
昨秋からの海外生活で日本の四季を味わうことは出来なかったが、霧のロンドンや、17時間にせまる日の出から日の入りまでの長さ、これは体験してみる価値はある。
日本は梅雨の季節、ここベルリンはこの数日夕方集中豪雨や、雷に見舞われる。
それでも、洋服の乾きが速いのは非常にありがたいものだ。

さて先日の日曜はベルリンフィルを聴きに、市内東部にあるアレーナに向かった。昔の工場跡を改造したような広大な建物はロックやポップスのイベントに良さそうな大人数を収容出来る会場。
マイクで音を拾って聴かせるものだったが、サイモン・ラトルとベルリンフィルによるブリテンの「青少年のための管弦楽入門」は男性と女の子が楽器やオーケストラの仕組みを楽しく紹介しながら、また奏者の表情も大スクリーンに映し出されるもの。
Tanz-Projektと称した後半は、バルトークの「オーケストラのための協奏曲」。そこでは市民100名くらいの創作ダンスと言おうか、身体表現とバルトークの音楽を結びつけて見せる。音質に拘りが欲しかったが8ユーロで家族連れで楽しめる公演としてはまずまずだ。
休憩なしの90分。終演と共に稲妻が走り雨も降り出したが、遠くの空は日没を惜しむように美しい夕焼けを映し出す。

実はその帰り道でのこと。

ヨーロッパではいたる所でストリートパフォーマンスが日常的に行われているが、ベルリンでは朝の通勤電車内で押し売り的に奏でちゃう、けど一箇所どうしても装飾音が回らないフルートや、2人組みでサックスと手持ちキーボードの仲良しセッション、ロンドンではいい声で「あそこのトイレは汚い~♪」とか爆笑を誘うような輩も出没する。中にはDomonさんのようにバスキング・ライセンスを取得して地下鉄でクオリティの高い演奏を聴かせる人も大勢いる。何れにしてもそれは収入のためでもあるわけで本気なものは結構多い。フィルハーモニーには必ず終演後にギターや、アコーディオンの上手な連中が、演奏会の余韻の邪魔をしている。

そして今回、雨が強くならないうちにと足早に出た所で、古い年季の入ったアコーディオンが「Nessun Dorma(誰も寝てはならぬ)」を奏でているのを小耳に挟んだとたん、全てその日の公演の中身は即座に意識から遠ざかり、夕陽に向かって闊歩しながら「ヴィヌちぇ~」と出ないハイhを必死に絞り出してみる自分がいた。ベルリンフィル~と後で記憶を辿るも今宵は完全にアコーディオンのおっちゃんの勝利!どこかでまた会えたら帽子にコインを入れよう。
音楽って凄いな。

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ベルリンの日曜

大きな商店を除いてほぼどこも店も閉まる日曜日。それでも人通りは多くのんびり散歩といったところなのだろうか。
今月に入って、街中を白い綿毛が飛び交う。ポプラとか、タンポポとかいろんな人がいろんなことを言うが、多いところでは雪が舞うかの如くだ。花粉のお化けと捉えると、これはたまったものじゃない。鼻がむずむずしてくるし、ばほっと吸い込もうものなら即座に花粉症認定だ。
現在はライ麦やオオバコといったものが飛んでいるようだ。余り考えないことにしよう。
朝から放送響のゲネを見て、そのあと、フィルハーモニーへコンツェルトハウス管とアマチュア合唱団の「エリア」を聴いた。Thomas Quasthoffのエリアが秀悦。合唱も健闘。合唱はどこもレベルが高い。4時からエリア、終演時には次のアバド=ベルリンフィルのお客が入れ替わりで入ってくる、回転率の高い日曜のフィルハーモニー。バスに飛び乗り放送響の7時からのハイドン100番とネルソンミサに間に合う。2日続けて演奏会の梯子だ。
少し、のんびりやろうか。

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ベルリン発特急

ベルリン=アバドの初日公演から一夜明けて、週末の土曜日は暖かい一日だった。

夜の予定を変更して、思い立ったようにハンブルクに出かけてみる。というのも、ベルリン国立バレエの針山愛美さんが急遽、先日見たオネーギンの舞台に立つことになったというお話から、丁度ハンブルクであるバレエの公演を見に行けなくなったと聞き、それはきっといい舞台に違いないと思いチケットを譲っていただいたのだ。

朝オペラ座でチケットを受け取り、昼前にHauptbahnhofから特急に飛び乗る。時間がなくてチケットを前もって求めなかった。ドイツの国鉄はなかなかサービスも良い。2時間強の小旅行。ジュースとパンのサービスに続いて小さな箱に入ったチョコレートを配られる。

広大な大地。長閑な田園風景はどこでも見られると言ってしまえばそれまでだが、小生にとって飽きるものではない。230キロ前後のスピードまで出していたが非常に乗り心地も良い。
市内を走る電車を見てもそうなのだが鉄の塊が地上うを滑るようで、非常にがっしりした作りをしている印象がある。

さて、ハンブルク中央駅、駅舎も立派。夏の陽気のこの街は何だか明るい。港町で駅から程近いところに海をつなぐ人口湖のようなものもあり爽やかなリゾート気分だ。後に聞いたところではどうやら補助金か何かで潤っている町なのだそうだ。
日本料理店で軽く昼食を済ませ、国立歌劇場へ。演目は「椿姫」。といってもヴェルディの同名ではない。全編がショパンのピアノ作品で貫かれている。John Neimeierの作品、それはそれは心理描写が見事で言葉無くしてこれだけ深く想いを伝えられる舞台に釘付けだ。アレクサンドル・デュマの息子の原作をノイマイヤー氏が見事な展開に仕立てる。氏は会場で小生の斜め前に座っていらした。2月に日本で同作品の公演があったようだが、今回見たSilvia Azzoni とTiago Bordinの迫真の演技に脱帽。
特急に乗って来た甲斐があった。
このまま帰ってはもったいないと、見所は沢山あれどブラームスゆかりの生家跡や、モニュメントのあるライスハレ・ムジークハレへ。それがこの町のクラシックの殿堂だとは知らず、帰ろうとしていたら、何やら今晩ここで演奏会があるらいい。何故か、オスロフィル。先日ベルリンにも来ていたが、ホールの中も見ていたいとまたもや思い立ち、チケットを購入。美味しい魚を食す夢は崩れた。アンネ・ゾフィー・ムターのメンデルスゾーンVn協、ユッカ=ペッカ=サラステの指揮。メインはシベリウスの1番。初めてアメリカ大陸に渡りオレゴン響を指揮をしたのがこの曲、懐かしい思い出だ。
気が付くとベルリンに向かう終電。駅で焼きそば弁当をもとめ、貸しきり状態の特急で缶ビールと共に頂く。日帰り長岡の合唱稽古みたいだ、とそんなことを思い出す。
2時過ぎに帰宅。小旅行は無事終了。

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ベルリンフィル

クラウディオ・アッバード=ベルリン・フィル初日、圧巻。

その前に、午前中はベルリン放送響のリハ、ベルリン歴史博物館の中庭。ハイドン100番のシンフォニーとネルソン・ミサ。MDRライプツィヒ放送合唱団のサウンドが光る。

とうとうベルリンの日の出は4時台に突入、一日の時間が長くなったような感覚。30分くらい昼寝なんぞをしてみる。

そしてバスでフィルハーモニーへ。今日はダフ屋の兄さんもいない。しかし、早くから何だか会場は異様な盛り上がりを見せる。おしゃれなプログラム構成。まだひとつもも振ってないのに氏の登場からブラボー。
一曲目はシューベルトのロザムンデから8曲の抜粋。放送合唱団のサウンドが光る。弦の音色が実に心地良い。地味な作品ながら叙情性あふれる歌が丁寧に浮かび上がる。2曲目はマーラーの少年の魔法の角笛から3曲はAngelika Kirchschlagerのメゾ。高き知性を称えて、トランペットの美しく鳴り響く所、ラインの小伝説。味わい深い上質な時間。
後半はドビュッシーの海。前日の公開ゲネで弦のバランスをとっていたことも見事に活かされクライマックスは壮麗かつ圧巻。16本のチェロも贅沢。ゲネと比べて初日の緊張感が見えたが弦の音色は他の指揮者にないもの。なるほど、ドビュッシーが音楽について「色とリズムを持った時間」と語ったというが、正しく贅沢な時間。明日以降のさらに熟成されるものも聴きたかった。
主席ヴィオラの清水直子さんとお話をする。

珍しく10時前には終演。家で食事を作る。


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ベルリンの祝日

空は明るいのだがすっきりしない朝。予想では雨なのだがこちらの天気予報もあまり。

今日は朝昼、フラットを2往復した。朝は初めて地元のSバーンの駅から以内中心地に向かう。ところが昨日交通網を褒めた矢先、しばらく電車が来なかった。

先ず、午前はベルリン放送響のゲネ。会場はシュターツオーパーの斜向かいにある歴史博物館の中庭。太陽光を取り入れられる屋根が付き、お風呂場のような響きながら4~500入るコンサートホールに変身。ハイドン特集はAnnetteDaschの歌が光る。ハイドン初期の交響曲は、弦の各パートのソロや木管の使い方も面白い。

予定より1時間早く正午前にゲネを終え、ちょっと寄り道をしようと街を歩くのだが様子がおかしい。一度バスを乗り継いで家へ戻る。あれ?どこも休みだ。今日は木曜だし商店も普通に営業しているはず。たまたま昼過ぎに通ったから、みんなでシエスタか?んな訳ない!
思わず家に帰りドイツのガイドブックを開くと何と今日は祝日。ついこの間メーデーやら復活祭をしたばかりと思いきや、キリスト昇天祭だそうだ。目の前に教会がありながらお見逸れしてしまった。月末には再び精霊降臨祭と精霊降臨祭翌日の月曜日というもの、来月には聖体祭という祝日がある。なるほど。

さて、夕方4時からはフィルハーモニーでアッバード=ベルリンフィルの公開ゲネプロに入ることが出来た。それはそれはベルリンフィルの弦の色の美しいこと。ピアニッシモの美しさに鳥肌が立つ。大勢の聴衆もオケからも絶大な人気だ。本番は明日から3日間。初日のチケットを以前に取ることが出来た。楽しみだ。

フィルハーモニーを後にして、今日はシュターツオペラで、シュターツバレエを観る。チャイコフフキーの「オネーギン」今回もポリーナ・セミョノーヴァが主役のタチアナ、オネーギン役のWieslaw Dudek にオルガ役のCorinne Verdeilも光る。素人の小生が見ても釘付けになる舞台。オケも良く鳴っていた。音楽と一つ一つの動きが実に自然。何度もカーテンコールがあった。

他のホールではゾフィー・ムターのリサイタルがあったり、アッバードの後は夜オスロフィルのた旅公演もあったようだ。凄い町だ。

さて夕方雷雨が激しく降ったが、一転して明日はいい天気になるだろうか。


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ベルリンの交通

昨日もベルリン放送響、2つの演奏会のリハ。ハイドン特集は恐らく今最も売り出しているソプラノ、Annette Daschのコンサートアリアが目玉だ。先日の小澤=エリアでも見事な歌唱。
もうひとつはどこかの式典で演奏する、マイスタージンガーと何故か威風堂々、ドイツの大統領だか誰だかが、突然振っていた。ここでもあるのね、花を持たせちゃうようなステージ。
Mo.Janowski氏と話をする。ベルリンはすべてのプロ・オーケストラ、テアターを入れると7つ共にドイツのAクラスのオケばかり。競争が激しい。財政状況に併せてどこも下手な演奏は聴かせられない。というのはどこの演奏会に行っても感じることだ。

フラットのあるStegliz地区から、ベルリンフィルのホールまで、バスで20分、2つの放送響の練習場まで、地下鉄とSバーンを乗り継いで20分。ドイツオーパーまで地下鉄で20分、シュターツオーパーもコンツェルトハウスも20分強で行ける。なかなか市内の交通網はうまく出来ている。しばしば無茶苦茶なダイヤになったり、露店が出て迂回したりアバウトだが、ちょっと余裕を持って、目くじらを立てて生活しなければ何も問題は無い。
郵便も市内は速い。電話の手続きやNHKの受信料みたいなののサービスはとにかく手間がかかる。
美味しい米と魚が食べたい!肉はもういいや。

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ベルリンの日照

久々に2日続けての日記。
今日も、ベルリン放送響のリハーサルに顔を出す。ハイドン特集。弦の響きが心地よい。
一ケタの比較的若い作品も取り上げているが、なかなか面白い。ハイドン、古典を築いたのみならず、焦点を当てるべき作品がもっとあるような気がする。
市内の楽譜屋さんを2件物色。我がフラットはまだ載っているものは軽いが、じわじわ重りが増えていきそうだ。
夜は「白雪姫」。赤いリンゴの山に横たわる、青林檎をかじって眠りに付いた裸の女性のポスターが印象的。ベルリン国立バレエ団の公演。Shoko Nakamuraという日本人が白雪姫を演じる。マーラーのシンフォニーのテープを用いた舞台。バレエは詳しくないので判らないのだが前衛というべきなのか、しかし描いているものは非常に明解。 1時間50分休憩なし1っ本勝負。一つ一つの動きにどんな意味が込められているのか、音と身体表現の関係についてますます興味が沸く。音のない時間の動きに印象が残る。本当に面白い。

とうとう日の入りが9時を回ってしまった!いつまで照ってんのやっ、てな感じ。そして日の出はそろそろ5時から何と4時台に突入することに。太陽は働きものだ。でも当分この感覚には慣れそうに無い。長い冬の反動とも言えようか。気を付けないと遅くまでご飯を、、。どこまで行くんや!

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ベルリンの青空

空気が澄んでいるのだろう。天国に向かって深い青空が広がる。思わず見入ってしまう。

土曜日はベルリンフィル=小澤征爾、メンデルスゾーン「エリア」を聴いた。
一瞬のぶれもない突き進むような2時間。
譜面の置いていない指揮台を前に暗譜。
世界のオザワたる所以を実演を通して改めて認識した。
エリアのMatthias Goerneの表現力にも脱帽。ベルリン放送合唱団のクオリティも高い。ヴィブラートのコントロールもしっかりしている。コンサートマスターの席には同じジャパンアーツの名ヴァイオリニスト樫本大進氏、そしてヴィオラのサイドに清水直子さんと日本人が小澤さんを脇で固める絵。
考えてみるとこれまで一度もきっかけがなかったのだが、今回初めて楽屋を訪ね小澤先生と挨拶を交わす。ドキュメントやテレビで見るのと同じ表情、そしてその物腰。
2日目の公演だったが久々に感動をした。そして最終公演の昨日も思わず当日券を求めにホールへ。当然売り切れ。ダフ屋の兄ちゃんと目が合う。ちょっと怖め。開演間際になって彼も何とかしたかったのに違いない。提案を当然断り、定価に2ユーロ上乗せした額で交渉成立。終演後再び小澤先生に、そして一緒に同行していらした元ベルリンフィルの名ヴィオリスト土屋邦雄さんとも知り合う。

小澤先生と言うべきなのだろうが自然と小澤さんと呼びたくなるものがある。
かつて、今は亡き岩城宏之先生が、先生って言ったらもう口をきかない、と言われて困り果てている我々を見てニヤニヤしておられたのを懐かしく思い出す。団員さんは「オザワサン」と親しみを込めて呼ぶ。

この小澤さんという大指揮者の人柄が滲み出でている演奏だった。

エリア、やはり素晴らしい作品だ。また是非あたためて演奏したい。
ベルリンでもうひとつエリアを聴く予定だが、メンデルスゾーン・イヤーならではだ。ロンドンも刺激的だったが、この小さな町にこれだけクオリティーの高いアーティスト集団がいくつもあるというのも魅力的だ。

新型インフルエンザの早い収束を願う。

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ベルリンの週末

ここの人たちは本当に太陽が好きだ。長い冬のせいだと思うが、テラスやバルコニーのあるレストランやカフェには店内に人はいない。ちゃんと紫外線対策してる?って声をかけてあげたくなる程だ。

1週間の経つのが速く感じる。ここ最近は専らベルリン放送響のリハに顔を出す。

音楽監督を務めるマレク・ヤノフスキー氏のブルックナー。フランクフルトとエッセンでの旅公演の準備だが、7番の交響曲は大好きな作品の1つだ。新潟響さんとご一緒したのを思いだす。放送響は今年初めに日本ツアーをしているがベートーヴェン中心だったようだ。このブルックナーはお薦めだ。深い弦の響きにドイツに居ることを改めて実感する。金管のサウンドもドイツならではだろうか。

日曜にはベルリンフィルとキリル・ペトレンコの定期。Lars Vogtのベートーヴェン3番のコンチェルトは絶品。ピアノって素晴らしい楽器だと思う。さてそのペトレンコ、どうしたって指揮者の視点で見てしまうところはあるが、例えば小生だったら細かいパッセージにオケのアンサンブルを合わせることに気を遣うところ、我ここにありと言う感じ。面白い。エルガーの交響曲2番非常に複雑ながら聴き応え充分の作品と演奏内容。

昨日は高校の後輩、沢野智子さんがベルリン放送響のメンバーによるカルテットとオケのレジデンスコンポーザーでサックス奏者のDaniel Schnyderとのアンサンブルの演奏会、国際的な室内楽のピアニストとして活躍をする彼女の見事な演奏に嬉しく誇らしい気持ち。そういえば小生が始めて歌(某高橋啓三師匠)の副科レッスンで伴奏をしてもらったのが沢野さんだったなぁ。

今日は先日知り合ったベルリン国立バレエ団のダンサー、針山愛美さんの出演する「眠りの森の美女」を観に行った。2004年にベルリン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、そしてコーミッシェ・オーパーの3つの歌劇場のバレエ団を統合して国内最大の規模を持つバレエ団となったそうだが、今日はその芸術監督を務めるVladimir Malakhov氏自ら王子を演じる。Polina Seminovaら主役達も見応えのあるステージだった。そして針山さんの存在はとても魅力的で精彩を放っていた。小生の実姉も姪たちもバレエをやるのだが、改めてこれも音楽同様、人の心を豊かにしてくれる素晴らしい舞台芸術だと思う。

昨日はベルリンに入って初めて、久々に髪を切る。髪は長~い友達、なんていうキャッチのコマーシャルが昔あったが、髪は大事だな。よしよし(マッサージ)。

5月に入って少し気温が乱れ気味だが、この週末はまた市民が楽しそうに太陽の下で憩う姿を見たいものだ。

どうぞ良い週末を。

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ベルリンの生活

この町の情報は「べるりんねっと」という便利なサイトや日本のワーキングサイトからも得ている。そこには前の日の市内の事件や花粉情報、生活に密接した内容が届く。今日は最高気温25度、最低気温8度との予想だった。ますます日が長くなり日の出5:22に対し日の入りは20:45だそうだ。このまま行くと夜が無くなってしまうのではと心配になる。

週の初めはベルリン放送響のリハとゲネプロ、指揮者親子の次男クリスチャン・ヤルヴィのオーケストラのレジデンスコンポーザーを務めるD.シュニーダー氏の作品。アフリカ音楽特集ということで、現地の楽器の奏者とのコラボレートなど興味深いステージ構成。

フィルハーモニーのホールではいろいろな人に会える。同じ会社に所属する樫本大進氏、コミッシェオパーの主席コントラバス奏者、ベルリン・シュターツバレエのダンサーと日本人だけでも頼もしい存在ばかりだ。

そこで仕入れた情報を元に今夜は急遽シュターツ・オペラに出向く。ハイドンのオペラ「騎士オルランド」という作品のプレミエ。ベルリン初演1798年というからこの地でも200年以上を経ての上演だ。情報をサイトで調べると北とぴあで昨年秋に上演されている。いずれも良く作品を見付けたものだ。その作品の価値は先ず譜面・テクストの読める人とその演奏に立ち会った人だけが知っているといっても良いだろう。作品とその演出はセリエ役と思い切りブッファを演じる役柄を巧みに融合させ描き分けている。R.ヤコブスの率いるフライブルグ・バロック管も秀悦、女性陣の特にMarlis PetersenとSunhae Imが光る。ハイドンの書いたバロックの終わりを告げるような喜劇だ。何故かモーツァルトの魔笛やフィガロやコシにドン・ジョヴァンニを思い起こさせるようなものがある。 面白い。

ベルリンに居を構えてからこの7日で47日が経過、さまざまな経緯を経て漸く、このベルリンに観光パスポートではなく正式な滞在許可が下りた。中々難しいものがあったが手続きにはいろいろな人に支えられた。
これでこの地を日本としばらくもうひとつの拠点として機能させていくことになる。
お世話になった皆様、ありがとうございました。

3ヶ月以上海外に滞在するときは在留届をする必要があるが、今日はフィルハーモニーの傍にある在ドイツ日本大使館に出向く。警備が厳重、なるほどここはドイツの中の日本国の機能を果たしているのが良く分かる。

とあれこれ言いながら、日本での存在を忘れられないようにしなければ。もう少ししたらスケジュールをアップしていこう。

雨上がりの部屋から見える月はそろそろ満月だろうか。
明日はアイスクリームの日だそうだ。よ~し。
大連休最後の週末、良い時間をお過ごしください。

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ベルリンの街並

5月に入って昨日辺りから急に冷え込み寒暖の差は10度以上。明日は一ケタの気温に戻りそうだ。仕舞い込んだセーターを取り出す。

小生がベルリンに入ってから急に春を通り越して夏のような天候が続いていたが、そのせいで、ベルリンの市街地も街路樹の緑がまぶしくきらめいている。中でも目を引くのが、その大きな緑の葉からやわらかい白い房の花をつけたマロニエ、そしてその濃いピンク色をしたヴァージョンもコントラストが美しい。藤の花もお目見え。

日曜日にはdas sinfonie orchester berlinという面白い存在のオーケストラの演奏会に出かける。ここには母校の後輩たちや、活躍する日本人のプレーヤーも絶えず加わっていて、いつでもほぼ満席、親しみやすいプログラムで人気も高い。本番を終えた日本の奏者達に混ざって一杯。この本番が午後4時からで、8時からは本拠・ベルリンフィルの定期を聴く。多いときには一日朝、午後、夜とフル稼働しているホールはやはりシンボル的な存在だ。

さて夜の指揮者はR・ムーティ。運命の力序曲、G・Martucciのメゾとオーケストラのための作品。V・Urmanaは良いメゾ。メインはシューベルトのグレイト。極めて単純な感想ながらとても良かった。明るいサウンド。オケとも良好な関係が伺える。

昨夜は午後から、フラットに新しい家具を運び入れた。前の住人は綺麗にしかもすぐ代って住める状態にしてくれていたのだが、大事に受け継ぎつつも気分一新、今回机やベッドなどを揃えた。気分の良いものだ。物置になっていた3畳の小部屋を改造してみた。

日本はそろそろゴールデンウィークも終わりかな。いや、まだ続ける人もいるのだろうか。新型インフルエンザの収束を祈ろう。

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皐月のベルリン

快晴続きのベルリンは日本では初夏を思い起こさせる陽気だ。

日本との違いと言ったら先ずこの湿気のないからっとした空気。うっかりすると焼きたてのパンも一晩でかりかりになってしまう。

そしてますます日が長く感じられるようになってきた。今日の日の出は5時33分、日の入りが8時35分となれば、日中昼寝をしたくなることもある。商店も昼休みを取る所もあるし午後1時から3時は生活音を出してはいけないという法律があるのにも少し頷ける。

演奏会は大抵夜8時から始まる。終演が11時近いこともあるが、然程気にもならない。

さて、これまでベルリン放送響や、ベルリンドイツ響のリハーサルやゲネプロの見学をしてきた。ひとつの演奏会にしっかりとプローべをとって準備している。日本と大きく違うのは前者のオケの場合、朝10時から音出しで、ひとコマがおよそ90分。10分そこそこ休んで再び1時頃まで。昼休憩も25分位だろうか、そのまま3時前までやってしまう。

金管のメンバーは、難しい強奏のパッセージを平気で何度も吹きこなす。プローベで揺るがないものが出来上がる。

最近出向いた演奏会はベルリン放送響=コンツェルトハウスでの定期、プロコの2番のピアノ協、展覧会の絵。盛り上がる。戦後に立て替えられたホールというがサウンドはとてもいい。オケの各セクションがバランスよく深く支えられる。

その後東ベルリン時代の工場跡らしい建物を改装してホールに仕立てたRadialsystemという会場でのファミリーコンサート。エンターテイナーの団員が司会進行を面白おかしく務める。ベルリンフィルのバス・トロンボーン奏者:Stefan Schulzのソロが秀悦。作曲家のDaniel Schnyderの作品が面白い。

コンツェルトハウス管が巨匠ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーとプロコフィエフ、チャイコフスキーのそれぞれ5番の交響曲。日本ではやらないんだなぁこういうプロは。3年ぶりにお会いしに楽屋へ。相変わらずお茶目な人だった。読売日響さんとの合唱指揮でタネーエフとストラヴィンスキーをご一緒して以来の再会だ。赤坂で夫人と共にお寿司を頂いたのを思い出す。お元気そうで何よりだった。

ベルリン・ドイツ響とベルリン放送合唱団のヴェルディ「聖歌四篇」アイブスの交響曲第4番を聴く。ヴェルディはいつかやりたい。合唱団の質の高さとスタミナを目の当たりにする。指揮はAndrew Davis。一日前のゲネプロに立ち会ったが本番でその高められた精度を発揮できるクオリティーは素晴らしい。

フィルハーモニーは面白いホールだ。どこで聞いても楽しめる。一番奥で聞いたが遠いという印象はない。全て明晰に捉えられる。楽屋周りがまた良くできている。奏者の楽屋が同じ階にあるので演奏者に優しい。キャンティーンの味も悪くない。寧ろ、聴衆にとっては迷路のような階段だらけで、年齢層の高いベルリンの聴衆にとってはちと辛いかも知れない。というか帰りの列がのんびり動き、はまると外に出られるまで相当時間がかかる。そこでせっかちだったんだなぁと自覚する。

今月はベルリンフィルの4人の巨匠を聴き比べ?今日はMuti,その後 オザワさんにラトル、そしてアッバードだ。何かいい発見が出来るに違いない。

メーデーの昨日は全て商店も閉まり、労働者の祭典として集会もあったのだろうが、人々は各地で春のお祭りでもあるその休日を楽しんでいるようだった。

5月、さつきは見ないがマロニエが満開、風にたなびく街路樹を見ているだけでそれは楽しい。花屋の店先も賑やかだ。

休日の公園では芝生に寝そべる人たちが大勢見受けられる。日本のニュースでは潮干狩りの写真。お目当てのそれよりもはるかに多そうな人だかりに思わず笑っちゃう。

新型インフルエンザも心配ではあるが、小生にとっては今のところ、大事に育てているバジルに付いてきた要らない虫の方が悩みの種だ。

どうぞ良いゴールデンウィークを。

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ベルリンの味

ベルリンに移り住んでひと月余り、あの頃が嘘のように木々が色づき新緑に満ち溢れる街並み。

既に演奏会にも幾つも足を運び、本来ならベルリンの「音」と行きたいところだが、語るのは未だ時期尚早なようだ。それだけこの地にあるオーケストラを聴いただけでも余りにも多様かつ複雑な歴史や背景があってドイツの伝統とか、ベルリンフィルの音なんて簡単に語れるものではない。刺激的な環境はロンドンに劣るものではないがぼちぼち記していこう。

食は重要だ。自分の作った料理の数々については別の場に譲るとして、この地のこれはやはりというものを記しておこう。

先ず、何と言ってもビール。国内に2千種以上とも言われるそれを飲み比べることは出来ないが、近所のスーパーでも相当数の銘柄が並ぶ。500ミリで100円しないとなると、これは危険極まりない。ミネラルウォーターよりも安い感覚だ。

イースターでどこも閉まっているのにただ一軒、それも絶大な人気を誇るソーセージとポテトを売るスタンドが通りの角にある。特製ケチャップとマヨネーズがたまらない。店を訪れる人が途絶えない、それも朝から夜中3時頃まで。しかしベルリンに上陸した3月22日以来食べていない。なかなか旨くて危険だから。

しかし正直なところ、申し訳ないがドイツの食文化には全然魅力を感じない。そんな中で最近のヒットはなんと言ってもシュパーゲルと呼ばれる白アスパラガスだ。この絶好の天候によって比較的安価で手に入る。これが甘くて美味しい。専用の皮むきまで売っているが皮をしっかり削がないと柔かい実にありつけない。しかし既にありつき過ぎた感が。

美味しいお店は残念ながらまだ日本料理の「宇田川」さん以外見つかっていない。食はやはり重要だな。開拓しよう。日本のお米が恋しい。日本の食文化万歳!

よい1週間を。

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ベルリンの風

雲ひとつ無い青空。心地良い風が部屋に入ってくる。朝はプラス3度と肌寒かったが午後に入って暖かくなった。

現地時間の20日午後5時、無事に42歳の誕生日を迎えた。日本ではもう直ぐ21日も終わるが、こちらはまだおよそ半日ある。何だか得したような気分。

本厄の歳だ。穏やかに過ごせればと願う。至って健康ながらたまに変調があれば、戒めととらえよう。先ずはこの歳まで支えてくれている両親に心から感謝をしよう。

さて昨日からおめでと~メールが届く。嬉しいものだ。こちらに来て半年、小生の存在、まだ忘れられていなかったようだ。あははは。皆さんありがとうございます。

さて、今日は何をしようかな。ビザ申請のための写真を撮ってこようか。元旦と違ってその年の計というより、これからの人生の計を何かと思い浮かべる。

ベルリンの風、こちらに来て全くと言って良いほど花粉症には悩まされていない。飛んでるものが違うようだ。今盛んなのは白樺・ポプラ・樫・ブナのあたりだそうだ。あぁ、日本人で良かった。

ケーキでも買ってこよ。

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ベルリンの桜

ベルリンフィルの本拠地「フィルハーモニー」まで家の前のバス停から20分。そこではさまざまなオーケストラの演奏会が開かれているが、イースターの日曜日、ふと見つけた演奏会に出かけてみる。
開演直前にダフ屋が出ていたので期待もしつつ果たして正規の当日券があるのかどうか。売り切れていたのだが、招待券の最後の一枚を出してくれたのだ。ダンケ攻めで急いで座った席は舞台横のオルガン脇の席。しかし、いいホールなんだと思う。いい響きで十分に楽しむことが出来る。
さて今宵の演奏会は小生のもっとも愛するオラトリオの一つメンデルスゾーンの「エリア」だ。
ベルリン・ドイツ交響楽団。いいオーケストラだった。歌い手も合唱も秀悦。
かつて、長岡で抜粋を、河内長野で大阪シンフォニカー響さんと全曲やったのを懐かしくも鮮烈に思い出す。
今年はメンデルスゾーン、ハイドン、ヘンデルの年、また一つベルリンで良い演奏会に巡り合えた。
おそらく3月末からこれまで雨が降っていない。昨日はお誘いを受けて日本人の音楽家たちと、お花見BBQ。それも見事な満開の八重桜を愛でながら。そのピンクの艶やかなこと。ソメイヨシノもどこかにあるらしいが、日本からいろいろと届くメールで楽しんでいるので敢えて探しはしない。
壁崩壊から今年で20年、崩壊前の様子を聞きつつこの町の歴史、その特異性を窺い知る。ベルリンの幾つかあるオーケストラのサウンドにもその変遷を辿ることができよう。

中庭の高木に付けた花はもう散りはじめ、眩しい緑の葉を付け始めた。何て言う木だろう。
あっという間に直にひと月がたってしまう。42かぁ。




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ベルリンの森

わがフラットから南西へ、車に15分も走らせないところに湖や森がある。
このイースター休暇初日の聖金曜日に、高校時代の後輩がその森に案内してくれた。
湖畔には高級な屋敷が点在し、サイモン・ラトルも最近家を持ったという話。

澄んだ空気、何といってもようやく長い冬を経て、全ての生物が内から沸々と湧き起こるものが、太陽のその強い陽射しと対話をはじめる瞬間を見ているようなエネルギーに六感が働く。
森は未だ十分な葉を付けてはいない。でもさっき見た芽吹きかけている木々の景色が明らかにその緑を増している様は、ここベルリンに住む人々が待ち望んでいた春の到来そのものだ。
それが証拠にいつもは人が行き交う周辺の街並みも、人っ子ひとりいないわけじゃないが、静まりかえって心配なほどだったが、な~んだ、こんないい所に来て楽しんでるのか、と言いたくなった。

思い思いに散歩をし、湖畔に寝そべったり、レストランのテラスで当然と言わんばかりにビールやワインを浴びている。飼い犬たちも湖で泳いだり、大騒ぎ。
思いのほか陽射しが強い。

考えてみればこの太陽の季節も半年位なものか。現在の日没は夜8時。日本の時間の感覚との違いに戸惑う。ついつい夕食を遅めにとってしまうのだ。

今月は誕生月だったな。穏やかな春に感謝。

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ベルリンは春

東京の桜はもう散っているようだが新潟はこれからとの報せ。ロンドンでも桜は咲いていたのだからきっとベルリン市内のどこかに咲いているのだろうなぁ。印象的な雪洞のような木に生った丸い玉のぶら下がる街路樹がどんな花を咲かせるのか楽しみだ。ベルリンは漸く木々が緑付き始める。気持ちのいい季節だ。空港に出掛ける時、もう突然長袖が暑くてたまらない衝動に駆られる。思わずポロシャツをゲット。陽射しが強い。フラットから5分圏内に大規模なスーパーが3店舗あるが家から20秒の一番近いそこは至便、バジルとパセリの鉢を買ってしまった。にんまり。ベルリンでの一番大きな買い物は包丁。これからどんな創作料理が生まれようか。越して来てから門前にそびえる教会の門が一度も開いていなかった、というか開いている時間に出くわさなかったのだが、初めて中を訪ねる。19世紀終わりの建物のようだ。深い祈りの空間に、改めてベルリンでの滞在の挨拶。この教会の朝7時の鐘の音がこれから生活のリズムを生み出してくれよう。既にこのベルリンで日本人の4名の器楽奏者と知り合った。皆頼もしくこの地で活動をしている。ベルリン、3つのメジャーオーケストラに3つのオペラと、楽しみな場所だ。あとは滞在の許可を無事得られることを祈るのみ。

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新天地

住み慣れたロンドンを後にした。花が咲き春を迎えたロンドンはきっとこれからが美しいところだろう。名残惜しい気持ちを抑えつつ、次なる目的地ベルリンへ。降り立ったその地は未だ春の声を聞くには暫く時間のかかる気配、未だ肌寒い。どんよりとした天気ながら、空港を降り立ったとたんタクシーの運転手も驚く陽光。小生のベルリン滞在を歓迎してくれているに違いない、といつものようにポジティブシンキング。新しい住まいは大通りから一つ路地に入り、趣のある教会が目の前に聳え立つ。日本で言う3階にある寝室は朝の陽射しが気持ち良い。鳥の囀りと教会の鐘の音が一日の始まりを告げる。ゆったりと時間は流れるが、気が付くとあれから2週間が経っていた。時は4月、生まれ月だ。この数日ですっかりベルリンの街も春を迎えた。これからここベルリンを拠点に新たな出会いを求め、そして活動を展開していこう。

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ロンドン 住めば都

薄暗く霧の多い冬のロンドンから次第に日が長くなり晴天も多くなってきたこの頃、街行く人の表情がどことなく明るく感じられる。ロイヤルバレエに再び。オケも指揮者も息が合ってきた。シーズン総公演数20回を越すその毎回のクオリティを保つのは相当大変な事だろう。バレエに目覚めた貴重な出会い。ロンドンには相当数のミュージカルテアターがあって週末は特に賑わう。Le Miserableを鑑賞。これもまたいいものだ。役者の歌唱力に脱帽。ロンドンには世界中からどうしてこんなに集めてきちゃったのかと言わんばかりの目に見える芸術・美術作品が膨大にある。数多くの博物館や美術館、ロンドンから離れたところにも素敵なもの、あそこにもここにも行きたいところ見ておきたいものはあったのだが何百年もかけて今があることを考えれば致し方あるまい。住まいから程近い所にキュー・ガーデンがある。母がかつて学んだ恵泉女学園短大の園芸科での恩師がそこで研究していたという。それは学校もある広大な園芸公園。土日は働かずしっかり休むこちらの人たちの生活は自然とこのような憩いの場を求めてメリハリを付けているに違いない。寄贈者のプレートが張られた数多くのベンチがいたるところに置いてある。ベストスポットを見つけるのは楽しい。多様なモクレンにスイセン、クロッカスは愛らしい。圧巻はチオノドクサの広大な青の絨毯。いよいよこれがロンドン滞在最後の土曜日となった。住めば都とはよく言ったものだ。物価は馬鹿高いし街は汚いし雑多なこの町を気が付いたらすっかり愛していた。多くの人とも出会って温情を受けた。人生のどこかでそのお返しをしていきたい。またいつか帰ろう。

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花のロンドン

余りにブログを記さないものだから心配の声が上がってきた。この間10日のうち7日演奏会に通う。そんなに予約を取らなくても良かったのだが何故かこれもあれもと学生時代のような感覚。9日、16日、そして今日はTROの白鳥の湖。残念なことにお目当てのソリストは降板ながら、堪能。11日はLPO=Cエッシェンバッハのブラームス1番とDaniel Muller-Schottのチェロでドヴォルザーク、繊細な良い音。13日BBCはAlina Ibragimova、.リゲティのVn.協が秀悦。メインのチャイコフスキー4番は大味。14日はロイヤルコンセルトヘボウ=ハイティングのハフナー、ドビュッシーの海、ベートーヴェンの7番。巨匠の味。15日はロンドンで活躍する日本人のピアニストやマネージャーさん達と会食。皆さん逞しい。そして昨日はRPO=D.Gattiのジュピターと第九、面白い発見も。ロンドンは日本人ガ多い。ばったりとかつての高校や大学の生徒さんと会ったり。近くの公園は桜の花が満開。ロンドンで桜とは考えても見なかった。芝が青々としてきて、さまざまな生物の力強いエネルギーを感じる。花粉の意識をしなくて済むのが嬉しいl。日本は卒業式シーズンのようだ。こちらもバービカンでどこかの大学の卒業式。華やかだ。また別れと出会いの季節がやって来た。

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ロンドンの春

とは言ってもまだ肌寒い。あっという間に3月、暦は春。確実に日は長くなり公園に新しい草花が植えられ始める。10日程この日記を付けずにいたら、これは大変、演奏会も何に行ったか分からなくなってしまう。その間に30万カウント達成。皆様ご来場ありがとうございます。考えてみると30万って結構大きい数だなぁ。2003年の元旦から6年余り。これまでの人生で一番長く続いている日記。さて先月26日はLSO=MIDORIの演奏会に行く予定だったのだが、急遽ある会場でメンデルスゾーンのパウロスを体験する。それは壮大なオラトリオ、エリアをまたやりたくなってきた。先週末はPO=E.P.サロネンのグレの歌、これは圧巻。いつか是非やってみたい。シェーンベルク、少しレパートリーを広げてみよう。彼の指揮、好きだなぁ。金曜日はLPOで幻想交響曲。チャイコフスキーのコンチェルトを弾いたS.Trpiceskiは良かった。オーケストラの事務局トップの人物と幕間に会う。そして昨夜はLSO=パッパーノ、ピアノはL.O.Andsnesでラフマニノフの3番、チャイコフスキーの悲愴。自在にドライヴ、良く鳴っていた。やりたいものがどんどん増えていく。日本で休み無く活動をしていたときの音楽の聴き方と明らかに何かが違う。何よりも、これだけ音楽を聴くのは学生の時以来だから。音楽は無限、しかし自身の時は有限。春だ。目覚めよう。って、別に何か変身するわけぢゃないが。よい1週間を。

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ロンドン春の気配

明け方3時半くらいになると綺麗な声の鳥のさえずりが聞こえ始める。最寄の駅から見える景色がなかなかいい。木々の小枝に小さなつぼみが付き始めた。そういえば最近は気温もプラスに転じた。この1週間は2つの演奏会。1つ目はデュダメル=PO。南米ベネズエラの出身。BBCでも昨年日本でもその国を挙げて子供達の音楽教育に力を入れる彼と子供達とのドキュメントは衝撃的だった。モーツァルトの17番、E・アックスはベテランの味。マーラーの5番、いい音楽していた。同じ指揮者だけど良いものは心から褒めよう。昨日は何故かミネソタSOの来日、ちゃった来英公演。若いJoshua Bell のヴァイオリンでお国ものバーバーのコンチェルト。澄んだ音色が魅力だ。オスモ・ヴァンスカ氏ってああいう棒を振るのかぁ。弦のサウンドが何だか忘れもしない初アメリカ大陸上陸、オレゴンSOを振った時の弦に非常に似た感触。さて今日、否、既に昨日か、秋以来の想いが叶いロイヤルオペラハウスへ。ステージドアからなんだかわくわくする雰囲気。今回の目当てはロイヤル・バレエ。音楽監督のBarry Wortsworth氏を訪ねる。丁度、始まる白鳥の湖のピアノ稽古といっても殆ど通しだったが、その現場をたっぷりと見てきた。バレエ学校の子供達も含め恐らく100名以上、スタッフも振り付け・音楽・衣装・だかなんだかとにかく大勢。大きなリハーサルルームも手狭に舞台宛らの緊張感。ダンサーの息遣い、その凄まじいエネルギーを目の当たりに肌で感じる。先日のA.Ansanelliが最後の調整。それはそれは美しい。チャイコフスキーの音楽と伝統を重んじるバレエとの関係は奥深い。3時間休憩なし。それにしても物凄い数のリハーサル室で、いくつものオペラ・バレエのプロダクションが同時進行している。活気がある。少し寝てみようかな。

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ロンドンでロンドン

ロンドンでウィーンフィルを聴くことになるとは思ってもいなかった。指揮は巨匠ズビン・メータ氏。そのプロが前半ハイドンの「ロンドン」。そして後半ブルックナーの9番という「どうだっ」と云わんばかりのもの。足しちゃえば90分。充分にお腹いっぱい。この国のオケを暫く聴き続けてきた上で、今日の第一印象はスタイル、音色。単純に言ってみると「柔かい」。今日のロイヤルフェスティヴァルホールはロンドンフィル、フィルハーモニア管の本拠といえるところだが、彼らはこの余りホールが鳴る器でない箱を良く鳴らす術を持っているというか、でかい音も出せる。今宵のウィーンフィルは思うところは色々あるが守るべき彼らの語法と音色がある。若い団員も随分入っていた。世代交代だろうか。顔、ライナー・キュッヒル氏は健在。交響曲第104番ロンドンと呼ばれていることを改めて意識してしまう。名曲だ。ブルックナーという人は何処に向かって行こうとしていたのだろうか。はぐらかされる和声進行の内に秘めるもの、弦楽器は特に敏感に色を紡ぎ出す。生での演奏は楽友協会と、ザルツブルク祝祭、と今回が3回目だ。日本では聴いていないらしい。当然何処でも佳いものを伝えるだろうが楽友協会のサウンドが自然と彼らの歌を満たすものだ。面白い体験。

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ベートーヴェン・チクルス

ロンドンのスーパーなどの生鮮食料品売り場はなかなか充実している。ちょっと良いお店では新鮮な魚も手に入る。しかし野菜や果物は豊富ながらどうやら国内で生産しているものは少ないようだ。最近の食卓に上った主な食材のうち、ホウレン草はスペインなど葉ものはEU諸国が多いがブルーベリーはチリ、苺はエジプト、ベビーコーンはグァテマラ、インゲン豆に至ってはケニアと来た。どれも味はそんなに悪くない。それらが身体に良いかどうかは判らないが、オーガニック食品も豊富。しかし当然割高。産地の表示はどこまで信用できるものか定かでないけれど確認出来るものを求めるようにしている。日本では見かけない野菜に手を出す勇気がまだ無いな。さて今宵は再びバービカンでLSO=ガーディナーによる標記の演奏会。命名祝日序曲にはじまり、交響曲第4番と第7番のカップリング。何れも引き締まった佳い演奏。4番は大好きな曲だが、2楽章の冒頭は忘れもしないポーランドのコンクールで間違い探しの課題に出たことをふと思い出し冷や汗を掻いた。10問の内で1箇所、奏者全員がポーカーフェイスで一拍多く奏する。こちらの反応を面白がって真っ赤な顔で笑いを堪えていたあの奏者、元気かなぁ。3番と5番の間にありながら全く違った側面を見出せる愛すべき一曲だ。説得力のある押しの利いた演奏。これまでCDでのMo.の印象は必ずしも宜しくないのだが、実演は今回どれも楽しい。いよいよ後半は第7番。やはり名曲ですよ。ウィーンスタイルなのかコントラバスを奥横1列に配し低弦のディテールを明確に打ち出す。全部繰り返しをしてくれた。全体の構図がはっきりと浮かび上がる。楽しみなチクルスだ。第九を含む次回は来年かぁ。次に行くのは何の演奏会だったかな。

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バレリーナ

その美しさに圧倒される。特に日曜日はマーケットで賑わうコヴェントガーデンの一角にあるロイヤルオペラハウス、昨夜はそのメインステージではリゴレットが上演されていたのだがもう一つの入り口から地下の300名ほど入る小劇場へ。そこでロイヤルバレエの公開マスタークラスがあった。前日まで完売だったその14£のチケット、当日の朝サイトで見付け即ゲット。演目は今月末から再開される白鳥の湖から。昨秋初めて見て打たれたその公演だ。内容は振付家とオデットと王子それに稽古ピアニストのリハーサルを見せるというもの。それはそれは美しい。ニューヨーク生まれのAlexandra Ansenelliは今回の初日から数人と共に主役を張るが一目で魅了する。その一つ一つの所作、表情の全てが意味を持ち言葉以上に強い表現を持つ。もうそのままでも充分素晴らしいと思ってしまうところに振付家のJonathan Copeがまた的確な裏付けを与える。そのひとつひとつの精度と徹底は美の追求に他ならないとバレエのことは良く分からないなりにも感じ取れる。存在そのものが美しいのだけれど、その空間を一瞬にして別世界へ変容させる力。脱帽。あっもちろん相手の王子役も素敵なんですけどね。音楽も支える王子も彼女のために在るが如く。いいものだな。バレエ。

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ロンドンで谷崎潤一郎

と言うわけで、リザーブしておいたお芝居を見に再びバービカンへ。日本人の聴衆もかなり多めだがイギリス人の反応にも興味。基になる「春琴抄」と「陰翳禮讃」を英国の鬼才演出家と言われるサイモン・マクバニーによって描かれる。基調は蝋燭の灯りと三味線の音(ね)。時代は昭和初期なのだが、裸電球のあかるさとか、夜は暗いという記憶、いつの間に夜がこんなに明るかったかなとふと幼少の頃の情景を思い出す。日本語の細やかな、曖昧な、訳し難い表現、英語ではあぁ、そうなっちゃうのという印象。深津絵里さんが春琴を時に艶っぽくも孤独な少女から大人へそして生涯を終えるまでの一貫した「美」とその人物像を現す。そして献身の塊のような佐助を演ずる複数の男優はまた妙味。演者全てが活き活きと説得力ある動きで魅せる。全てに裏付けが見える。おもしろいなぁ、お芝居。かつて学生時代、先輩の作曲した所謂劇伴のお手伝いでピアノを弾いたり歌ったりした記憶が蘇る。余計な音の無い演劇、日本の静を、音楽は三味線と唄のみ、そして対照的に現代の日本の雑踏を現す効果も素晴らしいと思う。来月は世田谷で再演。さて上手に出来たカレーを今日で3日間楽しむ。唯一大事に持ってきた母親お手製のらっきょうを添えて。大分で先生をしていた頃試験の課題に「美味しいカレーの作り方」を出題したのを思い出す。結構それなりにいい先生していたと思うんだけどなぁ。自分で言うか。指揮法のレポート課題として出すのはどうだか分からんが。今日はバレンタインデーのロンドン。赤い薔薇が目立つ。春琴、新たな世界の発見。

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ヘンデルのオラトリオ

注文していた楽譜が届いたと連絡が入ったので、用事を済ませてバービカンの脇にある楽譜店に出向いたのだが既に閉店、見ると営業時間は5時半で終了。日本はヤマハも河合も8時までやってるぞ、と心の中で思ってみたものの、ここは異国。時間になるとさっさと終えてシャッターを下ろす。商売っ気とか経済効果云々の前にそれが当たり前なのだから仕方が無い。とほほ。めげずにお隣の総合文化施設とでも言おうかバービカンセンターで何をやっているか覘いてみる。すると惹かれるものが2つ。谷崎潤一郎原作「Shun-kin」とザ・シックスティーンのヘンデル。好都合なことに3週間上演中の前者、週末のチケットを楽しみに先ず確保。今日しか聴けないヘンデルのオラトリオ「サムソン」と初対面。この集団の名は古楽・宗教曲を演奏する集団として知ってはいたが実演に触れるのは初めて。指揮者のHarry Christophersは良い指揮者だった。合奏の編成は弦楽の他にトラヴェルソやバロックスタイルの木管にヴァルブのない金管。テオルボやハープが入ったりしているが、その作り出される音楽は極めて真っ直ぐで心地良い。残響の少ない大ホールで充分に通るサウンド。合唱の実数はエイティーンだったかな。アルトはカウンターテノールの4人の男性。そのピュアな合唱も年齢差はかなりあるメンバーと見受けられるが、声質と音楽が見事に溶け合う。ソリスト陣が秀悦。サムソン役のテノールMark Padmoreの表現力と透明な声質に魅了される。サンサーンスのオペラの中盤からのストーリーが展開される。あっという間の3時間。しかし有名なメサイアを書き上げて数日後に筆を取りひと月余りで書き上げた言われるこの作品の印象は極めて劇的で面白い。台本が良い訳だ。ドイツで生まれイギリスに帰化したヘンデルの没後250年、そんな時を経ても心に届く音楽、この地でまた一つ出会えた。

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ロンドンの青い空

先週は雪の解けるエネルギーが体感温度を下げるのか、寒い日が続いた。今週に入っても寒いのだけれど今日は青空と日光が和らげてくれる。土曜日は名匠ネーメ・ヤルヴィ氏のドヴォルザークのレクイエムを聴いた。合唱もオーケストラも難所が多いが渋い作品ながらも楽しめた。息子のパーヴォとクリスティアンも指揮者として活躍する一族だがお父さんにはどこかのコンクールで審査をしてもらった記憶がある。あれから10年近く経ってますます風格のある姿。今日はロンドンにオフィスを構える音楽事務所の日本人女性を訪ねる。面識の広がりとどこに誰がいるか、その情報を得ることもとても大切なこと。話をしていくと色々知り合いに結びついて狭い社会だな、と思う。しかし世界は広い。もっと多くの人に自分を知ってもらう機会を作らねば。少し日が長くなって来た。嬉しい。(Glosceter Road)

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雪解けのロンドン

市内に降った雪はかなり消えてきたが、まだ氷の上を歩くようなものでとにかく寒い。日中は3~5度くらいまで上っているのだけれど、ネットでは同時に表示される体感温度と言うのが常にマイナスを示している。昨日はLSO=Sirエリオット・ガーディナーのオールベートーヴェンプロ。佳い時を過ごした。ちょっと恥ずかしい位これ程までにポップな曲があったのかと思う、シュテファン王・序曲。続く3番のピアノコンチェルトはマリア・ジョアン・ピリスの独奏。染み入る音色と音楽に思わず隣の英国夫人と顔を見合わせ溜め息。メインは第5番。演奏前に「運命」についての薀蓄を聴衆に語る。快走。いつ振ってもいつ聴いてもどこか緊張を強いられるその作品が、何だか心地良いほどに流れた。と言って希薄なわけではない。古典的なアプローチにオケも見事に応える。新たな発見。家に帰って、恵方巻き。お米を研いで35分で作って東北東と思われる方角に向かって35秒くらいで平らげる。12時5分前、儀式完了。具材はパルミジャーノ・レッジャーノ入り卵焼き、キムチ、アボガド、ルッコラ、いわし缶。ちゃんと海苔巻きにして頂く。中々上出来、自画自賛。肉じゃがも宜しい。昨夜はフィルハーモニア管=Sirチャールズ・マッケラスの真夏の夜の夢序曲、モーツァルトの24番コンチェルト、それに悲愴。84歳の巨匠は元気。何をやっても許されちゃう域、境地?金管のサウンドが魅力。毎晩のように前述のオケの他にロイヤルフィル、BBC響、ロンドンフィル、それにオペラやバレエがあると選ぶのも大変だ。週末は再び雪の予報、予定通り当たらないと良いのだが。

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大雪のロンドン

週明けの月曜日、ここロンドンは18年ぶりの大雪に見舞われる。前日の夕方家に帰る頃から既に横殴りの小雪が舞っていたが見る見るうちに積り出した。体感気温-8℃。案の定おなじみのダブルデッカーは街から消え、市民の足、地下鉄tubeも殆ど機能しない。そうなると東京みたいにつるつる滑って街を行く人もいれば寧ろこんな日は仕事しない。ある事務所を訪ねて電話をすれば、この雪だから今日は来ないんじゃないか、と。そんなもんかと思いつつそれもそうかなと。日本だったら余計に早く出掛けていくような朝だった。様子を見に町へ繰り出してみる。我が家の前も親子が雪合戦。あちらこちらで雪合戦。近くのRavenscourt Parkもいつの間にいくつものスノーマン。鼻は決まってニンジン。いや連中この状況を思い切り楽しんでいる。一夜明け、澄み切った晴天。雪がまぶしい。当分足元は悪いままだろうな。そして今日は節分。豆を探していたのだが見つけられなかった。仕方なくわさび豆に代理を頼む。超辛いおつまみを部屋から通りへ一粒。鬼は退治。部屋へ一粒、そしてそれを直ぐ食べる。福来れ。今夜は無性にとんかつが食べたくなって豚肉を揚げる。にんじん、オクラ、椎茸なんかも見つけて食す。どの国に行ってもその土地のものは必ずしっかり一度は味わう。でもやはり日本人だ。無理に英国の体型変更推進料理に手を出すこともあるまい。寿司ネタを仕入れるのは難しい。でも何か明日は巻いてみるかな。

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雪のロンドン

あっとい間にひと月が過ぎた。こちらの週末は基本的に仕事を休む人たちなので週5日制の生活が馴染んで来た。大学の先生をしていた頃は土曜日が朝からフル稼働だったのを思い出す。昨夜はロンドンで知り合った日本の仲間とパブへ繰出す。ギネスが旨い。中国は今が旧正月。大勢の中国系イギリス人の住むここロンドンはトラファルガー広場を中心に日曜日、花火に歌に大騒ぎ。寒さ厳しい中ナショナルギャラリー前には大きなモニターと特設ステージに人が集まる。いかにも中国の歌声。何となく横目にそのまま買い物をして帰宅。ご飯を美味しく炊きたくて色々と試してみる。だし昆布と日本酒でなかなか上出来。煮物と一緒に頂く。そうこうしているうちに、窓のそとから誰かが戯れる賑やかな声。雪だ。3~4センチは積もっている。道理で寒いわけだ。日本はそろそろ節分かぁ。今年の恵方巻はどうするのですかぁとメールを頂く。完全に失念。米も酢も巻き簀もなぜかある。問題は中身だ。何を仕入れようか。さて今年の方角は東北東?どっちだろう。え?ロンドンでも東北東?(Hammersmith)

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ロンドン響=ゲルギエフの宵

ロンドンの街でも賑やかなところの一つ、ピカディリーサーカスは日本系のデパートやレストラン、食料品を扱うお店も集まる。めったに食べに行かないが昨夜は中華系の大規模なヌードル店に足を運ぶ。イギリス人と見受けられるカップルの男性が箸の使い方を女性に手解きする微笑ましい光景にちょっぴり嬉しい気分。今日は日本語版のフリー紙3種が発行される日。そこに立ち寄り、バービカンセンターへ。かつての東京音大の学生さんで見附の第九、学内のカルメン公演などで力になってくれたヴァイオリニストの宮川朋与さんがLSOの事務局の正職員として働いていることを親友の二瓶さんから知り、再開を楽しみに待ち合わせ場所へ。その学生の頃と変わらぬ周りを自然と幸せな気持ちにさせる天性の笑顔に、懐かしさと共にこのロンドンで逞しくしかも日本人が第1線で活躍していることに誇らしい気持ち。ご招待いただいて表題の演奏を一緒に聴く。前座が春の祭典。初っ端からおったまげる。かなり速いテンポ設定ながら精度の高いアンサンブル。おなじみの不思議な指揮法に先ず奏者に敬意。未曾有の語法を持つ指揮者にも敬意。後半はバルトークの青髭公の城。忘れもしないプロオケの公演副指揮デビューとして高橋啓三師匠や西明美さんともご一緒した作品。95年のことだ。バルトークの色彩感とかドラマの進行が見事。代役を見事に務めたチャーミングなElena Zhidkovaと深いバスのSir Willard Whiteも記憶に留めよう。物凄い集中力のステージはMo.ならではのもの。音楽を楽しむ条件が揃うだけに不必要な批評的な聴き方をしないでいい。深遠かつびっくりな内容のバルトークを十分楽しんだ。家に帰って11時、また料理。体型変更。(Kings Road)

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バジル

ここハマースミス近くは比較的穏やかな街並みだ。尖塔の美しい教会と駅名になっているRavenscourt Parkもちょっとした憩いの場。きっと春になると奇麗だろうな。昨日はこの家で初めて洗濯。がしかし、全自動のその物体は動き出したら最後2時間半経っても止まらない。思わず仲良くしてくれよんと呼びかける。何とか無事終了。ごわごわ。このところ何を買うわけでもなくスーパーに立ち寄るのが日課になっている。毎日食卓に上がるものは比較的安価だ。水も硬水ばかりだが唯一ボルヴィックは料理に使う。店で目に留まったバジルの苗、およそ100円、連れて帰る。以来水をやり毎日数枚ずつパクパク頂く。次々とやわらかい黄緑の葉、生命力に驚き。合唱指導をお願いした同級生からの報告が美味しくできるカルボナーラのレシピ付で届く。直ぐさまパルミジャーノ・レジャーノを求めに1㌔歩く。しかしそれカロリー高いやん。(Kings court)

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タイムトラベル

2度目の訪英から2週間。未だにこちらですべきことで捗らないことも少なかれあるのだが、この週末は世界一の文化遺産ミュージアム「大英博物館」に赴いた。じっくり見るなら1週間あっても足りないというのは本当だ。パルティノン神殿の彫刻群や、象形文字解読の手がかりとなった「ロゼッタ・ストーン」、古代エジプトのミイラ、そしてアジアから日本の国宝に至るまで地球人は凄いぞと言わんばかりの、悠久の営みに暫し時を忘れる。しかしここまで良く集めたものだ。ギリシャが彫刻を返せと言うのもある意味納得できる。また訪れたい。昨夜は無性に親子丼が食べたくなって日本の食材屋へだし汁、それに卵と鶏肉を求める。たまねぎはちゃんと冷蔵庫に入れてあった。ご飯は一合炊きのトラベルクッカーで作るが考えてみると一食にしては結構量が多い。結果中々上出来。今夜は大量にあるその鶏の足と煮豆を使ってトマトシチューだ。最近の中では傑作。料理は指揮に通ずるところが大いにある。食材選びはともかく、下拵え、火加減、味加減、全てのタイミング、装うところまで2度と同じものは作れないだけに難しく、また尊い。いずれにしても料理の方は人様にお出しできるレベルぢゃない。一人で悦に入ることとしよう。今日も食に感謝。あぁ旨い。(Hamlet Gardens)

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時差は9時間

ここロンドンは丁度真夜中0時になろうとしている。昨夜はハンバーグステーキにご飯代わりにパスタとサラダ。ドレッシングは日本の米酢にこちらのオリーブ油とサラダ油の混合油。塩と胡椒で味を調える。そして今晩は初めて近所の中華のテイクアウェイで済ませる。ロンドン響のコミュニティプログラムに顔を出す。3人の若い指揮者がサー・コリン・ディヴィスのアドヴァイス?を受けながらLSOを振るものだ。手を上げて振らせて貰いに行こうかと思ったが思い留まった。やはりいいオケだ。それぞれのセクションのトップが素晴らしい役割を果たす。昔の教会跡のようなSt.Lukasは300名ほどのキャパシティながらBBCの録音やリハーサルにも使われている。こちらに来て10日経つが今年初めての生の演奏を楽しむ。会場からおよそ1時間で我がフラット。部屋は広くは無いがヨーロッパは天井が高いので心地良い。大家の親仁さんと一杯交わす。イギリス版朝まで生テレビ見たいのの出来損ないを二人で見てそれぞれの部屋に分かれる。今日は雨が降ったが晴れ間も覗く一日。しかし秋に230円くらいのポンドが今日の新聞で120円を切っている。いったいどうしたことか。今週もあと1日と言う感覚かな。皆さん良い週末を。(Hamlet Gardens)

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ロンドンのフラット事情

ラ・ボエーム、彼らの住まいは屋根裏部屋だったかな。昨秋と今年に入って先週まで滞在したところは中3階というのか5階というのか互い違いのフロアは合理的に作られている。最後の夜は見事、斜めの屋根で光を取り込むガラス窓はベットの真上。初めての嵐。あえてブラインドを開けると顔面に雨粒が叩き付けられるような錯覚。懐いてくれた子供たちの声や、飛行機やサイレンの轟音、全て営みの音として受け止められる。不動産屋に掛け合って賃貸のフラットをゲット。全く新鮮な環境。パソコンは今のところ不自由ながら活動を開始しよう。日本で言うワンルームマンションは非常に高価なもの。賃貸では多くはベッドルームのみ個室で台所やバスルームをシェアするタイプが主流だ。オーナーは元英国空軍の技師だった面倒見の良過ぎるスリランカ人の親父さん。何といっても湯船にとっぷり浸かれるのがいい。自炊にほっとする。初日は海老とマッシュルームのトマトパスタ。二日目はベジタリアン向け焼きそば。3日目の今日は生ベーコンを使った生姜焼きごはん。良い嫁になれそうだ。あはは。オバマ氏の就任演説を見る。期待をしたい。(Ravenscourt Park)

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霧のロンドン

ロンドンに再び戻ってこの間、晴れ間を見たのはおよそ一時のみだったかな。初めてロンドンに滞在したところに厄介になる。朝起きて先ず天井のカーテンを開けると、それは見事な青空、と言いたいところが、霧の街。針葉樹の枝の茶と灰色が混ざって幻想的な景色。という事にしておこう。8時頃に漸く朝が来たような気になる。それでも年末に比べて少し日が長くなったような気もする。気温はマイナスになることはまず無いのだが、しんしんと心身が冷える。ガザ侵攻反対を訴える集団、若者の号叫。片やティーンエイジャーの1割が人生は無意味なものと考える英国の実情、殺伐とした印象を受けないでもない。街は、日本がそれでも如何にきれいかと思う。空いているバスの席に座ろうとしたら何故か食べかけの鮨折が置いてある。急に用を思い出したのか、余程不味かったのか、聞く術も無い。スーパーの前で親子がバナナを頬張る。それはそれで良いのだが、皮をどうぞ踏んでって、と言わんばかりの完璧な位置取りに投げ捨てる。街の至る所に犬の奴が置いてある。大抵、何故そこに、という所に鎮座している。ふと考え事をしながら歩いていたその足の下から茶色の奴が覗いた瞬間、とっさに「ウン」と体を交わした。我ながら反射神経は悪くないと思ったのはその時だ。しばしばウン悪くしっかり奴と仲良くなった靴底の足跡が規則正しい間隔にマーキングされる。どうやら足は長いらしい。絶対に踏むもんか。でも結構好きらしい、この街も。良い週末を。(Clapham)

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ロンドンの夕焼け

正月になると決まって風邪を引く。きっと年末年始に仕事があると少しは違うのかも知れない。日系の航空会社は高めだったのでBAを予約した。少し奮発して座席が広めのエコノミーにしたのだが運よく当日ビジネスクラスにアップグレードされていた。数年前のビジネスと比べて格段にグレードアップされている。殆ど180度横になれるというのは精神的にも12時間の長旅の負担をかなり軽減してくれる。何と言っても食事が良い。ワインリストを手に、こんな時に限って風邪薬を飲んでいたりして「この一年、無茶するなよ」と自ら戒める。でも美味しいシャンパンを少々。ヒースローに着き市内へ移動、そして宿泊先までスムーズ。さていつ頃まで滞在してみようかな。今年の初夢は仕事に追い立てられる悪夢。テムズの橋の上をダブルデッカーに乗りながらふと西の空に目をやるとそれはそれは美しい夕焼け。映えるのは空や雲だけでなく、川に橋それに遠く教会の尖塔やモダンなビルと全てを今日だけの絵に埋め尽くす。2階の一番前に陣取り後ろからはアラブの言葉、隣の子供はフランス語、携帯電話の声が飛び交うバスの中、正直言って街も汚いが、結構気に入っているこの国ともう少し仲良くしてみようか。(Claphan Junction)

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日本の正月

今年のお正月は時差ボケを助長するものだった。親戚に不幸があったが例年の如く屠蘇を頂き餅や煮しめを食べる。後厄の今年はとにかく穏やかに過ごせればと願う。世界の経済も日本の政治も引き続き混沌とする中、小生の一年も始動。今年は予想以上に年賀状を頂いた。慌てて大きな郵便局に葉書を求めに出掛ける。例年同様年賀状書きに時間を費やす。嬉しいのは「結婚しました」と「生まれました」の報。年末他界された大濱當忠先生のお宅に伺い焼香。師の偉大な足跡を偲ぶ。滝野川少年少女合唱団は記憶の中に存続する。当時のメンバーと会食。今年は初詣も中止。昨年厄除けに出掛けた新潟の某神社から、年末お札が届いてた。それも振り替え用紙付きで。日本の年末年始の時間の流れは忙しないながらも何故か心地良い。ジャパンアーツの公演に顔を出す。自ら尻を叩いて次の計画を実行に移す。フライトの確保は3日前。海外保険の加入に出掛ける。円高による燃料チャージ差益によって旅行の需要が増えているリポート、NHKの朝のニュースの取材を受ける。2週間の里帰りはあっという間だった。(London)

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あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

新年を明るい気持ちで祝いきれない多くの内外の問題が山積する中、少しでも少しずつでも上向きな生き方の出来る心、社会でありたいと願います。

今年は海外での生活をしばらく続けつつ、音楽と自分自身のあり方を見つめながら活動していきたいと思います。
音楽のメッセージが心に染み入るその時、私達の一番ピュアな感覚に立ち戻ることが出来ます。
元気のあるときも無い時も、いつでも傍にいてくれる大切なもの。
演奏会にお出かけ下さい。もちろん私の指揮する演奏会も(笑)。

皆様のお健やかな毎日をお祈りいたします。
どうぞ今年もご声援宜しくお願いいたします。

2009・1・1             船橋洋介

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日本の大晦日

海外で年を越そうかと考えたのだけれど、色々取り替えたり手に入れなければならないものもあって帰ってきた。今夜は昨年同様除夜の鐘を突きに行くことが出来そうだ。便利過ぎる日本の生活に慣れきっていたものだから、多少不自由さが最初はどうかと思ったが、余程でなければ結構順応性はあるようでだ。20年前は携帯もインターネットも普及していなかったのだから。といいつつ今の世界の様々な事情を判っていることも大切だ。ぎっくり腰は堪えたが無事今年を終えることが出来、本当に多くの人に支えられて協力があってやってこれたことを改めて感謝している。夏まで沢山演奏会を踏ませていただいた。プラハでの合唱団が下さった写真を見ながら、一年を振り返る。昨日長岡で求めた蟹を食べよう。蕎麦も。ちょっと紅白でも見てみるか。皆さま、どうぞ良いお年をお迎え下さい。(Edogawa)

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日本の年末

一時帰国の成田は某女性歌手の帰国を狙って報道陣。3ヶ月ぶりの日本はやっぱり日本食に落ち着く。とは言っても食卓に上る食品の自給率の低さにどこか情けないものも感じつつ。明け方目が覚めてはご飯を食べ朝寝。正月頃には体重も戻るだろうか。成田から戻ってその足で近所の内科でインフルエンザの予防接種。そしてそのために?と聞かれたらそうかも、と答えるやも知れぬ年末恒例長岡市民合唱団の大忘年会へ。皆の笑顔にほっとする。迎えて下さる温かさに感謝。時差ボケボケのまま予定通り明け方まで。将来の本番の打ち合わせなどを経て駅中で正月の買出し。今年一年ももう終わりなのね。本厄を終えるにあたって6月のぎっくり腰が一番の戒めになったかな。それ以上に昨今の中東情勢に金融経済情勢、壊滅的な日本の政治、新しい年に期待を持つしかないでしょ。(Takasaki Super Express)

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ロンドンのクリスマス

パリから戻ってクリスマスイブの夜はあちこちでミサが行われていた。窓辺のツリーや電飾が温かい。クリスマス当日のロンドンはそれは見事なまでに静かな街並み。全ての地下鉄、電車、バスはストップ、店も殆どクローズ。いつもの喧騒が嘘のようだ。人影も疎ら、家族で祝うクリスマスは日本の正月元日宛ら。2泊しているホテルから歩いて程近い「リトルヴェニス」に出掛ける。何でこんな時にロンドンに観光しに来ちゃったんだろうという面持ちの人たちと出くわす。市内は公園が何処も素敵なロンドンだが、ここもちょっとした都会のオアシスだ。日本を離れて丁度3ヶ月、日本に向けてヒースローを後にする。(Echigo-Yuzawa Super Express)

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旅日記その2 パリ篇

アントワープからタリスに乗ってあっという間に着いた先は芸術の都「パリ」っす。実のところ賭けのような危なっかしいスケジューリングながらミューズは何処かで見守ってくれていた。というのも予定通り17:35に北駅に着いてホテルも比較的直ぐ発見、10年ぶりに乗ったパリの地下鉄も上手く乗り継げてオペラ・バスティーユに開演10分前に到着19:20。売り切れのチケット売り場の前で執念に近い切符探し。値切ってゲットした公演は「ベジャールに捧ぐ」バレエの3作品はR・シュトラウス「4つの最期の歌」、ストラヴィンスキー「火の鳥」そして「春の祭典」だ。既に奇跡的。素晴らしい世界。終演後プッチーニ「ラ・ボエーム」2幕の舞台を歩き、先ずはノートル・ダム寺院に来巴里報告。街並みの柔かい橙色の街燈とセーヌ川のゆるやかな流れの光が心地良い。東駅前に宿を取ったお陰で移動が楽だ。夜中飛び込んじゃった店で夕食に頼んじゃったのは生貝の盛り合わせじゃった。丁度1年前の悪夢を思い出しつつも牡蠣にムール貝、海老に蛤みたいな奴、つぶ貝にタニシみたいな貝のオンパレード。何も心配なんかしていない振りを装い切れずにでも完食。正直旨かった。近くに本番があったら絶対オーダーしていなかっただろう。明くる日、この街は1日2日で周れる所ではないことを再確認しつつ、パリの街のルーツとも言うべき”シテ島”から散策。殆どは教会巡りだ。この歳になったからなのか神社仏閣が好きなのかようわからんが良く歩いた。清々しい青空。ノートルダムを見るだけのためにリヨンから来た若者と話し込む。再び、歩いて歩いて辿り着いたのはコンコルド広場。今日一日で20キロは歩いたかな。丁度日の入りで夕焼け空が美しい。クリスマスイルミネーションは圧巻。この国のまず視覚的な美的センスに脱帽。シャンゼリゼ大通りは各国の出店が犇めき合う。これまた圧巻。行き着く先は凱旋門。遠くにエッフェル塔の電飾も浮かびムード満点。思わずオペラガルニエへ。会場前で安めのチケットを高めに売りつけてくれる人たち(全くあかん)と戦いつつ、同様に探していたフランス語を話すイラン人の女性と徒党を組んでゲット。まあ許せる範囲。グラズノフのライモンダは劇場そのものが芸術作品のガルニエならではの美しい舞台。桟敷に近かったがいや充分味わった。終演は11時。ホテルに戻り近くに入った店は日本で言うところの朝まで居酒屋。日本なら「アサリの酒蒸し」食したのは「ムール貝のクリームソース炒め和え」みたいなもの、50匹以上いたかな。赤粒胡椒に生姜が効いて旨い。いやいや、パリは町全体が何処を取っても美味しい(Paris)

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旅日記その1 ベルギー篇~ブリュッセルとアントワープ

思い立ったが吉日か、つい先日に予定をあれこれ練って初ユーロスターに無事乗ってみたものの、余りにもそっけなく何時国境越え(潜って)出来たのかも判らず。その国の言葉も何もかも即座に順応する心の準備みたいなものが整わないとままにベルギー突入。ブリュッセルは擂り鉢状の街なのか坂を下ったり登ったり結構起伏に富んだ街並みを体感。ヴィクトル・ユゴーに”世界で一番美しい広場”と言わしめ、ジャン・コクトーが豊饒なる劇場と賞賛した市庁舎のあるグラン・ブラスや王の家、フラバン公の館は正に異空間。クリスマスマーケットを物色しかの有名な「小便小僧」君と対面。絶え間なくおしっこしていた。その近くの出店で気になった匂いと共に日本で言う「煮込み」かな「エスカルゴ」は10匹で3.5ユーロ。旨かったが”つぶ貝”と何が違うか判らなかった。胡椒とセロリとガーリックの効いた良い味。大野さんの活躍するモネ劇場は休暇で面前は仮設メリーゴーランド。やはり御当地ベルギー・ワッフルをとトッピング全部載せを食べ尽す。ボリューミー。当然1日では周りきれないのを知りつつもサン・ミッシェル大聖堂と王立美術館の大股訪問。その国の歴史と共に芸術の偉大なエネルギーを体感する。一番陽の短いこの時期夕方4時で既に辺りも暗い。さて大きな目的でもあったベルギー第2の都市アントワープに着いて先ず驚いたのが駅舎の立派な事。寂しい程にインフォも無く使えない地図を頼りにホテルへ。明くる日は先ず聖カセドラル大聖堂で「フランダースの家」のネロと少年が最期に見たルーベンスの宗教画に時間を忘れる。そして長岡市民合唱団定期でブノアのミサ初演を果たした際に全面的な協力を頂いた、コンセルバトリー図書館長のJan Dewildeさんにやっとの思いで対面。ランチを共にしながら互いのプランやヨーロッパの音楽事情を語る。彼の人柄がまた嬉しい。(長岡・法政皆さんにヨロシクでした)そして再会を約束。チョコをゲット。ホットチョコレートを呑みながら良く歩いたベルギーの2都市を充分堪能。超高速タリスに乗り込む。(Gare du l'Est)

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讃:大濱當忠先生

ロンドンはクリスマス一色ムード。購買意欲をそそる趣向が随所に。ロイヤルバレエのくるみ。吉田都さんのカリスマ的な存在感、今年の俺達の集大成と言わんばかりの、かつ温かいステージ。LSOはハーディングとブラームスの1番。やはりいい曲だ。でも難しいのが良く分かる。ロンドンを一時離れる瞬前に訃報。20歳の時から音楽、歌、教育、あらゆる面で大切なことを伝えて下さった恩師、大濱當忠先生が昨日亡くなられた。享年91歳。東京滝野川少年少女合唱団の創設者で日本の児童合唱の草分け的な存在。争いが嫌いで皆仲良くが口癖のような、大きな大きな存在だった。26日の葬儀にも参列できないことが悔やまれる。自然とウエストミンスターアベイへ足が向いた。どうやら一般見学は着いた時刻に終わっていたようだが、話をして中へ入れてもらった。どうぞ安らかに。先生の故郷沖縄ほどではないが良く晴れ渡っていた。セントパンクラス駅に向かい、パスポートコントロールと荷物チェックを経てユーロスターに乗り込む。何時ごろ何処を通過したのか良く分からないまま、ブリュッセル・ミディに到着。もう暗くてよく状況がわからぬままホテルへ。再び小旅行のはじまり。長岡の第九はうまく行ったかな。(Bruxells)

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カーディフ

これも何かの縁だろうか。今週に入って2度、ウェールズの州都・カーディフを訪れた。12世紀の古城は趣がある。国立博物館ではモネやマネ、ルノワールにセザンヌといった巨匠の名画にお目に掛かる。英語とウェールズ語(これが全く良く分からない)が何処でも併記されてグレートブリテン文化の面白味も。州立オペラの数多くあるプロダクションから非常に盛んなコミュニティコーラスのリハーサルや新作オラトリオのオケ初回稽古、地域の子供達のヴォーカルアンサンブルや地元音大の木管5重奏を聴き、圧巻はポンコツ2階建てバスを改造して各地域に音楽を共有する出張ワークショップと発想の豊かさを堪能する小旅行。プロジェクトのディレクターを務める若いお母さんRhianと舞台照明家のご主人Aceにはお世話になった。ロンドンでは日本のプロオケ連ワークショップで共演したMichaelの活動の一部を覘く。クリスマスならではのダンスパーティーは彼の仲間達との粋なセッションも。ロイヤルオペラのヘンゼルとグレーテル、プレミエ、グレーテルのあの声と音楽、好きだなぁ。別キャストでは日本人も登板、頼もしい。初秋に持って来た薄手のセーターもいよいよ着古して新たに現地調達。相変わらずほうれん草とマッシュルームは常時冷蔵庫に。スーパーの魚売り場でサーモンをゲット。早速買ったまま忘れていて良い塩梅のアボガドとワサビ醤油に海苔で。余りにも美味しそうだったので鶏の丸焼きを一羽。暫く楽しめる。やはり師走か、ばたばたと予定を入れる。パソコンが気まぐれで困ったものだ。いよいよ見附も本番ですね。成功を祈っています。皆様よい週末を。(Crosswell Gardens)

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クリスマスイルミネーション

12月に入って小旅行をした。皇太子殿下の留学先、学問の町オックスフォードに1泊。ウェールズ州立歌劇場の教育プログラム視察と引越し公演見学が主な目的だったのだが、全てが古い建物のまま、若者が学びに集う味わいのある街だ。前泊をし念願のバスタブに湯を張り温泉の粉を振り撒く。やっぱり日本人だな。WNOは中々の水準。イェヌーファとセヴィリアの理髪師を見たが何れも良く出来ている。日本も各地にプロダクションを運ぶようにしないといけないな。子供向けのプロジェクトはオケの名曲を散りばめた1時間もの。発想の違いに新鮮な気持ち。内陸で寒かったが時間一杯市内の教会を巡る。不思議の国のアリスの故郷だ。ってどんな話だったかなぁ。往復バスで移動。時間にして名古屋に大阪のプロダクションを見に行ったような感じだ。この週末はロンドン市内を歩く。このところ平均して5キロは歩いているのじゃないかな。インターネット事情がややこしく、ネットカフェを探す。昨日は刺身が食べたくてPiccadilly circus界隈の店からOxford st.辺りを巡り、今日も良く晴れたのでハイドパークを歩く。大きな池や、俄仕立ての遊園地は家族連れで賑わう。少なくともロンドンは潤っているのだろう。銀座みたいなところがあちらこちらに点在し、イルミネーションはこれでもかとばかりに目を惹きつけさせる。高級ブティックも趣向を凝らしたデコレーションで楽しませる。建物がそれぞれ特徴はあっても歴史と統一感があって良い。その点日本は雑多な感じがしてならない。それはそれか。今頃日本もクリスマスムードは地味に盛り上がって来ている頃だろうか。どうぞ良い1週間を。(london) 

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マッシュルーム

月日の流れるのは本当にはやいもので今年も師走に突入か。昨年の今頃を考えると全く生き方のスタンスが違っているようだが、今の時間は何れどこかで結びつくと信じている。そういえば先日BBC響のカルミナ・ブラーナを聴いてきた。若い指揮者だったが健闘。LSOの定期よりも人が入っていた。小生が仙台フィルさんを振ったあの歳の頃かな。でもやはり分かり易い、それでいて掴むものを持っているというのは名曲なのだろう。他にはLSOはゲルギエフ氏とプロコフィエフのロメ・ジュリ全曲。凄いスタミナだね。マエストロの手中に入っているとは言え、オケのクオリティなくしてという出来。今頃それを携えて日本ツアーの真っ最中かな。今月の目玉はなんと言ってもロイヤルバレエのくるみ割りだ。吉田都さんの初日の舞台に期待は高まる。一週前に住まいを変えたが殆どは自炊の毎日。スーパーの質にもよるが、パンや牛乳、といった生活必需品は比較的許せる値段。日本ではどういうわけか余り見かけない鶏の丸焼きは一人だと半分に切ってもらって求めると丁度良い。プラハで合唱団の皆さんから沢山日本食を(重いからと?)頂いたお陰でストックは充分だ。チーズにオリーブ、ピクルス、生ハムに野菜は豊富、もう危険極まりない。プラハのホテルのマッシュルームは美味しかったなぁ。以来ここロンドンでも毎日食卓に上っている。顔が可愛い。今日仕入れた生のサーモンはどうかな。オックスフォードstやピカデリーサーカスはクリスマスのネオンで美しく飾られている。まだ市内を観光していないなぁ。見るべきものが在り過ぎる。師走ですね。ロンドンの赤提灯「パブ」は連日大賑わい。そろそろバスタブが恋しくなって来たかな。皆様良い一週間を。(Old Brompton Rd)

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束の間の晴天

ベルリンからロンドンに戻って住まいを替えた。恐らく再び替えることになろうが、狭いながらも快適ではある。このところ自炊も板についてきた。昨日は特製焼きそば。もやしの根をちゃんととって、にんじんにたまねぎ、何故か長細いキャベツをゲット。下拵えに1時間。食すのに10分。さらに昨日は、にんにくとトマト缶、モッツァレラをゲットし、ペンネ・ポモドーロ・ア・ラ・イングレーゼと言ったところか。これは上出来。しかし一人分を作るのはなかなかまだ感覚が掴めない。出来上がった分量2.5人前は下らない。あはぁ、食べちゃった。こちらに戻って、久々の晴天。洗濯もこんな日に大々的にやりたいものだ。しかし、ベルリンは最後に見た「ラ・ボエーム」のぶったまげ音楽、おったまげ演出に未だに記憶が残る。休憩なし、舞台も雪とクリスマスツリーを基調に安上がり。さてロンドンはこれから面白そうな演奏会がありそうだ。指揮者の記す演奏会評はうけるに違いないが、物議を醸してもいけない。大人しく心に留めていこう。ロンドンに戻ってから今日までずっと天気が悪かった。久々の晴天に思わず散歩をしたくなる。(14;06p.m.)

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ベルリンの満月 Ⅱ

プラハを後にしてバスでゼンパー・オパーのあるドレスデンに立ち寄り一路ベルリンへ。恥ずかしながら旧東独の地域は初めて足を踏み入れる。第九を知り自ら歌いベートーヴェンと深く関わったのが東西ドイツ統一の頃。シラーの詩とベートーヴェンの精神に合致する部分を壁に見出す。ツアーに合流し市内観光や博物館めぐりを楽しむ。最後の夜ベルリンフィルの演奏会。圧巻。後からじわじわ来た。ラトルとブラームスのpコン、2番のシンフォニー。ばったり生徒やかつてのアマオケ団員さんに出会う。あっという間にツアーの時間は過ぎ皆、日本への途に就く。無事ベルリン組は新潟からメールで、ミラノ組は義人氏のサイトから乗り換えのトラブルを経て無事帰国の報を得る。以来、高校大学時代の後輩と旧交を温め、演奏会三昧。シュターツオパーで、コジ・ファン・トゥッテを、ドイチュ・オパーでトゥーランドットを、今夜はベルリンフィルのブラームス3・4番のシンフォニー。明日はコーミッシェ・オパーで何故かラ・ボエーム。昨日はICEに乗ってライプツィヒへ小旅行。我が心の故郷バッハとこの数年深くお付合いをしているメンデルスゾーンに会う。ベルリンでは2級後輩のトロンボーン奏者・沢野君とその奥さん、ベルリンの音大で器楽のコレペティトゥーアを務める智子さんと再会。ご自宅でご馳走になる。活躍は頼もしい限りだ。沢野君の参加するオケのリハーサルを覗かせてもらう。そこにはトランペットの具志君や付属の生徒でもあったホルンの木川君も。いよいよロンドンからの旅行も終わりに近づいて来た。この2日よく晴れていて夜もまんまるのお月さん。ご一緒した合唱団の皆さん、サポータの皆さんお疲れは取れましたか?今週一杯引きずっちゃうかな?夫々の合唱団で素敵な音楽活動を続けて下さることが願いだ。それが心から心へ届く音楽のメッセンジャーと為るべく。今度指揮棒のケースを開けるのは何時になるのだろう。これからベルリンもロンドンも雪、霧の季節。(Berlin 14th Oct.)

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満月のベルリンⅠ

ロンドンからプラハへそしてベルリンに移動をして以来気まぐれ日記もご無沙汰になってしまった。沢山記録として書くべき、残すべきことがあった。まずロンドンからプラハへ。3年ぶりの地。その前は2000年のプラハの春音楽祭。オーケストラの特に弦の音色が脳裏に刻まれている。乗り込んだその地は霧に包まれて秋も深まる様相。オケとの初顔合わせ。独特の歌いまわしや、フレーズの処理、彼らの伝統なのかチェコ語の語感から来るものなのか、正直戸惑いもあったのだが良い方向に持っていこうという互いの意識は同じベクトルを求める。オーガナイズの稚拙な対応は取り敢えず予想の範囲内として粛々と。何はともあれ、日本から来て下さった愛すべき合唱団の皆さんへ、そして最も尊敬する音楽家の一人、伊原直子先生、3年前に都響さんで共演して以来の望月哲也君の素晴らしいソロと、新潟出身の逸材・奥村愛さんのヴァイオリンに心からのありがとうを。かつては自身が合唱指揮を兼ねたものだったが今回ははっきりと役割を担っていただいた山本義人さんとpianoの八木智子さんにも感謝。ウィーンからお手伝いいただいた奥村さんに木下さんも。あの空間で色々な想いの詰まったモーツァルトを経験できたことは記憶に刻まれよう。プラハで学んでいる指揮の大井君と再会。きっと彼には同業者の事情は一番読み取れるものがあったに違いない。何だか何時始まったのか何時終わったのかわからない打ち上げ。今回は明くる日の人骨を芸術的に造形した教会巡りの他は全く市内観光らしいものは出来なかった。チェコフィルの演奏会を聴く。クーベリックとかノイマンとかのイメージが強すぎて肩透かしを食らった。でもあのドヴォルザークホールで振ったプラハ放送響との全く同じマーラーの1番を客席で聴くその偶然にしては出来過ぎのひと時。プラハから帰国組、イタリアへツアー組みとお別れ。夫々の道を歩む? その1終わり。(Berlin 14th Oct)

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日照時間

小学校に上る頃か、ウォータールーの戦いという曲を好んで弾いていた。大砲の音とかが出てくるその曲は今考えてみると全く音楽的にはいただけないものだったな。ベルギーのその戦いの地と関係も当然あろうウォータールー駅は、最近までドーヴァー海峡を越えてパリまで直行のユーロスター始発駅だったということが何故か興味深い。演奏会三昧も一段落、日曜日はフィルハーモニア管と名匠クリストフ・フォン・ドホナーニの指揮でメインはベートーヴェンの英雄。ブラームスのハイドンヴァリエーションではじまり、コンチェルトが圧巻。フランク・P・ツィンマーマンのシベリウス。見事。アンコールもあれは何だ?イギリス国家の変奏曲を超絶技巧だけど、味わい深い音色と音楽で聞かせる。ロイヤルフェスティバルホールは満員。ウォータールー駅周辺は帰るお客さんで賑わう。サマータイムが終わり一時間の時差でこれだけいろいろと変化を感じるのもかつてない体験だ。霙交じりの雨が降った。今日の日の入りは16時30分頃。これから日の出も遅くなっていくようだ。冬の朝はは真っ暗で子供達の通学が危ないと話していた。でも日中、その短い中でも雲ひとつ無い青空を見ると幸せになる。今日はハロウィンで大賑わい。爆竹かい!。日本も当然秋が深まって移ろいを味わうころだな。どうぞ良い週末を。いよいよプラハ行きだ。現地でお目にかかる皆さん気をつけていらして下さい。(Mallinson Rd 31st Oct.)

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サマータイム終了

一日中雨が降り続いている。寒さも少し強まってきたかな。夜中の2時に夏時間が終わり1時時間時計の針を戻す。いくつもあって結構面倒だ。この間またコンサートに幾つか出掛けた。イングリッシュ・ナショナル・オペラではカヴァレリア・ルスティカーナとパリアッチの2本立てをこのテアターの特徴でもある英語版で上演。余りにも斬新な演出にミュージカルかと思わせる。英語による言葉の捌きと声との関係は日本のそれを再考しつつ意義を感じる面白い時間。やりたいなぁ、この2作品。どでかいロイヤルアルバートホールでのロイヤル・フィルの演奏会、中々良いオケなのだがフォーレ・レクイエムとベルリオーズのテ・デウムは所謂アマチュアの合唱団らしい。名指揮者が創立したり冠だったりしているが、長岡市民合唱団のほうが遥かに上手い。圧巻は昨夜のロイヤル・バレエ。「白鳥の湖」はこのプロダクション楽日。余りの美しさに思わず視野がぼやけた。音楽もまた指揮もよい。この分野の奥深さと層、クオリティーの高さを認識。目覚めた感がある。チャイコフスキーがまた凄いわけで、音楽無くしては有り得ない舞台芸術の一つの形を堪能した。丁度土曜の夜とあって、市内中心部の至る所にあるミュージカルや催しと重なり終日込み合う。長岡市民合唱団は良い演奏会になったと沢山メールが届く。良かった良かった。遅めの昼を食べてこよう。あっ今夜もチケット取っちゃった。良い一週間を。(Claphan Junction 26th Oct.)

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ロンドンの音楽事情

ひょっとすると日本人よりもせっかちなのかも知れない。信号をすり抜け青をいかにも待てないと言った様子を良く見る。自転車もスリリング。バスや電車の中は基本的に汚い。平気で食べかけの何故か寿司や、新聞(殆どはfree紙)なんか当然の如く置いて行きっぱなし。先日は大雨が降った。がそれも短時間。洗濯物は普段良く乾く。日本の名の付いたラーメン屋らしきものを発見。不思議極まりない。麺は期待していなかったので仕方ないが、トッピングがアジアン。パクチー入ってた。ここはロンドン、日本の味を期待しても仕方が無い。何でも来い。これまで4つほどコンサートに出掛けた。ロンドン響、フィルハーモニア管は流石にクオリティーは高い。教会で開かれるコンサートは雰囲気が良い。昨晩はナショナル・オペラを当日券で買って入った。カヴァレリア・ルスティカーナとパリアッチの二本立てだったが新演出ものでおったまげた。イギリスの聴衆は過度な反応は見せないのか、そこは紳士的だ。全て英語だけに聞きやすいかと思いきや、舞台上部に英語の字幕。日本のオペラでもたまに見かける配慮?まぁいろいろ見てみよう。(22th Oct.)

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ロンドンの鉄道網

週末になると市内にある大きな公園はどこもスポーツを楽しんだり、本を読んだり、寝そべったりと大勢の人が訪れる。気持ちのよい緑の芝生と広葉樹の広がる空間が心を洗ってくれる。公共の博物館や美術館は無料のところが多いし、それを楽しまない訳はないのだが、お気に入りはダブルデッカーで街を見て回ること、Tubeと言われる地下鉄も比較的便利だ。しかし、特にラッシュでは良く止まる。日本の公共交通機関は優れているとつくづく思う。消費税に当たるのか商品の多くに14%課税されているから何でも高く感じられるのかと思えば、そうではなくやはりただ物価高なのだ。先ほど食したなんのひねりも無いベーコンとチキンのサンドイッチはおよそ400円。マクドナルドやバーガーキングのセットメニューが800円弱と言えば、身体のためにも思わず山積みになっているバナナと仲良しになる。円高は海外滞在に少しだけ優しい。今日は朝から小雨。日ごとに秋が深まりまだ体感していない鉛色の空の冬が近づいているのだろうか。昨日まで見えていたまん丸の月は日本と一緒かな。(14:50 15th Oct.)

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ロンドンの秋

空気が乾いているのか清々しい日が多い。時ににわか雨が降るが今は然程でもない。明け方の気温は既に一ケタの日が多いので布団が恋しい。公園は木々の葉が色づいて心地よい。日本だったらいらいらしそうなことがこちらでは何だか大らかに構えていられるような、そんな風土なのだろうか。ダブルデッカーは2階の一番前に陣取るに限る。子供の頃、電車でもバスでも一番前の運転手になった気分を味わったものだ。見晴らしの良い車窓から文化の混在する、でも均整の取れた街並みがまた楽しい。地下鉄も良く止まるし時間通りには動かないが便利だ。もう少し色々な名所巡りもしてみようか。夏の短い期間のみ開館していたバッキンガム宮殿の内部は王国の栄耀栄華を尽くした見応えのあるもの。しかしこのインフレはどうしたものだ。日本の物価の2倍とまでは行かないが何でも高い。映画館や劇場の入ったバービカンセンターでロンドン響を聴く。均整の取れたよいオケだ。ダニエル・ハーディングもいい音楽をしていた。少し散歩に出掛けてみようか。日本は夜ですね、どうぞ良い週末を。(13:20 10th Oct.)

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ダブルデッカー

日本を離れて1週間余り。何度もヒースローは経由地に立ち寄っていたが、街に降り立つのは初めてだ。正に人種の坩堝、あらゆる価値観が混在して成り立っている。9月末から10月にかけて比較的暖かい陽射しの街。到るところにある大きな公園も既に秋の様相。穏やかなでも風の冷たいロンドン。ダブルデッカーの市内を走るバスも力強い。彼らの食生活のまねをしてはいけない。フィッシュアンドチップスは食べ応えがあるが危険だ。こちらに来てから良く歩く。日に3から4キロは当たり前、10キロ近い日もある。そのほうがいいかな。現地の音楽家やヨーロッパの仲間と連絡が取れるように新しい携帯をゲット。ドコモと2台体制。10年頃に実現するのか、Karl Jenkinsとのご対面もスムーズ。直接氏にメールを出したら直ぐに電話があった。エキサイティングな毎日である。(Gloucester Rd.14:07 6th Oct.)

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秋分

穏やかな秋の休日。何かと忙しなく最後の休日。繋がっていた池袋のこのパソコンもそろそろ休止。家で探し物。池袋で買い物。長尾さんと電話。繋がっていた回線を止める作業。コミュニケーションツールとして今や欠かせないインターネット。かつては余りに素っ気なく味気なく、手紙のようには無論、電話のようにも心が伝わりにくいような付き合い方だったのに、機械音痴の小生も極めて単純な作業は出来る様になった。このブログやメールで繋がっていたものを断ち切るというのは結構寂しいものがある。といってももう一つのアカウントは健在だけれど今後環境はどうなるかな。という訳で、しばしサイトも書き溜めしつつ小休止。皆様ごきげんよう。(池袋22:43p.m.)

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連休の谷間

二日酔いかなぁ。風邪かなぁ。長岡の財団と電話でやり取り。見附のソリスト決定、少しほっとする。見附は水害の時、各地から応援やカンパを頂いて演奏会を開いた記憶が蘇る。今改めて、仲間の音楽家、愛好家の皆様に感謝を申し上げたい。nifyyの電話サービスを受ける。丁寧な対応にやめちゃおうかと思っていたが思いとどまる。新しい携帯電話が楽しい。最近は相撲も面白い。野球も面白い。かと思えば言葉にならない事件も多い。政権はどうなる。音楽の小径、この名前で2年余り。気まぐれながら日記の役は果たして来たかな。沢山残しておきたかったことや、改めてこのサイトからの発信もいろいろしたいところだが、続けられる環境になるかなぁ。健康診断の結果。胃カメラの結果。ガソリンの値段は少し落ち着く。でも高いな。亀屋のおはぎを買っちゃう。どうなの?これ。美味しいっす。この、「っす」の言語学的解説を昨晩ラジヲで聞く。現代版謙譲語の体を成すとの話。面白いっす。(9月23日4:30a.m.)

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雨の祭り

明け方の地震。地元町会のお祭り。中学時代の牧島先輩、威勢の良い声。生憎の雨。池袋。そろそろ準備。(9・21)

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かかりつけ

ふと見つけて入った歯医者。いつもの内科。たくさん薬を処方してもらう。歯並び。食い縛って寝ている状況がストレスの発散。肩こりもこれだろうか。一週間も終わり。近所でお祭り。日本の風情。蛙も元気。(9・20)

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秋の到来

雨が涼しさを生む。家電量販店。お酒まで売ってるの。海外でパソコン使う術を知らないので、あたふた。恵比寿。エビスは家で。(9/19)

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新しいもの

一年ぶりの機種交換。持ちが悪い今の携帯。ドコモのお姉さん。基本的に機械は苦手らしい。電話帳のような説明書。でも携帯でテレビが。。迷惑メールは減らないかなぁ。(9.18)

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オファー

09年10年の構想。長岡の財団事業も企画を進める。見附は大丈夫かな。何れもノウハウは既にある。新しい携帯の物色。出演依頼をいろいろ頂く。(9/17)

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プラハ公演の準備

ヴァイオリン奥村愛さん。現地のスケジュール。メールのやり取り。ソリスト伊原直子先生再び。楽しみな公演。月曜みたいな火曜日。(9・16)

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メアド

世の中は旗日。新しいメアド探し。連休で企業の動きも鈍い。(9.15)

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インターネット格闘

この期に及んで掃除。整理のつかない部屋と頭。(9・14)

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才能の開花

幼なじみのステージ。10年ぶりくらいの再会だろうか。杉田政昭氏。音楽体験の原点。何時間もピアノの前で即興演奏で遊ぶ思い出。再会して、互いに違う世界で生きているのだけれど、幼少ながらにそこで感じたものは今、深いものとして蘇る。タイ古式マッサージ。19歳の歌手中里アミちゃん。地元健康ランド。若い才能を生かすも活かさないも結構大人の責任センスだったりする。(9・13)

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残暑の名残

親父の誕生日。傘寿。ウィスキー。(9・12)

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美味しいぶどう

秋の味覚。スターバックス。老舗たねや。松翁軒。もんじゃ焼き。(9/11)

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省エネ滅多肪対策

万歩計。西武のお菓子売り場。三越のパン屋、ジョアン。(9/10)

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重陽の節句

菊。奇数は縁起が良い。永久えだまめ。トラベルクッカー。ちょっぴりガソリン値下げ。付属高校生から嬉しい報告。(9・9)

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青い空

目覚め、青空。大相撲。自民党総裁選。日本の将来。(9・8)

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安息日

日曜日。バリウムで頭痛?遠くで雷鳴と電光。(9・7)

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年に一度くらい

バリウム飲んだって良いじゃないか。消化器官フル稼働。(9/6)

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バリウム準備

兄貴と池袋。三越のパン屋。あっという間に週末へ。こんな長さのブログもいいか。(9.5)

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日本再発見

日本人であること。歴史認識。時空を超えて。どうやら28万カウント?(9.4)

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フェリー

高原。温泉。(9/3)

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夜景

夜景の奇麗な町。(9・2)

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始業式の音楽鑑賞会

大阪フィルさんとザ・シンフォニーホール。かみかみ司会。高校生大勢。秋の始まり。(9/1)

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焼肉三昧

大阪フィルさんリハ。鶴橋焼肉万歳。いよいよ夏も終わり。(8・31)

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移動日

伊丹へ。阪急で昼食。阪神Hで温泉。大阪王将で夕食。餃子くじ2等。(8/30)

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健康診断

メタボ診断。眼鏡屋。牛丼。池袋。スコール。うるさい携帯。(8.29)

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老舗の味

池袋、新宿。スコール。最近おかしい異常気象。ブログの行方。枝豆ばんざい。南京豆、おかき。(8・28)

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新宿伊勢丹

長岡のお土産。新宿凄い。見ていて飽きない食料品売り場。アフガン。(8/27)

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使いきり

cocoroカード。上越新幹線回数券。ホテル優待券。見附市音楽アドヴァイザー。いつもの朝食。〆のへぎそば。東京駅で豆。大雨。(8/26)

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いつものように

見附市学校教育協議会音楽部合唱講習会。会食。長岡リリックホール。アドヴァイザー。長岡市民合唱団定例練習。写真撮影。会食。ホテルニューオータニ泊。(8・25)

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東京合唱合宿

前日は遅くにチェックイン。部屋からの景色も判らず洗濯機なんぞを回してみたりコンドミニアムのホテルで休む。朝目覚めてカーテンを開けると目の前に飛び込んできたのは神社の大きな本堂。何と富岡八幡宮の正面に寝ていたのだ。当然しゃきっと起きて、少し支度を早めに済ませ、お参りに。あちらこちらの神社仏閣にお参りしては何かしらその証拠を求めて帰る。これってどうなの?よく、お守りを頂いたりするが、考えてみるとその年、手にするお守りは半端じゃなかったりする。豊洲。合唱団と5時間の稽古。アンコールを聴く。皆眠そうだがプラハでの彼らの時差ぼけを考慮すれば素晴らしい出来だ。モツレクも色が出てきた。余計なものは排除しつつもしっかりと音の中に祈りを、心を込めたい。東京と長岡新潟組も仲良く交われる雰囲気。非常に楽しみだ。今回はいないと思うが、例えば音大を出て歌えるから練習に参加しないような輩は排除したい旨、敢えて喋る。大抵歌えていてたまに顔を出す人が乱すものだ。会食。バス移動の新潟組の無事を祈る。ちょっと呑みすぎた。急いで東京駅から長岡入りを果たす。(大阪30日19:47p.m.)

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コンドミニアム

明け方とても冷え込んだ。いよいよ8月も終わりに近づいて夏の終わりを感じさせる。昼から大荷物を作って出掛ける。上野毛駅から徒歩、モーツァルトの合唱稽古を学校の開放施設のようなところで行う。なかなかいい施設だ。午後から休憩を挟んで5時間。歌うわけではないのに何故か喉を使っている。でもどんどん合唱は良くなっていく。当然そうでないと困るのだけれど小生のスケジュールで決められたこの土日が実質彼らとの日本での最後のリハでもある。大勢がお見えだ。冷たい雨の降る中、会食に赴く。次の日のために取っていただいた宿はホテルらしいがなぜかコンドミニアムタイプ。必要ないんだけどな;ぁ、とか思いつつ、折角なのでコンビニに洗剤を買いに、大き目のミネラルと、カップラーメン。ヱビス付き。今日は何故か汗びっしょりで早速洗濯なんかしてみている。今。近所は沢山食べるところもあるのにお湯を沸かして定番のカップラーメン。ただのホテルでも良かったんだけどなぁ。乾燥機が物凄い音を立てている。大丈夫だろうか。というよりこんな時間に洗濯、乾燥って隣にお客はいるのか良く分からんが取り敢えず明日も早いので良いことにさせていただこう。(門前仲町23日1:25a.m.)

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のだめ再び

家の敷地の塀を越すと隣は母校の中学。夏休みながら子供達の元気な声が良く聞こえる。昔よりも野球部や屋外での活動の元気な声が少なくなった感がある。明け方休んだりすると午前中の賑やかの声が時折耳障りでもあるが、40年ここにいるのだからもうそんなこともとっくに習慣になっている。それでもしっかりした校長先生が赴任してこられると数年は運動会の前に普段よりもその時期は音が出る旨のご挨拶状を持ってこられる。最近はめっきり減ったなぁ。町会の運動会も地域に対して考えたものでもないらしい。そんな教育現場からはその町を愛するとかそこに育った何て感覚は生まれないかも知れない。昔は荒れてたけどゴミ拾いしたり当たり前にモラルの教育もなされていたが。それどころじゃないんだろうな。のだめの再放送を見た。オケには大学のかつての生徒達も映っていた。この業界の?よく細かいところを映し出している。クラシックと触れ合うきっかけになるならいいんじゃないかな。夜になって池袋へ。大分から見事な「かぼす」ちゃんが届く。秋刀魚と一緒に頂こう。O型の本、結構目から鱗。(24日2:01a.m.)

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アレルギー

朝から良く動き回った。耳鼻科に行って検査の結果を聞く。花粉症らしい。あはぁ。花粉症が世の中で言われるようになってから耳鼻科のお世話になったことがなかった。時期になるとそうかも~とか言いながら何も為すことはせずに来ていたが、夜中に突然起きる咳の原因をと、調べてみたらスギにヒノキにブタクサも怪しいらしい。ハウスダストもしっかりと。そうだったのかぁと納得するやらちょっとがっかりしてみたり。ということで、髪を切った。全然脈絡がないやん。ひと月ぶりだ。長岡で東京フィルの初日を終えて鬱陶しく思えて飛び込んだ以来、今日も髪が鬱陶しくて目に飛び込んだ競合店で犇めき合う地元南池袋のサロン、メンズデーの看板に思わず惹かれ入る。スタッフも結構多い。途中豪雨、傘をもらって店を後にする。再び本屋では今流行りの「B型自分の説明書」シリーズを3冊求める。久々に早く家に帰る。オリンピック女子ソフトボールに感動。(22日21:33p.m.)

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本屋さん

西武のリブロは駐車場から近く至便だ。大抵欲しいものも手に入るが歩いて2分のジュンク堂書店はこれまたどでかい。レジが常時15人くらい待ち構えている。ヤマハに楽譜を探しに行くも全く当たらない。昼を食べ損ねて夕方ラーメン屋さんへ。この界隈ではラーメンブームの火付け役となった店だ。どこも色々と趣向を凝らして躍起になっている。そういう意味では行きつけになるようなベストの店はまだ見つかっていない。プラハでの前座を務めるヴァイオリニストに奥村愛さんが決まった。彼女は新潟出身ということもあって楽しみな共演だ。(22日池袋20:55p.m.)

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万歩計

再び日中は残暑が厳しい。小雨も混じる。好きぢゃないけど冷房のお世話に。朝晩は冷えるようになった。腰を痛めてから積極的な運動が少々億劫になっている。それでも体力は落としたくないし歩くことは大事と実感。先週の出雲では10キロ近く歩いたが、毎日ある程度欠かさず歩くって大切かも。時計代わりになる万歩計を持ち歩く。オケのメンバーからもメールが届く。ここ数日会っていないうちのカエル君は元気だろうか。蝉の鳴き声も何処となく淋しい。(22日20:01p.m.)

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東京フィル・ファミオケ 2回目の夏

朝は諸々のハプニングで駆け込みゲネプロに立ち会う。サントリーホール、6月に自ら指揮台にたったこの楽屋まわりとステージの感じ、やっぱりいいなぁ。午後と夜の2回公演。ファミリーオーケストラは本番で思い切り素敵な演奏を聴かせてくれた。特に2回目。東京フィルのメンバーも口を揃えて褒める。でも実は内心ドキドキしながら聴いていたふなばしさん。演奏の精度とか計算された何かみたいなものではなくて、もっとハートに訴えるようなあったかいもの。9歳から72歳の計り知れない彼らの能力。そんなみんなとも今日でお別れ。元気でね。またいつか再会を願って。今後東京フィルさんがこのプログラムをどのように位置付け、どのような方向に持って行こうとするのか、注目していよう。プログラムの後半はおもろい浪曲師の耳に残る節。東京でのお仕事も一区切り。(21日池袋19:53p.m.)

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そのリハーサル

東京フィル・ファミオオケは2日目のマエストロ・プローベ。音を合わせる基本のトレーニングも交え、解り易いアプローチ。子供好きなマエストロの心も伝わる。メンバーの表情が又一つ頼もしいものに。ソロやバランスの調整。いよいよ本番は明日。4ヶ月の積み重ねが結果になって表れるその時。きっと良い演奏をしてくれるに違いない。池袋に出て遅い昼ごはん。うどんを食す。そうかぁ、今日は日曜日なのね。まるで曜日の感覚が麻痺している今日この頃。(20日23:24p.m.)

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再会 マエストロ・チョン

伊丹空港では蓬莱をゲット。きっと隣のお客さんは「蓬莱買ったろ」と思っているに違いない。くんくん。羽田からリムジンで一之江へ。荷物を置いて初台へ飛んでいく。東京フィル・ファミオケ。いよいよマエストロの登場。日本の神様に会ってきたばかりで彷徨った頭に、一度船橋さんに振ってもらって聴きたい、とのお達し。殆ど副指揮者オーディションを彷彿とさせる時間。それでも我らがファミオケ、小生の指揮にも良く応えてくださった。後はマエストロにバトンタッチ。その時点で今回の場合大半の役割を終える。あそこのソロは、バランスは、音程は、とただ祈るような気持ちかな。一回目のリハから良く反応していた。短い時間ながらどれだけ本番に向けて要求に応えられるだろうか。楽しみ。(20日23:08p.m.)

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思い立ったとき

前夜23時頃に情報を得てからさすがに考えた。出雲かぁ、実は遠い。でも翌金曜は仕事は入れてない。よし、と思い立ったときにはJALのチケットを既に予約していた。3時過ぎに休んで羽田から良く8時に飛んだものだ。出雲空港。直通バスにぎりぎり飛び乗る。見知らぬ土地ながら何処となく落ち着く雰囲気。バスの運転手の案内を聞きながら大きな鳥居前で降り歩く。その本堂までは町の中心から相当の距離、真っ直ぐな参道になっている。先ず目指すは整理券配布所。着いたのはおよそ10時半。手にした整理券の入場は4時。おー何というタイミング。飛行機もバスももう一つ遅かったなら。後はゆっくりと辺りを散策。早速食したのは出雲そば、美味、佳い香り。それにご当地ぜんざい。既に帰りの飛行機は無いことがわかり、携帯サイトであれこれ調べる。いよいよ60年に一度の大規模な社殿の修造「平成の大遷宮」によって、普段見ることの出来ない御祭神・オオクニヌシノオオミカミが祀られている本殿を拝観。天井の極彩色「秘図・八雲の図」をしっかりと目に焼き付ける。古代信仰悠久の歴史をしばし味わう。次に見られるとすれば102歳?一畑電車なんていう長閑なローカル線に乗り出雲市駅から特急3時間で岡山、新大阪へ何とか辿り着く。なんば界隈のホテルで1万5千歩歩いた足を癒す。終戦記念日。(20日22:57p.m.)

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食欲の夏

この年になって、区から健康診断の案内が届いていたのだが、機会を失い再び案内が。今年の健康診断、所謂滅多肪対策。予約を入れたら月末だ。咳が止らずこの時期でも開いている耳鼻咽喉科を見付け診て頂く。池袋で再びキムチ。暑いと食欲が落ちたり食べるのも億劫になりがちだが、って小生だけ?今年は今のところ余り変調も出ず良く食べる。いや自重自戒。先週の我が旅にたくさん反響が届く。行きたかった所を薦めて下さるものが多かったが、ひょっとして近い内に時間が取れたらと、ふと島根は出雲大社のホームページを開く。があ~~ん。60年に一度の社殿の修造「平成の大遷宮」は今週末まで。何と!!このタイミング。あの時、岡山から足を伸ばしていたらと。高松のカレーうどんがその時勝っていたらしい。まぁ、そんなこともあるか。いやしかし。(19日22:21p.m.)

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オリンピックの年

先にも書いたが、北京はとにかく空気が悪かった。更に20年前上海はもっと凄まじかった。突貫工事の施設や表向き整ったところを含め、いくつもある地方自治区の目に見えない部分が我慢しきれなくなって爆破してしまわないように果たして良い方向に変えていける国だろうか。取り繕ったものは必ずめっきは剥れるのだから。アスリート達の夏に乾杯。ビールが進んじゃう。目を向けていなかったところに実は物凄い魅力があったりするところを捉えるのがメディアの役割だったりもする。(19日22:09p.m.)

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人、多すぎ

再び池袋は雑踏。どこから湧いてくるのか、意志を持たないとスムーズに前へ進めない。家電量販店は新製品で賑わう。我が家の冷蔵庫も恐らく20年使いいよいよ新しいものがやってきた。昨夜は古いそれに思わずお疲れさまと肩を叩く。どうもものを捨てられない性分はそこにあるらしい。車然り、道具の筈だが勝手に心とか命を宿らせてしまうようだ。エコの冷蔵庫、よろしこ。違った、よろしく。早速西武で求めたキムチを入れちゃう。洗礼?(19日21:59p.m.)

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蝉の音

夏を想起させる音に蝉の音がある。今年は何だか元気がない気がしている。昨年だったか物凄い大量発生をした記憶といっても仕込まれたのは10数年前のわけだが、儚い命ゆえ、元気に思い切り鳴いてもらいたい。北島康介選手のプレッシャーを力に変える能力に脱帽。甲子園の夏も地元関東第一高校は久々に競勝って来たな。池袋はこの暑さにも相当の人混み。皆、何しに行くの?1週間ぶりのポスト。メールも捌けず。世の中はこれからお盆だ。(19日21:52p.m.)

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やわらちゃん

谷でもママでも金の柔らちゃんの闘志を称えよう。長岡を出て直接初台へ。東京フィル・ファミオケは小生との最後のリハーサル。ゴロゴロにお土産を入れて。中味はぷっちょ。「アルルの女」第2組曲から3曲。時間にしてあっという間だがいずれも美しく愛すべき作品だ。チョンさんのアプローチにどれだけ応えられるか、自ら指揮する以上に何だか嫌な緊張を伴う。これこそ産みの何とやら。4ヶ月のお付き合いでメンバー同士も仲良くなれ、それと共に音楽も集まってくる。全員を送り出して退館。その足で駒込へ向かい場所を把握していないのにもかかわらず導かれるかのごとく目的地の練習会場を発見。一人感動。山本さんの練習に潜入し、東京組のモツレクリハへ。アンコールを振る。なかなか良いんじゃない?久々な感じの我が家。丸一週間ぶり。(19日21:46p.m.)

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オリンピック

いつだったかかなぁ、ブザンソンの予選を受けに中国・北京へ飛んだことがあった。ピアノ2台の審査だったが、後日届いたのは当然合格なのだけれど、若い人たちに譲ってもらうだか極めて不条理な残念賞みたいな手紙。いろいろコンクールを受けたが云わば水物とはこのことだ。思い切り町を歩いて帰ってきた記憶が蘇る。安全に全ての競技が終えられることを祈るばかりだ。昼からリリックホールでプラハ・モツレクの練習会。3時間はあっという間。東京からも参加があって、そのまま懇親会へ。仲良く皆で演奏しよう。夜の風が秋の予感。(19日20:49p.m.)

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経由地東京

この時期の飛行機はべら棒に高い。陸地を南に向けてゆ~っくり移動したことを考えると大分から羽田はあっという間に伸びたゴムが縮むような時間の錯覚を覚える。ANAはほぼ満席。うっかりお土産を座席下に忘れて来る。東京駅から電話で問合わせ、素早い対応で、無事家へ送っていただく手配。新幹線に直接乗り込み長岡へ。前乗り長岡は今宵もお寿司。「旬粋」はいい。美味しかったなぁ。同時にメタボ危険信号を自ら点す。北京はいよいよ開幕、オリンピックは無事行えるのだろうか。(19日20:37p.m.)

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刺身

生魚を当たり前のように食す国はどの位あるのだろうか。海産物の豊富な日本人は魚の味を知っている。醤油にわさび、そして刺身。何と贅沢な食文化だろうかと、とりあえず今回の旅、最終目的地に据えた大分で魚を頂く。夢にまで出た「いそ舟」。お店の電話も携帯に登録してある。もう伺えることもないのかな。色々な先生方やオペラ関係者、かつての生徒さん達にも会いたかったのだが、敢えてお忍びっぽく。出発地の広島ではもみじ饅頭をゲット。更に山陽地方、九州地方ご当地グッズを探す。良くありがちなキティちゃん関係も。柑橘系のぷっちょも東京フィル・ファミオケの子供達にいいお土産になるだろう。長岡で求めた普通乗車券ともお別れ。5年余り務めた思い出の地。ANAに宿泊。(19日池袋19:11p.m.)

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MORET

岡山ではさすがに7時間良く休んだ。乗る電車も決めず待ち合わせも無いことで旅の発想も広がる。3日目は森本草介画伯の絵が収蔵されている広島の美術館を目指す。広島原爆の日。平和をあらためて考える。広島は駅周辺は混んでいたので敢えて山陰に向かう高速バスに乗り込む。原爆ドームを遠目に改めて黙祷を捧げる。途中下車したPAで今晩の宿の出迎え。住宅建材メーカーの所有する美術コレクションとリゾートホテルは山あいの穏やかなところ。出逢えた、森本さんの世界。標題の絵はフランスの田舎の風景川のほとりにある緑に囲まれた水車小屋のある民家、今も当然その地はあるのだろうけれど絵からにじみ出るような温かみを感じる。何と画伯のご家族が前日訪れていたと。草介さんはお元気だろうか。遥か昔にお会いした以来のことだ。良く考えられた比較的子供向け企画展の中で1枚のみだったが充分。その他の絵画やマイセン焼にも特に興味深いものがあった。ちゃんと全てを見る時間が足りない程見応えがある。ルノアールやピカソといったものも。名画は在る所にはあるのだなぁ。夜は和食を堪能。温泉だぁ。心の洗濯。フランスもいいなぁ。(のぞみ山口界隈7日14:44p.m.)

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日本の世界遺産

蚊と格闘、何となく身体か痒いような和室の民宿、合宿引率以来かな。洗濯ものを軒先に干しておいたら何やら雨音、慌てて明け方取り込む。暑いと思ってクーラーを入れれば空気悪いとお決まりのパターン、寧ろ楽しんでみる。朝食に出された鯖の味醂焼きの美味しいこと。人懐こいオーナー夫妻に別れを告げ、さぁここから今日は思いきり歩いた。駅まで町並みを楽しむ。再びいつもならショートカットしたくなるような小浜線。敦賀で好物鯖寿司ゲット。夏の湖水浴で賑わう琵琶湖を横目に京都を素通り大阪下車。とにかく車窓が楽しい。困難を乗り越えて幸せを掴んだある生徒さんから写メール。やり取りをして。さぁて何処行こうか。出雲大社、鳥取砂丘、有馬温泉、石見銀山etcう〜ん。日本は十分広いぞ。それらは残念ながら移動が困難だ。長岡から最終目的地を大分に設定したので乗車券13970円はとにかく大活用。青春18きっぷみたいだ。何れ日本の全てを制覇しようと思っている世界遺産。よし姫路城!暑い中、ちびっと後悔しかけたが大正解。これぞ日本の城。2時間歩き通す。五重塔と自身を撮ったベストショットは新しいデジカメ。アップ出来な〜い!岡山の宿でちゃんとシャワーを浴びる。ふと思い立ち夢にまで出た高松の「鶴丸」夜8時過ぎに瀬戸内海渡って本当に行っちゃう自分が。会いたい先生方が沢山いるのに連絡先がない。店の頑固親父に久々に会う。旨かった。何故こんなに文が長いかと言うと途中坂出で四国の何処からか来る列車との接続待ち。最終電車だもんね。無事ホテルに戻れますように。旅ならでは?明日は何処行こう。。
(6日坂出駅快速マリンライナー0:12a.m.)

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ちりとて珍道中

長岡大花火大会は心配された雨も我慢してくれていたようで明け方雷と共に枷が外れる。いよいよプチ日本満喫旅の始まり。北越二号で富山からしらさぎに乗り換える。途中地震の土砂に埋まって復旧した海岸沿いの駅を神妙に通過。北陸三県はオーケストラの文化庁公演での思い出が甦る。最初に降り立ったのは、昨夜の「かがっぽい」ポップな花火つながりで?加賀温泉駅。目指すは加賀アートミュージアム。再会!森本仁平画伯。企画展中心のアートスペースならでは、自画像一点のみ。それでも04年に亡くなった伯父さんに会えた気持ち。凄まじいまでの生き様は静謐ながら強くそして温かい自画像に。学芸員さんと名刺の交換。三年後は生誕100年か。温泉にも浸からず次の特急に乗り込む。次はふとサイトで見付けた「箸の日」。敦賀から小浜へ単線1時間。朝の連ドラの舞台、ちょうど箸祭りに間に合い飛び込む。あのドラマの本物の噺家さんと「底抜けに〜」兄さんのおもろいトークショー。お土産に佳い若狭塗り箸をゲット。これ以上飛ばさん方が得策と判断し夕日の綺麗な海岸の民宿に荷を下ろす。鯖が旨い。初日はまずまずかな。メールがあちこちから届く。(5日オバマ線美浜界隈山間10:42a.m.)

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日本の風物詩

ここ数年我が儘を言って毎年長岡の花火にお伺いしている。雨の予報もしっかり踏ん張って最後まで「上演」。圧巻の「フェニックス」、ことに東京フィルさんの演奏会でも敢えてストラヴィンスキーの「火の鳥」を関連付けて取り上げたが、長岡の平和へのシンボルのような存在。そして今年の特に印象は「天地人」。一つの壮大な作品だ。買ったばかりのカメラに残そうと試みるも、花火は心に留めるもの。鳥肌の立つ感覚、ふと涙する感覚、時を忘れる感覚、何時までもそれを失いたくはない。(16日23:50p.m.)

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江戸川の花火

らしい。20歳代の頃一度観に行ったかな。飛ばした花火の燃えカスが頭に降って当たったのを覚えている。兄の来訪。途中家電量販店に立ち寄り、デジカメゲット。思わず一人旅でもしようかと夢みたいなことを考えて。。(16日23:41p.m.)

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日本の将来

組閣。何だか見えないこの国の将来。国の借金を何時どうやって完済するか、そのビジョンすら見えない。自分が生きている間には関係ない、とでもお思いでしょうか。強引ながらとある某知事のような発想はどこか必要なんじゃないかと思ってしまう。当然オケを潰そうとしてもらっては困るのだけれど。関わりのあった県の教育委の事件やら、昔から日本ってこんな感じだったのかなぁと。困ったものだ。池袋に出る。やることの整理。茂木健一郎氏のテレビを見入る。姉の突然の来訪。子育てに自身の活動と頼もしい。いよいよ8月。いよいよ夏もあとひと月。(16日23:34p.m.)

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7月も終わり。

長岡駅ビルのスーパーで長岡野菜なるものをゲット。池袋に出て銀行巡り。巡ったって出ていくばかり。全くあっという間の7月。春から準備をして来た大きなプロジェクトも終わり、考えてみると長年培ってきた特に長岡へ見附での音楽活動、それも最近では市や、財団との絡みも含め、一つの結果を出してきたものでもある。今後更に視野を広げて取り組みが出来るように自らを磨いていかなければと。いろいろ想いが交錯する中敢えて選んだ道は、道になっていない。それでも手探りで、何処かで自分の持っているものと結びついたり、化学反応して新たに動き出す方向が得られると信じて。しかし時間が足りない。今年の夏もあとひと月かぁ。(16日23:20p.m.)

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長岡モツレク

東京駅の新幹線のホームに上り、ビルの間から望む夏の空が真っ青で、ちょっと嬉しい。久しぶりでもないのに飛び乗った割りに気分的にゆったり新幹線で長岡へ。高崎の大仏さんが殊の外印象的に映ったり。長岡のホテルは今日もベッドが硬~い。明日、もう大丈夫ですと言おう。お迎えの車で花火大会のある信濃川を渡る。夕陽がやけに大きく見える。太陽ってそんなに近かっただろうか。東京に比べどうやら涼しい。漸く人並みに景色に感じ入る心の余裕が生まれ始めたのだろうか。ふと飛び込んでくる自然の美はこれまでの、時間との戦いのような生活の精神的なところを実は支えてくれていたような気もする。モーツァルトのレクイエム。モツレク何て略しちゃいけないね。東京の練習にも顔を出したかったのだが土日は全て塞がっている。発声を8分間。合唱だけを取り出すと35分くらいだろうか。どんどん理想が高みに上っていってしまう。合唱のメンバーの歌えるようになるための訓練とは別のところで時間がもっと欲しくなる。新潟の幾つかの合唱団からも良く参集下さる。和を大事にしながら高め合いたい。(長岡31日2:48a.m)

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喫茶店

体温に近いような日差しの中を出歩くのは余り良いことじゃない。といいながら予定を済ませマネジャーと会うために西武百貨店で待ち合わせ。そこは地下の人通りのよい一等地喫茶店。人混みを何となく眺めると知り合いを発見。以来気にしなければ良いのに、誰かが見ていると思い始めては、何人も知り合いを発見。あぁ恐るべし池袋。短期、中期展望を語る。冒険準備。(16日23:11p.m.)

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雷大会

少々気になる腰のお医者さんに診て頂く。池袋メトロポリタンHでお仕事の打ち合わせ。西武百貨店で買い物。突然の大雨。そんなに空中に溜っているものならばそのままダムか何処かへ移動させて降らせる技術とかないのだろうか。自然を壊して今の異常気象があるのなら化学的に弄るとやはりそれも変なことを呼び起こす素だろうか。花火大会シーズンの雷大会。お陰でカムリ君はピッカピカ。(16日23:04p.m.)

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東フィル・ファミオケ合奏

2週間ぶりの東京フィル。ファミオケ。今回はビゼー:「アルルの女」第2組曲から3曲。ふと南フランスの情景や絵画を思い起こす。東京フィルのメンバーはパートナーとして。本番まであと2回かぁ。マエストロ・チョンがどのようにアプローチされても少しでも多く対応できるように作品に慣れておくこと、基本的な楽譜の読みからその音を表せること、勿論イマジネーションを拡げてやりたいこともあるけれど、まずはお膳立てするのが小生の役割。2年目の今回も楽しいステージになるに違いない。池袋に立ち寄る。(16日22:58p.m.)

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デジタルとアナログ

再び電気屋さんを物色。色々長年使ってきたものも換え時だ。携帯電話も新物好きかつ物持ちの良い(どっちやねん!)小生にとって思わず足を止める出会いや誘惑が沢山だ。さて標題を説明すると結構ややこしい。離散的な数字や文字などの信号によって表現するものと連続的に変化する物質量によって表現する違いとあるが、ただ極めて単純に自筆の手紙、ワープロからパソコンへ、と身の回りの生活に即した観点で勝手な理解をしていたのだが、手紙を最後に書いたのは春に上司と勤務先に宛てた挨拶文だっただろうか。お礼状を最近頂いてふと色々考えた。知人の中には達筆でまめに手紙を下さるような方も居るが、それが出来るようになりたいと気持ちだけが先行しているままだと、メタボになりそうだ。(なんやねん!)それにしても体重計に乗って2本の棒を握って立つだけで中味まで見透かされたようにわかってしまうってどゆことどゆこと?(16日22:47p.m.)

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見附の記事

何時掲載されたのか「カルメン」の記事で新潟日報の写しが届く。大きな記事なのだが隣の長岡では見ていない。これって見附版?地方紙の地方版かぁ。そして全県版に奥田佳道氏の書かれたものも掲載された。何よりも今後の見附の合唱団や音楽関係者、そして市が進むべき道を指し示して下さる内容になっていることが嬉しい。客観的な見地でこれまで皆さんが創り上げたことを見ていて下さる、有難いことだ。初めて出会った印象を記すにも記事にも当然背景は不可欠だろうが何度も足を運んで下さるクリティックを得た見附の皆さんは幸せだ。勿論この小生も。池袋で会食。再び原稿書き。餅は餅屋。(16日22:31p.m.)

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地震大国・日本

池袋で有感地震。東北の最大震度6強。マンションの4階でこれだけ鈍く長く揺れるのだから遠方で大きい地震があったに違いないと慌ててTVを点ける。人造湖と地震の関係なんていう話を聞いたことがあるが、それはそれとして東京で大地震があることを当然想定をした備えが必要だ。ここで遭遇したら終わりだなというところが東京には少なくない。被災地の被害が小さいことをただ祈る。(16日22:16p.m.)

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暑いと思うから、暑い

とにかく暑い。無駄な抵抗はしないほうが得策。でも身体を動かさないと、これも目に見えるところへ微妙に変化を来たす。毎回2人の指導者から長岡でのリハの報告が届く。何だかスペインものの作品が楽しいものらしい。他人事になってしまって申し訳ないが、下手に出て引っ掻き回すのはいけない。色々な調べものをパソコンと格闘している。きっともっと知っていれば便利な合理的なアイテムや機能があるのだろうが、地道にお付き合いを続けよう。暑い日は打ち水はいいね。(16日22:07p.m.)

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大暑の対処

暑いわけだ。ここ数年東京の暑さの質が変わっているように感じられてならない。海外の夏を思い出してみると、やはり湿気の多さにここはアジアなのだと実感するが、どうも不快だ。近所の銀行に出掛ける。先日行きそびれてしまった祖父の命日、小石川のかつての通勤路、車の中からお墓参り。アルカディアは今年初めて第九を、うちのレッスン室に来ていた阿部君に委ねる。自身初めて見附で第九を振った時、彼の年齢だったことを思い起こす。誰でもそんな時を経て高みを求めて歩むのだ。しっかり彼と共に音楽を創っていく合唱団の諸兄、そして実行委員会の取り組みを見守りたい。(16日21:59p.m.)

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海の日、らしい。

夏ならではの日。上手に泳げたら海も良いんだけれど。ピアノ室に置こうと考えている除湿機を物色。何だかいろいろあるぞ。携帯電話もほぼ1年使って色々問題が出て来た。そろそろ交代かな。それにしても随分進化したものだ。記憶は定かではないけれど12~3年前はポケットベルだったんだな。今では「何それ」という世代が携帯ユーザーの最たるところだろう。一昔前は文鎮みたいに重いデカいのをおもむろに使いこなしていたことを考えるとアップルの携帯も直ぐに珍しいものではなくなるのだろうか。インターネットの時代、まだそれらを使いこなせてはいないらしい。最近小見出しだけブログ更新が続く。N響の藤森さんみたいなのも良いな。(8月16日21:46p.m.)

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ジュヴェル・デア・モーツァルト合唱団

都営大江戸線の豊洲駅。一之江から30分ほどだ。かつて高校時代から20代の前半まで何かとお世話になった昭和医大豊洲病院はここから近いはずだがあまりにも風景が変わってしまった。当時は建物もそんなに多い印象は無かったが駅から地上に出て空を見上げるとそこにはモノレールや、高層ビル群。この界隈に中央卸市場を移転しようというのか。築地で困ることはあるのだろうか。さてこの秋プラハでご一緒する100名の混成合唱団。その初練習はこの近くの会場。本番のプラハでのイメージが湧いてくる。30近い合唱団から集まってこられたメンバー、始めからサウンドが合うわけはない。だから練る、そして練る。いや宝石なのだから磨くのね。原石はどんな宝石に磨き上げられるかわからないだけに面白い。(8月16日21:37p.m.)

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野茂英雄選手

春に引退した桑田真澄投手がスランプ中の巨人・上原選手にアドヴァイスをしている対談を見た。同世代の桑田投手、存在は大きい。そして大リーグへ殴りこみの実質第1号、野茂英雄投手も引退表明。一つ違いの同世代としてどこかでいつも応援をして来た。スポーツの世界、40を過ぎて体力を維持することの難しさだけでなく様々な困難を乗り越えて、これまでの「異国」での闘志を心から称えたい。大相撲も何だか夜中のダイジェストを見てしまう。日本人力士しっかりしてくれ。暑い土曜日。暑さのせいだか何だか引きこもりになってしまうようなこの気候。夏はやっぱりヱビス。素麺を茹でて頂く。生姜をすって、海苔とか薬味を揃えて頂く。これがまた良いんだな。栃尾の油揚げが届く。夏の味覚もまた嬉しい。(8月16日21:28p.m.)

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不快指数

蒸し蒸しする東京の夏。夏のご挨拶を探しに西武へ。福砂屋のカステラ、銀座マキシム、銀座ウエスト、どれもお気に入りだが今回は老舗虎屋の羊羹を物色。音楽評論家・奥田佳道氏からメールが届く。見附カルメンのやり取りが終了し新潟日報にそろそろ掲載予定とのこと。丁度この日見附の冬の第九演奏会に向けて発会式だ。どうやら間に合わなかったようだが短いメッセージを託す。いろいろとこの夏のうちにやりたいことが沢山ある。残された時間は余りない。(8月16日21:09p.m.)

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ピアノ調律

西武に買い物。カルメンや長岡や諸々デスクワーク、所謂残務整理が溢れ返る。久々に帰る池袋のオフィス、ポストも手紙の山。まとまるときにはまとまるものだ。外人アーティストに部屋を貸した結果、ピアノの調律が乱れる。見た目以上に彼、ガンガン弾くらしい。半年振りくらいかな、調律に来ていただいた。音を合わせる非常に精度の高いあの作業の瞬間、好きだなぁ。ピアノが喜んでいるに違いない。(8月16日20:59p.m.)

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見附の中学生

朝食をつるやさんで頂く。お二人の希望もあって朝から早めのリハーサル。午前の歌は流石に気の毒だがそんなことを微塵も感じさせない伊原直子先生のステージ。市内中学2年生、450名対象の1時間。「この道」その冒頭から日本の情緒溢れる詩と音楽の世界が広がる。中学生とは「夢の世界へ」の共演、とてもしっかり歌ってくれた。嬉しいなぁ。敢えて子供向きな発想は排除した濃厚な1時間。2年越しの鑑賞会、いろいろな形で小中学生にアプローチが可能だろうと思う。その今後に向けた一つの布石になったと考えている。心の深いところからうったえる力はきっと何か良い瞬間を若い心に投げかけて下さったと信じて。あの忌まわしい中越沖地震から1年。(8月16日20:46p.m.)

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見附のプロデュース事業

前日は長岡での打ち合わせで見附入りを断念。朝、長岡駅からみつけエクスプレスで移動。一年先送りになった見附市の事業、伊原直子先生・森島英子さんのリサイタル、その初日。1日マネジャー的な役割を果たす。市内の小学5年生が一堂に会す。一昨年はソプラノの中沢桂先生に幾つかの学校へまわって頂き、お歌をご披露いただいた。今回は念願のアルト・伊原直子の世界。1時間一本勝負。日本の歌あり、イタリア、ドイツ、チェコ、そしてフランスはカルメンのアリアと盛り沢山。全体合唱のビリーブは奇麗な子供達の歌声がアルカディアに響いた。まちづくり課、職員の皆さんがご尽力下さる。夏の空、広く青い。震災の後4年ぶりだろうか、終了後蓬平へ。温泉が身に染みる。カルメンの後、町の皆さんや関係者とご一緒する。温かいおもてなしを受ける。初日成功ばんざい。カルメン万歳。(8月16日20:42p.m)

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長岡市民合唱団の練習日

演奏旅行を終えたのも束の間、早速普段どおり長岡へ。といっても秋の定期は小澤さんと山本さんにお任せしてあるので副指揮者に徹することもあって、違った意味で楽しい。長岡駅で伊原先生と合流。ご一緒できないので見附の職員にお迎えいただき、前乗り。森島さんも合流することに。先日のカルメンの事後処理を進める。勢いがあったからここまでやり遂げられた感がオケの会計報告を目にしながら湧いてくる。長岡のワインやさんに立ち寄る。リリックホールでの定例練習は日本語のうた。譜読みの精度はそのまま合唱団の実力、機能に結びついちゃうことの解る曲。10年前にやったメンバーは半分といないし、小生も当然より深く譜面と対話して、まるで合唱団の印象が変わってくるのは面白い。誕生日の団長と皆さんと会食、何だか7月生まれが多かったぞ。ホテルは硬いベッド。(3日池袋01:16a.m.)

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東京フィル・ファミオケ・公開リハ

初台はいつものオペラシティ。東京フィル・ファミリオーケストラは2度小生の合奏は出来なかったので久々の登場・再会。いやぁ子供達は凄いね。どこまで何を理解しているかはともかく、一回ごとに何かをちゃんと捕らえて音が纏まっていくのは、素晴らしいことだと思う。各パートに団員諸兄の温かい眼差しもあって、良い雰囲気だ。当日本番にコンマスを務めて下さる荒井さんも積極的に子供達だけじゃなくとうぜん大人のメンバーの皆さんに対しても良いアドヴァイスをして下さる。練習後に荒井さんのミニコンサート。いや、ミニじゃない。凄い。本番までもう2回しかない。それはちと困った。(3日池袋1:03a.m.)

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猛暑と夕立

暑いのは当然だがここ数年特にこの東京でも夕立が突然降ったりする。かつてそんなことあっただろうか。土砂降りで、わがカムリ君は奇麗に洗車された。奇麗になってもボンネットはどうやら塗装が薄くなりかけている。もう少し乗っちゃおうか。どうせそろそろ乗れなくなってしまうことだし。でも良い車だよ。何度も命を救ってくれた。メールの返事が追いつかない。皆さんごめんなさい。大阪の小学校鶴賀先生からご丁寧なお手紙をいただき感服。色々な想いが綴られている。生きた音楽を現場で伝え続けている貴重な先生だ。大阪フィルさんとの共演がご縁だがひとつひとつ大事にステージを創ることが全てだと改めて感じ入ったものだ。(3日池袋0:56a.m.)

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師匠のブラス

西武で買い物。赤坂の老舗割烹・魚新・の四分一勝氏に会いに赴く。先月のクウォーターズクラブチャリティーコンサートでのお礼の挨拶とチャリティーならばと気持ちお祝いを携えて。沢山メールやお手紙をいただいたのだが特に心に響くメールをプリントアウトして代表に届ける。そこから再び池袋に車を走らせ芸劇の裏口から指揮の師、汐澤安彦先生在職最後となる東京音大のブラス定期にアンコールで駆けつける。短い時間ながら師の美学をしっかりと見た。偉大な先生だ。東京音大というところ、高校から院まで9年、その後研究員助手に始まり長いこと非常勤講師を務めた。母校なれど離れてみていろいろと見えてくるものや感ずることが何故か多い。見附・長岡の反響がわんさか届く。(3日池袋0:49a.m.)

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反響

先月の鶴岡での公演から見附そして長岡と走り続けてきた。最後までしっかり腰痛もお供して。朝はさすがに腰が痛いので少しゆっくりチェックアウトを延長。その間長岡市民合唱団団長の長尾さん夫妻と石崎科技大教授にお呼ばれをし会食。良いお話を聞けた。さっそく昨日の反響が届く。前夜の演奏会は選曲が良かったようだ。少々重かったかなと思いきやバーバーの弦楽の為のアダージォは良かったとの評。会場で集めたアンケート数が相当数。これは正直嬉しい。聴いて下さった方々の直接の声を。わざわざ時間を割いてこんな形で残して下さること、大事に読ませていただこう。とっても久々の感のする実家。これまで走ってきた反省と今後の展望。その時々に出会いがあって多くの人の支援を頂く、それが思い切りエネルギーに変わっていることを最近特に実感している。(3日池袋0:39a.m.)

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東京フィル長岡特別演奏会

ゲネプロは中学生のためのリハーサルワークショップを兼ねて最初に1時間。その前に中学生に楽器紹介のコーナーを設ける。本当は中学2年生位を対象に皆に演奏会を聞かせてあげたいのだが、そう簡単なものではない。市民合唱団から美味しいおまんじゅうの差し入れ。コンマスは荒井さん。積極的に絡んで下さる。それはオケのためにも小生のためにも当夜の演奏会のために。そして満場のお客様。温かい拍手。佐藤しのぶさんとのコラボは2年目ながらお客様も大変良い反応。拍手とか客席の空気は素晴らしい長岡の聴衆。2時間をしっかり越してしまいました。オケに感謝。大勢の合唱の仲間達がオケの皆さんをお見送り。小生のことも待っていてくださった。ホテルで食事。取材が入っていたが、6日のカルメンの新聞記事を頂く。これって見附限定地域版?色々な想いが交錯するステージになった。大きな本番は一頻り終えた。(3日池袋0:29a.m.)

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夢づくりコンサートin長岡

朝昼2公演。長岡の小学5年生。とても真っ直ぐな反応。東京フィルの皆さんは物凄くいい演奏で子供達に応えて下さる。長尾さんが長岡で一番と豪語する笹団子を差し入れ。久々に森市長にお会いする。テレビ報道取材数社。新聞社インタビューあり。子供達の「ビリーブ」その歌声に心動かされた。今回は佐藤しのぶさんに「荒城の月」を取り上げてもらう。日本の歌は大事だな。教科書にどんどん減らされ削られ新しい歌も良いが、先ず授業で「歌」とは何か、日本の歌、は何の曲でも良いから取上げて先生方の言葉で伝えていって欲しいものだと思う。午後は吹っ飛んだよ、メガネ。全く。「運命」も「威風堂々」もきっと何か心に絡まってくれたと信じて、夕方ホテルに戻り1時間仮眠。鬱陶しい髪を切りに町に出る。ホテルで和食。雰囲気が良くなった。とにかく先ず休息を。(27日池袋23:07p.m.)

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東京フィル・リハーサルin長岡

う~ん。本番を終え硬いベッドのオータニ。少し休んだと思ったら、昼から長岡市立劇場でリハーサル。2日間3回公演のプログラムを準備。佐藤しのぶさんと再会。東京フィルの皆さんはとても協力的。コンマスの荒井英治さんが自ら会場に赴きバランスやサウンドを聴き一緒に創っていこうと言うスタンスでお付き合い下さる。1時半から6時とほぼ全てのコマをご一緒。通すだけでも結構掛かるものだ。ホテルで一人鉄板焼き。今日は七夕だったらしい。長岡の夜は曇っていたようだなぁ。(27日池袋22:54p.m.)

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見附のオペラ

正午から返し稽古やバレエとの合わせを済ませ、3時からの本番へ。満員御礼。危惧していたお客様のあふれ過ぎは回避。本番は全ての力が結集していた。何と言っても伊原先生の存在感は凄い。井ノ上さんの声といい演技といいナイスなキャスティング。若い歌手達も大健闘。菅野先生は凄いね。階段がキツくてオケとほぼ同時にスタンバイ。オケも一人ひとり実力派揃いだった。スタッフのエネルギーに脱帽。旧ホール職員や市の職員の頼もしいこと。第九に始まって十余年、きっと何を取り上げても成功向けてに皆が結集出来たかもしれないが、一つこの町だからこそ出来ること、やりたかったことが形になった。合唱の皆さんが輝いていた。一番見たかったものだ。ここに辿り着くまでの多くの色々な力に改めて感謝。奥田佳道氏が東京から聴きに来てくださる。絶えず客観的にそこで何がなされ、どれだけのことを為し得たのか、自ら意識しつつ、第3者の声はとても大切だ。共に創る見附の愛すべき仲間達にとって井の中の蛙でも自己満足でも当然もはや良しとはしない。座って降るのも楽ぢゃない。打ち上げではやはり座り込んでいた。あはぁ。次にどうつなげますか、見附の皆さん。お疲れさま。おめでとう。(27日池袋22:43p.m.)

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オペラハウス誕生:in見附

正午過ぎからリハーサル。先ず小ホールでオケ練。本番は椅子に座らざるを得ないので姿勢がちと辛い。いよいよ大道具搬入。何だか素早い仕込み。所謂”なぐり”の音もしなかったような、ちょっと舞台づくりの様子は普段と違うのだが何だかそれらしい様相を呈してきた。気がつくと大ホールはオペラハウスに様変わり。早速小ホールからオケを引っ越して公開ゲネプロ。1幕を通してご披露。2日目が完売なのだからもっと大勢の方にお出で頂けたらよかった。そのままゲネプロを続けて20時半に全て終了。あっという間のリハだったが考え得るベストの流れだっただろう。キャストもオケも時間と共により良いものを求めて集まってきた。明日はミューズが降り立つと信じて。(27日池袋22:25p.m.)

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小屋入り

体調を整えねば。朝から長岡駅界隈で買い物。お世話になった鶴岡へ一筆認める。腰が落ち着かず電車に乗って見附駅から健悠館さんへ。丁寧に診て頂く。昼過ぎに小屋入り。先にピット周辺を整えオケの入りを待つ。戦闘態勢。早速オケ練。客演首席の戸澤氏や何名か新たに合流をして本日オケ全員集合。特設?仮設ピットの響きを本番の理想に照準合わせ。ソリストも夕方に全員揃う。舞台オケ付き稽古。舞台上はリノリウムと山台のみ。いよいよ明日が勝負だ。つるやさん泊。(27日池袋22:14p.m.)

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前乗り

普段だったら何でもない演奏会や旅の準備もこうも不自由な状況では捗らない。1週間の間にタキシードと燕尾を使い分け4回のステージだ。別々にホテルに送るものを荷造り。最近は家まで宅配便に取りに来てもらうことが多くなった。何と便利だろう。それでもいつものゴロゴロを持って東京から前乗り。何だかチケットが出過ぎたようだ。(27日池袋22:04p.m.)

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カルメンオケ

長岡の朝食は最近イラク人が長期滞在しているらしく、ビュッフェはアラビア語で「豚」とか書いてある。フロントにイラク国旗の小さいやつが置いてあったりする。大分の川瀬先生と久々に電話、例年だと今頃、月末に行う集中講義の打ち合わせなどをするがちと淋しい気もする。長岡から東京へ移動。実家に寄り車で江戸川文化センターへ。小ホールを午後借り切って、カルメンオケのリハーサル。3時間あったのだが不覚にも何と通せなかった。木管が素晴らしいレスポンス。とにかく推進めよう。ガソリン高騰が錯覚を起こすほどだ。100円台だったりしたのはそんなに昔の話じゃないのに。(27日池袋21:57p.m.)

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最後の音楽稽古:カルメン

再び見附へ。アルカディア大ホールを使って合唱団との最後のリハーサル。団員さんは皆ハイテンション、音楽が何よりも大事なことを伝えるだけ伝える。今やれることを皆が努めた。ガストで打ち合わせ、何だか細かい事項が溢れだす。そうなんだよな、オケのことだけでもかなりの仕事量、合唱団の動き、スタッフの準備などなど一本オペラをやるのだから相当のエネルギーが集約される。GO!(23日池袋23:56p.m.)

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身体の要

週明けの月曜日、メールと電話の嵐。夕方初台へ都営新宿線で向かう。東京フィルさんとの2時間のリハーサル。2回分の演奏会プロをじっくりやるには短すぎ、かつ本番何時だっけというもどかしさ。さらに情けない腰の事情。踏ん張れないんじゃ指揮者は務まらない。今日も思うような音が出ない。粛々とリハを進める。時間切れ。続きは現地で来月7日から。何だか沼尻さんのような指揮者が見ていたような気がした。5年と6ヶ月、この稚拙な雑記も続けると続くものだ。たまにでも覗きに来て下さる皆さんのお陰です。毎日来て下さる人もいるらしい。敬礼。(23日池袋23:49p.m.)

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通し稽古in見附

朝からの稽古に備えて前乗りして正解。急遽来て下さることになった伊原先生と合流をして雨の見附へ。残念ながら本番会場ではないが中央公民館のホールは結構広い。Ⅰ幕から順に全幕を進める。合唱の無いところも敢えて通していく。合唱指導と演出の菅野先生全開のパワフル牽引。昼は皆で食事をしながら打ち合わせ。高橋さやかさん合唱団に初顔合わせ。何でもそれが大事なのよ。ちゃんと皆に紹介をすること、然るべき人に会わせてあげること。肝に銘じて。帰り伊原先生とは別の新幹線になってしまったが阿部君は良いお話を聞かせていただけたようだ。駅で大急ぎフレンドのチーズイタリアンをゲット、新幹線で香りを車内に振り撒きながら頂く。ブォーノ。けどどこがイタリアンなのだろうか。(23日池袋23:30p.m.)

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立ち稽古

体勢を変えると激痛が走る。まだ宜しくないのね。何だか良く見慣れたそこは某音大、その一室でカルメンの立ち稽古。ミカエラ役の高橋さんと井ノ上先生の絡み。素晴らしいテノールだな。改めてそう思う。長岡でヴェルディのレクイエムを振った際のソリスト。人間的にもおおらかで音楽はやはり人でしょ。少し早めに終わったので、ゴロゴロと一緒に移動。大宮から新幹線に乗り込む。遅くなったので駅弁ゲット。腰も痛いしと思ってチェックインしたらニューオータニさん、先日お願いして日も経っていなかったからか、ベッドに板を敷いて下さっていた。凄~い!感謝。(池袋23日23:21p.m.)

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完売の報

本番を終えて数日、少し身体を休めないといけない。静養が腰にも一番良いという。来月のカルメンは早くも前売りが完了との知らせ。嬉しいなぁ。820位のホールで更にオケのピットを作るとなると余り大勢のお客様に楽しんでいただくことが出来ない。そのために前日に1幕のみ公開ゲネを企画した。例年の第九前日に行う企画の発展形。国内での再来年のオファーが入る。う~ん。大阪の名物、水ナスを毎日美味しく頂く。醤油をちょっとたらしてご飯と最高に合う。日本人だなぁ。ビールにも合う。(23日23:10p.m.)

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8日ぶりの我が家

殆ど手ぶらで東京へ。大阪から美味しい水ナスが届く。池袋に配達されていたのだが不在で電話が入り転送してもらった。何と気が利くサービスだろうか。ホテル住まいの一週間から久々の我が家。便利だったが古くても自分の部屋、枕はいいものだ。ニューオータニ仕様の板は無いので親父の製図版をベッドに。完璧。硬すぎ。ロシアの子供達からもらった四季を彩った起き上がりこぼしを眺める。ようやく腰をめげられるようになった今の自分のようだ。この先にある本番の楽譜調達をする。手紙の山。着替えの山。譜読みの山。メールの返信も出来ていないし、お世話になった方への手紙も書けないでいる。あれ?時間作れる様になったんじゃないの?と自分に突っ込む。いやこれはそんな計画をしていた頃に入ったお仕事の流れで、とか答えにもかわしにもならない状況。いつの間にか時間切れになってしまわないうちに。(6・24)

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リリックホールの舞台

殆どホテルの部屋でデスクワークならぬベッドワーク。気が付くと夕方。ちょっと元気を出して小嶋屋さんに蕎麦をいただきにゆっくり出掛ける。お迎えが来てリリックへ。モーツァルトレクイエム合唱稽古。後半の部分を歌う。一週間前にロシアと長岡の子供達と本番をした舞台。まぁ贅沢な練習。合唱の響きをもっと集めたい。東京はどんな状況だろうか。何となく上手に歌えましたっていう次元では本番はやりたくないものね。もろもろ原稿の校正をする。安静第一と言われているがそうも言っていられない。練習後は会食、楽しい面々。滞在中ホテルフロントやお姉さんにお世話になる。いざという時に頼れる座薬君は枕元において置こうとふと握り締めたまま眠ったら最後、原形は何処へ?あはぁ。(1日1:50a.m.))

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鋼のようなベッド

長岡滞在。定宿ホテルニューオータニはもう20年近くお世話になっている。こんな状態なので固めのベッドをとお願いしたところ板をベッドに敷いて下さった。部屋でベッドメイキングのお仕事を拝見。夕方見附への途中衣料量販店にて必要なものを買い足す。ソリストを先に稽古、時間は有限。だから今やらねば。合唱ともひょっとするとあの小ホールでの練習は今日で最後?あっという間に構想からどれだけ経ったのだろうか。カルメンの公演まであと10日余り。いいテンション。短い指揮棒で、ちょっと意識的に省エネしてみたのだが、視界はもっと遮られるし寧ろ良かったかな。夜は打ち合わせ。背骨の形を意識しながらカチカチのベッドで休む。(1日1:39a.m.)

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行きは良い良い帰りのいなほ

マネジャーが取ってくれた列車まで休息。ホテルで両親と水入らずっぽく昼食。そば、麦きりと鶴岡のしばしの思い出を。いなほは揺れるのよん。やはり本番って言うのは特別な状況にあるのだろう。身体的な運動そのものよりも音楽の持つエネルギーを追い求めることに専心しているお陰なのか、その時は平気。一晩明けて正直この日の痛みは線路の凸凹との戦い。新潟から長岡で両親と別れる。カルメンソリスト音楽稽古。長岡市民合唱団はひと月ぶりに副指揮者をつとめる。「瞳」の譜読み。情報を得た皆が気遣って下さる。何とも情けない。会食、少しならいいんじゃない?ということになって我慢していたビール。心の中で一人打ち上げ。長尾さんの気持ちが解る今日この頃。休める時に休まねば。(1日1:30a.m.)

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フォーレのレクイエム

朝ご飯を食べないと力が出ない故バイキングでご飯と味噌汁、とろろ何ぞをチョイスし頂く。腰のことは出来ることなら団員の皆さんには黙っておきたかったのだが、とにかく多大な迷惑を掛けてしまった。指揮者は代理を立てられないものと責任を実感。午前のゲネプロ。本番前に3人目のお医者様がブロック注射を打ちに来て下さる。大きなコルセットを巻きいざ出陣。東京から両親も応援に。きっと朝早く出てきてくれたのだろう。前半のフォーレのレクイエム。何て品の良い音楽だろうか。交わって練習していない合唱団が一夜でそこまでまとまったこと、かつてこの第九に大抜擢をしたソプラノ田中麻理さんの一時帰国凱旋ステージ。いい勉強を続けているようだ。ピエ・イェズその素敵な一曲に華。後半のオペラはなかなか合唱団も活き活きと歌う。そして高校生、一つの目玉だったがコラボレートは正解じゃないかな。手拍子の拍手もアンコールを期待してくださっていたような。鶴岡の皆さんの温かさとオケの好サポート、アドレナリン、そしてこれまた温かいお客様と音楽の力のお陰で演奏会を務めることが出来た。感謝。これまで10年以上指揮を執らせていただいた。この時代の流れと共に状況が変わりつつある中での交流合唱団のあり方と意義を改めて問う。挨拶では複雑な心境ゆえ、多くを語れなかった。打ち上げで富塚市長と会談。使い勝手の良いホールがいつか建つと良いな。アトラクション鶴岡の混声合唱にしばし聴き入る。またご一緒できる日を楽しみに精進しよう。(1日1:11a.m.)

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試練の時

激痛。明け方だったかよくわかっていない。とにかく身体が動かない。これがぎっくり腰とは後で認識をするが未だ味わったことの無い感覚。時間ばかりが過ぎていく。恐らく2時間位掛けてやっとの思いで起き上がる。朝食も、楽しみにしていた屋上の温泉も行けないぢゃんなんて思いながら約束の時間に荷物をまとめ出発。薬局によっていただこうと思ったが昼食の後にお医者にお連れ頂く。時間を繋いでいただき高校生の歌声を舞台で聞く。元気が出る。爽やかだな。N響団友オーケストラのメンバーを前にオケのリハーサル。青学を振っていた15年前にお世話になっていた田渕先生がコンマス、鶴岡の渡部先生やそれはそれは個々に列記すれば「ほう~」と感心しちゃう面々。痛みの為かそちらの緊張も軽減?夜は合唱も合流して9時までオケ合わせ。知らぬ間に江戸川合唱のメンバーも合流。今ある条件の中で皆がベストの方向に音楽を進めようと努める。多くの人の想いを受けて。闘い。長い一日。夜ホテルに整体師のお医者様が往診に来て下さる。全てを委ねる。これって厄年?(29日長岡1:08a.m.)

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いなほ

朝方、鶴岡の団員さんから電話で目を覚ます。JRのダイヤ乱れを知る。とは言えマネジャーさんの取ってくれた旅程を基本に長岡駅で駅員と話し、新潟から先の接続を確認。十数分遅れで無事鶴岡へ。途中いなほ号の車窓は日本海や緑の眩しい山々の景色らしきをうつらうつら。とんでもない揺れ方をする瞬間に目を覚まし、腰をかばう。幾つかの荷物を長岡のホテルへ残し鶴岡へも前もって宅配。鶴岡のメンバーのお出迎え。ゆったりと時間を過ごすことを身体も心も望んでいた。夕方市内の「知憩軒」という農村の食と暮らしを謳ったお屋敷で土地のものをご馳走になる。写メ大会。このときは、本当に心底ほっとする瞬間を味わう。食について、また語りたい。庄内の味覚。そこから市民会館へ。舞台を使って合唱の稽古。夜は会食。ちと恐る恐るでかい牡蠣を頂く。旨い。庄内はさくらんぼの時期だ。(29日長岡0:37a.m.)

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ロシアの子供たち

原稿書きもほぼ目処が立つ。長岡に連泊。午後はリリックホールに出向き「アムールの虹」の子供たちと対面。ロシアの少年少女達。打ち合わせやらリハーサルなどを経て本番。子供達の歌声はいいな。言語からくるのか発声のポイントが若干違うがそれはそれで実に良い。相当強硬なスケジュールをこなした最後の公演とあってかなり疲れは見えていたが、それもお国柄か厳しく統制の取れたアンサンブルは何とか保たれていた。Drドゥレイリンク氏の一人ひとりを大事に良く見て、時に厳しくしかも優しい指導者としての顔に触れ得るものがあった。可愛い子供達と写真を撮ったり、ちょっと10年前までの滝野川や見附の子供達を思い出しつつ、何といっても敢えて会場でも話したが、長岡少年少女合唱団が中村さんの指導で着実に良い方向にあることに嬉しく、企画を進めて良かったと思える一夜だった。かみかみの司会も何とか及第点かな?大手町でゲットしたシールを女の子に、長岡ダイエー跡のお店でハンカチをゲットし男の子にプレゼント。こちらも陶器の時計や音の出るおきあがりこぼしをお土産に頂く。ホテルに着いてお腹が空いていることに気付きゲストハウスで牛を食べる。長岡の子供達が思い切り元気にロシアのバスを見送る光景が焼きついた。(28日1:35a.m.)

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長岡プロデュース事業

少し寝た実感。午後大量の荷物を宅配に出し、東京駅丸の内へ。これまでなかなか時間が取れずにいたが急いでマルビルのロフトで可愛いシールを大量にゲット。丸善で絵本みたいな露語会話集を求め長岡へ。リリックホールへ出向く。長岡少年少女合唱団の子供たちの歌を聴く。明日のためのリハーサルだ。なかなか良い反応。力が付いている。その後2時間財団職員と今後の打ちあわせ。昨年度はこの3月に音と楽しむワークショップを主宰したが、今回は合唱。声。市民や子供たちが参加し体験できるものが良いと考える。明日のコムサモリスク市の「アムールの虹」合唱団と長岡の子供たちとのコラボレートが楽しみだ。駅前の居酒屋さんでげんぎょのてんぷら。美味。本体は変な顔しているんだろうなぁと思いきや白身ぷりぷりでご機嫌。ホテルに戻って原稿書きを進める。(28日1:14a.m.)

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生活リズム

長岡の来月指揮する3公演のプログラムノートを書いている訳だが、果たしてその道のプロに任せるべきではと思いつつ、それでも演奏会に対する想いや、作品のことを指揮者自ら少し語りたい気持ちもあり、特に財団アドヴァイザーとしては誰にでも任せられるというものでもなくいつもならやらない徹夜などをするわけだ。一文が長すぎる。と、まとまらない頭で仮眠中にJAから電話。またリフシッツ。タイミングが良すぎるよ。断っても良いのだがピアノを貸す。見附で必要な電池式の譜面灯を注文。4月長岡のブノア日本初演、音楽の友に記事。そういえばまだ国際ブノア財団から名誉何とやらの称号って送ってこないなぁ。来月の見附カルメンのオーケストラパート譜を作り、皆の往復JR指定券を求め、袋詰めにして東京中央郵便局から郵送。相当な重さだったな。以来余り休めていないらしい。(28日1:02a.m.)

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原稿書き

全く人の身体は良く出来ているもので、前日夜更かしをしたらちゃんとそのモードになってしまった。午前中はほぼ使い物にならず、昼から遅ればせながら全開。ずっと気になっていて愛車17万キロのカムリ君に今日はエンジンオイルを飲ませようと連れて行く。いろいろ調べてもらうとあちこちガタが来ているがもう暫くは仲良くできよう。埼玉の50代の男性から嬉しいメールが届く。それはいい音楽会だったというものなのだが、2000席のお客様の中でお一人でもそんな思いで聴いて下さったならそれは指揮者冥利に尽きるという内容のものだ。かつて小生のレッスン室に顔を出していた後輩が世の中に出始めて来ている。41にしてサントリーデビューは遅いのかどうかは知らないが、自身の奏でる音楽が誰かに、心に届いて元気になって下さったり、その音楽を求めて下さる人がいるとするならば、やはり踏ん張って信じて更に前に進もうと思う。ありがとうメールにありがとう。池袋にて数年ぶりの貫徹。(28日0:48a.m.)

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赤坂三昧

赤坂での刺激的な打ち上げは4時前にお暇をしてきたが、きっと朝まで続いていたに違いない。タクシーでANAに戻って白んでいく東京タワーを眺めて休むも、第九だったかモーツァルトだったかいつもの如く寝ているでも起きているでもないような妄想のような感覚で朝を迎える。というかそもそも既に朝だったので仮眠というのかな。仕事をキャンセルさせていただいて正解の日曜日。正午にチェックアウトしてラウンジでゆったりとビュッフェのランチを頂く。不思議と食欲がある。あれだけ呑んだのに、良いお酒だったって訳か。のんびり都心を走らせ日曜の皇居周辺や時間に追われない移動、行き着いたのは池袋の我が別宅。正直なところその雑居ビルの一室は気が休まるところではない筈だが、自分の小さな城には違いなくふと肩を下ろす感覚。既に次のステージの準備は始まっている。そんな繰り返しが指揮者人生かな。早速名前からブログを探し当てて下さった方からメールが届く。幸せ者だ。(27日22:38p.m.))

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サントリーホール・デビュー

いつものように燕尾と楽譜を揃え車で赤坂へ。打ち上げのお誘いも頂いていたので今日はサントリー隣、ANAホテルに一泊。部屋に荷物を入れ、もう何十回と足を運んでいるその楽屋口に今日は本番を司る指揮者として乗り込む。ちょっとわくわく。クウォーターズクラブ20回記念の演奏会。全員揃ってゲネを出来なかったりしたのだが、その伊藤恵さんの読みの深さを感じながら、バランスを取りつつ最後の1時間で総リハーサル。気が付くと本番30分前。何だか非常に慌しい楽屋。本番は、かつてのウィーン・ムジークフェラインザールのように何故か要らない緊張も無く舞台に導かれていった。第九も今そこに流れている時が愛おしいような瞬間がいくつもあって、必死だったんだろうけれど間違いなくそこには音楽があった。お付合いを下さった全てのアーティストに心からのありがとうを。楽屋に最後まで居留まり、シャワーまで浴びちゃう。またここで指揮が出来ますようにと念じつつ。赤坂の四分一邸地下バーにて色々な業種の方との出会い。また新たな原点を今日は得た。出会いと感謝の一日。(27日22:20p.m.)

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窮屈なオケ合わせ

2年前のこの日、お世話になった尊敬する岩城宏之先生が亡くなられた。小生に対して与えて下さった影響も大きい方だった。偉業を想い心の中で改めて冥福を祈りつつ、芸劇地下へ。2日前の合唱稽古だけでも手狭な会場。伊藤さんとコンチェルト合わせ2日目。当日問題になるかも知れないところのバランスをチェック。団員さんとニュアンスについてディスカス。第九は合唱オケソリスト総勢170名定員オーバー。良く収まったものだ。音は飽和状態。解放してあげたい気分。小生のところだけ集中豪雨を浴びたように汗。ソリストも錚々たるメンバー。合唱は再びバランスについて指摘。サントリーでどの程度補正できるだろうか。ただの絶叫型だけは避けたい。この日もクウォーターズクラブのメンバーが椅子の片付けを最後までやっておられた。練習後部屋に戻ろうとも再びリフシッツ氏が練習中。サントリーにミューズが降り立ちますように。(27日0:06a.m.)

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伊藤恵さんと特別編成オケ

午前中は家で過ごす。夕方家を出て新宿文化センターへ。ピアニスト伊藤恵、初対面。音楽の説得力、やはり最後は人間性じゃないかな。穏やかなその人柄と内に秘めた確固とした信念のようなものをとっさに感じる。コンマスは尊敬する奥田雅代さんはじめ、凄いメンバー。究極のアンサンブルコンチェルトとでも言おうか。邪魔しないようにアプローチを。第九は藤原浜雄先生を筆頭にN響、読響、都響はじめ首席クラスの豪華版、錚々たるオケメンバー。手狭な新宿文化のリハ室はいい音で溢れる。実は未だこれがベストと考える先達の「第九」の演奏に出会っていない。だからいいのだと自らに変な鼓舞をしてみたり。我を信じるのみ。ひょっとしてメンバーの威圧感みたいなものを感じちゃうのかとふと想像したりもしたが、寧ろその場にいられることに感謝の念が沸いたり、音楽を前にそこに集う皆が謙虚にただベストを捧げようみたいな空気を感じた。リハを終え何故か無性にカレーを食べたくてそんなお店に飛び込む。(26日長岡8:37a.m.)

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第九合唱初顔合わせ

良く晴れて暑いくらいの一日。午前中は家で時間を費やし午後から来るまで池袋へ。クゥォーターズクラブの第九演奏会に向けて初の合唱リハーサルに伺う。我がオフィスから歩いて6分の東京芸術劇場地下リハーサル室。この日まで色々な情報から余りにも女声が少ないことが判り、小生自身もかつての教え子さんやそのつながりで急遽6名声を掛けていた。音大の合唱の授業ではそれでも少ないながら、作品雄背景だの歌詞の中身だの、ハーモニーの作り方だの学生さんに時間を掛けていたことをふと振り返る。余りにも短い時間の中なので、夫々が作品への想いを温めて会しているということを前提としたリハーサルを。およそ100名の合唱は出だし好調故、ひょっとすると効率よく早めに終わったりと考えたがやはりそうは行かない。きりが無い。男声のバランスが鍵だ。若い声が何処まで集まってくるか。冒険ながらも楽しみな時間。(長岡26日1:12a.m.)

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モーツァルトのコンチェルト

家を出ると軒先に所狭しとプランター、ピンクだの黄色だの競って魅せ合っている。自然の生み出す色の癒しを感じる。庭と言っても車一台分くらいだろうか、そこからジャガイモの収穫。直径2センチくらいの一つ。しっかり朝の味噌汁に。可愛いものだ。クゥオーターズクラブの演奏会、前プロが変更になってベートーヴェンの3番からモーツァルトの24番になった。いやいやこれは素晴らしい作品。c-mollを貫いて小生も弾き振りしたことのある前23番のA-durと同時期に書かれたとは思えない厳しさやモーツァルトの悲愴感を漂わせる。ピアノは必ずしも全て前面に出ることなく、古典フル編成の管楽器のアンサンブルの妙を味わいつつ進められる、これを選んで見せた伊藤恵さんとの出会いが楽しみでもある。(25日長岡16:34p.m.)

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リフシッツ

雨が激しく降る。彼はロシア人かな。何度もリサイタルやヴァイオリニストとの共演で来日しているリフシッツというピアニスト、我がレッスン室を貸して欲しいと急遽、我がマネージャー女史から電話。狭いし調律もご無沙汰だが、困ったときはお互い様、原稿書きを中断し部屋を空ける。公演の成功を祈る。余程でない限り自分の楽器を使うことは無いピアニストと言う職業、指揮者の持つ初対面のわくわく感みたいなもの、楽器との出会いにもあるに違いない。と言うより寧ろコンディションの良いピアノに出合えますようにと、祈る気持ちだろうか。(長岡25日15:41p.m.)

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秋葉原の惨劇

穏やかな日曜の昼下がり、そんな凶悪な犯罪が起きていたとは知らなかった。と言うのもそのわずか3時間後に靖国通りから現場に向けて右折しようと思ったが、いつもの歩行者天国をやっているのに気付いて迂回をしたのだ。緊急車両が沢山、警官も街中を警備。何がそんなまでにさせたのだろうか。極めてレアな事件だとしても現代日本の社会が生み出した歪みだろうか。車を置いて池袋で喫茶店に入り楽譜を読んだりする。閉店間際の西武地下、いつものカクテキをゲット。(長岡25日15:29p.m.)

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ドイツ・ロマン派音楽

ベートーヴェン、モーツァルト何れも大事な、そしてバイブル的な作曲家だ。好きとか嫌いの問題では無くて、ある種その作品は神々しい存在に思えることがよくある。そして、ここ数年シューベルトやメンデルスゾーンはしばしば取り上げる。シューマンは余りまだ踏み込んでいないがいわゆるドイツ・ロマン派に分類されるそれらはピアノの音楽や歌の作品と共に随分付き合ってきたが、実はメンデルスゾーンのこと、若いときは好きな作曲家ではなかったかも知れない。メロディが余りにも平易過ぎる印象があったのだろうか。捻くれていたのかな。薄っぺらな印象を持っていたようだ。そんな音楽の好みもその作品とのお付合いの仕方、歳とともに変わるものなのかな。和声の綾、歌の運び、何だ、結構好きなんじゃない?と演奏の理想を追い求めつつ新たな発見をした。さくさく移動を開始したらお土産は駅で冷凍の桜海老に釜揚げしらすのセットのみ。否充分。眼鏡屋さんに立ち寄る。軽い。(10日1:10a.m.)

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沼津の夜

3日間6公演と言うのは会場もプログラムも対象も違う中でオーケストラも結構大変なことだと思う。クオリティーを大事にしながらその1回ごとに、実は物凄い潜在的なエネルギーに生まれ変わる可能性を充分秘めている1時間だからだ。そして今日は再びオーケストラのリハを見学。行きに出来上がってきている筈の眼鏡を取りに行きたかったのだが残念。オケの団員さんと軽く1杯。東京駅で久々の東海道新幹線に乗って三島へ。乗り継ぎ沼津はかつて伊東のオケの帰りにしばしばお寿司を食べに寄ったものだ。寄ったというよりそれを目指して車を飛ばしてもらう感じ。伊豆半島って結構広いからなぁ。宿について宿の寿司割烹で夕食。なかなか美味でした。店では女性ばかりの宴会があって、ちょっと落ち着けなかったが、まぁそんなこともある。身体の異変も感じマッサージを探して集中的に解してもらう。正解。(10日0:57a.m.)

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北区の小学生

3日目のこの日は池袋から車で20分、王子駅前の北とぴあの大ホール。都響さんとの音楽鑑賞教室。北区の小学生、いい子達だな。そうか、10年教えていた滝野川少年少女合唱団のある町だ。合唱団は大濱先生の勇退後面影すらなく、どうなっちゃっているのかさっぱりわけがわからないが、そもそも子供たちは皆光るものを持っているのだ。だから大人が導いていく重要性を感じる。朝岡さんに返すレスポンスも極めて子供らしくて気持ちがいい。昼に近くのスーパーで大分の温室みかんをゲット。これが無茶苦茶美味。元気を得て午後も。オーケストラの皆さんに改めて感謝。お世話になりました。(10日0:45a.m.)

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中野の中学生

音響の良いなかのZEROホール。朝10時半から都響さんと音楽鑑賞教室2日目。小生のかみかみ司会付き。朝岡タッチで行こうかと考えたが踏みとどまって正解?中学生が良く話を聴いてくれていたので有難かった。スターウォーズのメインタイトルにはじまり、直ぐ「運命」楽器紹介をはさみながら、カルメン第1組曲、メインは火の鳥のカスチェイから終曲へと続く。ほぼ予定通り1時間3分。昼休みに隣のホームセンターに立ち寄る。楽譜の収納箱をゲット。この汗、脱水特に口の渇きは、司会しながら指揮というのはなかなか厳しいものがある。それでもこれまでに数多くの音楽教室を指揮させてもらったが、所によってはそれなら小生自ら下手でも喋らせてもらったほうが良いかな、と思うこともしばしばある。オーケストラのカラーが出るところだな。移動して池袋某所でミカエラの音楽稽古とホセ、カルメン、ミカエラの立ち稽古。なかなかハードやなぁ。(10日0:33a.m.)

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青梅の小学生

梅雨空の昭島から福生市民会館へ。都響さんとの音楽鑑賞教室、今回は小学生。同じ月に2度ホールが一緒なのも少し珍しい。司会の朝岡聡さんと楽屋を共にする。バリトンのソロも入る今日のプロは、小学生には良い感じだ。朝岡さんの軽妙トークを参考にしつつステージが進む。小学生も良く聴いてくれていた。毎回ながら「運命」は何度やっても難しい。2回公演を終えると脱水症状。1stヴァイオリンに母校の生徒さんが聴きに来ていたと団員さんを紹介。そんなエピソードがいいなぁ。(10日)

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はやめの入梅

余り好きぢゃないこのジメジメ感。かつて南回りでヨーロッパに渡ったときにシンガポールを経由したことがあった。トランジットに時間があったのでオプションで市内観光をしたことがあったが、あの気温と湿気には正直辟易した記憶がある。生まれつきあの環境なら自然と慣れちゃうんだろうな。昼からオーケストラのリハーサルを見学。ベートーヴェン以降のロマン派はもっと踏み込んでレパートリーにしたい。予定よりも早くリハーサルが終わったので池袋に立ち寄り楽譜を求め、次の本番の地へ。少々贅沢ながら再び前乗り。夜は肉を食す。かつてはそんなに気にしていなかったのだが汗かきの小生にとって梅雨は体力の消耗が激しいらしい。(8日池袋21:10p.m.))

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見附舞台稽古

ホテルつるやさんで朝食を摂り、見附エクスプレスで1停留所市役所前まで大荷物を携え移動。既にホールにはリノリューム貼りにスタッフが集まっている。アシスタントのお弟子に号令をかけてもらいながら1時間余りでたたき台となるリノ貼り完了。お昼には団員さんの作って下さった美味しいおこわや山菜などを頂きながら昼食と打ち合わせ。ドン・ホセ初登場。歌や音楽は勿論人間的にも素敵な井ノ上さんはメイクのアドヴァイスもして下さる。バレエ登場。市内の関係する2団体のプランを演出家と共に拝見する。一方は全員揃わず良く解らなかったが、もう一方は1年半前にご一緒したアーティスト集団、音楽の意図を良く理解して下さり、より突っ込んだ打ち合わせが出来た。更にご準備いただけるとのことで本番が楽しみだ。最終の新幹線。なかなか長い一日だったな。もう日がなくなってきた。(池袋8日21:02p.m.)

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春も終わり

本当に時の経つのがはや過ぎる。自分の生活のリズムは長いこと習慣化されているからなのか、大学の先生という一つ大きなお仕事を休みにしても余りその時間の流れ方に差異が無い。一日に3つの違った内容をこなしていた頃に比べると当然その日の準備に掛けられる時間は増えるのだがだからと言って余裕があるわけでもなく、気が付くとえぇ?もう5月も終わり?と魂消てしまう。年々同じ厚さ重さのスコアでもその中身の重さをより感じ入る。日中は予定を済ませて一足先に明日の稽古のために見附へ入る。久々にホテルつるやさん泊。市内行きのバスが出来てから便利になった。市内で夕食。今年の夏はどんなかな?(8日15:23p.m.)

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カルメンキャスト稽古

雨の東京。あるとの伊原直子先生、ミカエラ役の高橋さやかさん、ホセの井ノ上了吏さんと音楽稽古。見せ場の多い、そして音楽も魅力的なだけにソリストの力が存分に活かされる作品。そのカルメンはいろいろなところでご一緒したが楽しいオペラだ。と言っても悲劇だが。たまたま大フィルさんや都響さんとこのひと月でカルメンの組曲を取り上げることになっているが、これも巡りあわせ、ご縁だ。オケでの魅力は歌い手のキャラクターでその色彩感が完結する。テンポ設定も全然違ってくる。そんなわけでベテランお二人と若手の稽古も新たな発見だらけだ。上野にある某国立大学に伺う。以前大分で会った学生さんとか東京音大の関係者に挨拶をされ何だかびっくり。あとひと月かぁ。本番まで。(8日15:12p.m.)

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大掃除再び

梅雨前にいろいろとしておきたいこともあって、先ずは部屋の片付け。未だ終わっていないのかと思われそうだが、終わっていないのだ。何しろ20年溜め込んできたものの数々一筋縄にはいかない。でもピアノが弾けるまでに物が片付いてきたのは画期的。建て増しした楽譜室はほぼ満杯。あれこれ探していたものも見つかり始める。ちゃんとお家に帰らないとこういうことになるのね、という教えでもある。カレーを食べる。大分の短大で学生のペナルティレポートの題としていた「美味しいカレーの作り方」どこからそんな作り方を仕入れてきたのだ、と言わんばかりの力作も多い。いずれ試すとして、いつもの我が家の味。自家製のラッキョウも旨い。一之江に出向き駅前の眼鏡屋でスペアの眼鏡を作る。軽いのが何よりだ。(8日14:33p.m.).

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東京駅ビルその2

越後平野はすっかり田植えの済んだ様子が広がり、茶から緑が浮かび上がった。梅雨前のさわやかな季節。いつものマッサージに立ち寄るも混んでいて断念。長岡から東京駅に出て再び新マルビル界隈に赴く。マッサージを探すも良さそうな所は見当たらない。先日買った蜂蜜、それをつけるバケットを求める。薄く切ったやつを軽く焼いてバターと蜂蜜、旨くない訳がない。東京駅の八重洲口も様変わりしつつあるし便利にはなったようだ。兄貴の誕生日だったな。何か送ろうかとも思ったがこれはと言うものも見当たらず断念。こんな日はたまには早く帰ることにして、兄貴も居ないが代わりに祝ってやろうとワインを開けて飲む。サントリーでの第九の合唱団リストが届く。バランスが問題。小生のお弟子にも声がけを試みる。(8日14:01p.m.))

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再び都響さん

珍しく午後からのリハーサルは都響さん。午前中は先輩指揮者のプローベ。何と陰に隠れて小生のリハを見ておられた。3日分6公演のプログラムをこなす。都響さんも大忙しだ。この日やったプローべの本番はいつだぁ?何曲リハーサルしただろう。上野でのリハを終えてそのまま新幹線に乗り込む。至便の移動。本番の次の日別の本番のプローべをしてその足で次のプローベと言うのは余り宜しくない。今回は自分で組んじゃったのだから致し方ない。見附は小ホールだったので、場見って立ちをしながらの音楽稽古。ある程度立ちが進むと動きを止めて改めて音楽稽古は難しいようだ。最後の最後まで声のこと、音程やリズム、言葉のことと際限なく求めていくことになると思うが、雰囲気がよくなって来た。楽しみだな。(8日0:17a.m.))

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大阪の中学生

ホテル阪神を出てザ・シンフォニホールへ。蒸し暑い一日。ゴールデンウィーク明けに行った大阪市の中学生を対象にした音楽鑑賞教室の第二弾。老舗大阪フィルさんと昼からのリハーサルを経て一回公演。拍手のタイミングが絶妙。指揮者コーナーはなかなか盛り上がった。音楽鑑賞教室はやはりいい形で開催したいものだ。何処まで内容を突き詰めていくか、学校の先生方とオーケストラとがしっかりと生徒たちに伝えてあげたいことコンセプトをしっかり持つことが大事だ。今回もよく聴いてくれていた。カミカミの司会付き公演も何とか終了。団員さんとしばし会話。嬉しい時間。タクシーでマルビルまで出てリムジンに乗り換える。空港で551の肉団子をゲット。値上がりしてたぁ。羽田で打ち合わせ。リムジンバスで一之江へ。目まぐるしい一日だったな。(7日23:55p.m.)

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前乗り

いわゆる「乗り打ち」、その日の早朝に出掛けていっても間に合わないお仕事ではないのだが長距離のときは特に「前乗り」をすることにしている。朝、時間の予定が来るって早く羽田に着いたので、早速10分散髪に飛び込む。賢い選択だった。大阪は、日曜とあって街も駅も人だらけ。阪神電車の乗り場手前で安価なでも美味しそうなケーキをゲット。危ない香りに誘われた。振り向くとその脇では名物ミックスジュースが140円。すかさず迷わずゲット。結局この日もホテルそばの中華で定食。庶民の味万歳。大阪好きやでぇ。以前ご一緒した合唱団の皆さんお元気かなぁ。シンフォニカー響さんとも暫くご一緒してないなぁ。コンビニで美味しいものゲット。そう言う年頃なのだろうか。身体が欲しているなどと言う戯言は封印せねば。(7日静岡2:47a.m.)

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東京駅ビル

近頃長岡駅前の掘っ立て小屋みたいな店構えの鯛焼きやさんが気になる。そこを通るとき何故か無性にあつあつのやつを頬張りたくなる。と言うわけで一匹ゲット。お酒も所望するがどうやら甘いものも最近多い。危険な香り。昼は財団に出向き諸々事業の打ち合わせ。事務局も人の入れ替わりで少し雰囲気も変わったのかな?とにかく財団の皆さんは限られた中でいいお仕事をしておられる。今度は6月にロシアの子供たちと長岡の子供たちの合唱交流をプロデュース。楽しいステージになりそうだ。夕方東京駅に出て買い物に立ち寄り新マルビルを歩いて回る。いいお店が入っている。蜂蜜専門店を発見、早速ゲット。え?甘いもの?危険な香り。身体の中心辺りを眺める。あはぁ。(7日静岡2:33a.m.)

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見附金曜稽古

本番明けは何となく身体もいろいろと言いたいことを言っているが、とにかく見附に赴く。普段火曜日に設定されているアルカディア混声合唱団、元はと言えばもう少し時間に余裕のあった頃、長岡の定例練習日が月曜なので、泊まって明くる火曜は見附で続けて第九の練習を、と単純に小生の都合で決まってしまったような感があるのだが、それを繰り返していくうちに、団員さんの一週間の生活のリズムに組み込まれるわけだ。潟響さん然り週の初めに練習日と言うのは果たしてどうなのかと考えてしまうが長岡も既に長い習慣となっている。と前置きはさて置き金曜のアルカディア練習室での練習。手狭ながらお互いの息づかいとか気を感じあって練習できる。子供たちも参加。一人ひとりに舞台であるスペインの名前を命名しておくようにとふざけたようなことを真面目にお伝えした。いいなぁ、もう一人の自分が創れるなんて。(7日静岡2:21a.m.)

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青梅の中学生

朝は少しゆったりと朝食を摂り福生市民会館へ。ここでの今回で3回目になるだろうか。都響さんとの音楽鑑賞教室。朝岡聡氏のやはり見事な進行に脱帽。良い顔で中学生が反応してくれた。大学のときの先輩が中学生の引率をしておられ頼もしく嬉しい再会だ。大きなお花を頂き持ち帰る。高速を飛ばして池袋へ。殆ど2回公演でその日のエネルギーは使い果たしていたので西武でコーヒーとお菓子で補給。見附カルメンのミカエラ役高橋さやか嬢と初音楽稽古。チャーミング。長岡には歌の若手の層も広がっているようだな。(31日見附23:59p.m.)

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五月晴れ

清々しい春の晴天。車で上野へ。文化会館地下都響練習場。明くる日の音楽鑑賞教室のリハーサル。今年度初めての都響さん。3月に佐久や上野で共演、先月末にサントリーでの定期を拝見して以来。年間にすると3ヶ月に1度はご一緒させていただいていることになる。変わらず高い意識で初回のリハーサルを進める。こちらの意図はすぐさま察知し、これまでのお付合いで小生がやりたいことも解って下さっていてその意味でも無駄がない。精度の高いアンサンブルをオケの中で求めつつ時間を共有しているスタンスが素晴らしい。一度池袋に立ち寄り、食事をしてその足で昭島に車で移動する。下道で1時間強。朝早いこともあるし、荷物も多少あるので前乗り敢行。日本フィルさんと文化庁公演の際に泊まったホテルをリザーブ。快適だった。緑が眩しい。少し肉を食べた。少しかなぁ。(徳次郎の湯26日1:18a.m.)

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アジアの天災

未明から大雨が降った。風と共に春の嵐だ。一日家に居て準備をしようと思ったが、池袋にCDを求めに行く。その足でオフィスに立ち寄り諸々済ませる。この雨で庭の花も大分乱れてしまったが、それも自然の力。ミャンマーや中国で起きた天災の恐ろしさは計り知れない。救われる筈の尊い命が国家の体制によって失われたものだとすればそれは大問題だ。まず人の命だけを考えてみたときに、被災国のトップはいつどの段階で救援のモーションを取ったのか、というよりミャンマーに到っては見殺し状態か。そして日本を含め近隣諸国はいつ、支援体制を整え伝えているか。調和の取れた国際社会の構築を考えるとき、やはりリーダーの決断力は大きな鍵を握る。中越そして中越沖地震の復興は何処まで進んだのだろうか。(大阪25日23:14p.m.)

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記憶の切捨て

長いこと家を空けているとどっさり次の演奏会の楽譜やら、受け取りたくない請求書やらが溜まっている。週明けの今日は楽譜の製本や買い物に池袋へ。その前に部屋の掃除も少し再開。大分部屋らしい佇まいが見えて来た。ピアノを思い切り弾ける日までもう一息。CDや楽譜の整理は別に考えなければならない。世の中の指揮者たちはどうやって楽譜を保管しているのだろうか。全部暗譜しているから無い、何ていう指揮者は皆無だろう。今は要るものと捨てるものをより分けること。それが大事業。今回もゴミ袋5~6個分のごみを生み出した。「それ」を見ると記憶が蘇るものだ。良い思い出だけを記憶にとどめてばっさりいこう。またいろいろと良い映画が始まるようだ。といつも楽しみに考えつつ本当に久しく行っていないな。追われて生活する枷の一つは無くなった筈なのに何故か忙しない。(H阪神25日22:29p.m.)

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舞台練習

朝からプリマ伊原直子先生とスタッフと合流して見附へ。立ち稽古1日練習。ステージを使っての貴重なリハーサル。菅野先生が手際良く進めていく。お弁当をいただきながらの打ち合わせは細部に亘る。伊原先生がその場に居られるだけで空気が違う。合唱団も活き活きと歌い演じる。全てのキャスト、スタッフ、オケ、舞台と実は余裕のあるスケジューリングではない中でとにかく全ての人が活き活きとした本番でありたいと願う。特に合唱のメンバー一人ひとりが輝いた舞台にしたい。帰りに日帰り温泉に立ち寄る。これがまた絶景、お湯も良い。何だか溜まっていたものがどっと出て帰りの新幹線は爆睡。温泉って何だか凄い力があるものだな。(大阪25日22:14p.m.)

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とんぼがえり

長岡見附三昧の一週間。今週は5日間リハーサル。ということはずっとホテル住まい。荷物を部屋に置いたまま長岡から新幹線に乗り、地元江戸川の合唱団の稽古に出掛ける。6月の鶴岡公演プロ全曲。交流合唱団から江戸川第九を歌う会となってそのプロセスをずっと見守り毎回ご一緒してきた10数年来のお付合い。演奏会のお膳立ての仕方とかオケの招致、指導者のことと様々なノウハウを伝えてきたのだが地元ながら何故か距離がある。虚無感。9時までみっちりリハ。いい声が出てきた。江戸川文化センターを出て9時40分発東京駅最終新幹線に飛び乗る。もっと上手になるのにとか考えながら駅弁を頬張りつつ定宿に向かう。ホテルに着いて思わず「ただいま」(福島駅前25日21:18p.m.)

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エスカミーリォ登場

実家に一度戻って荷物を詰め替え再び見附へ。昨日アウトした定宿のニューオオタニに再びチェックイン。ホテルマンですら、あれ昨日チェックアウトしたんじゃ?みたいな。エスカミーリオ役の上野さんと再会。彼とは10年前の「魔笛」でご一緒して以来だ。端正な品のある歌。男声と小一時間稽古をする。とにかく音楽稽古が重要なのだ。立ちに入るととたんに指揮も見れず舞台上が無法地帯と化すことも往々にしてある。それは避けたい。オペラの経験が初めての人も当然大勢いらっしゃる。でも1から創っていくオペラ、楽しいなぁ。15年の合唱団の次へのステップ、その継続への起爆剤と為るべく。少々胃が痛いながらも久々に長岡の大手通の餃子と中国そばを食す。スペインまた行ってみたいなぁ。ギラギラの太陽、建築物や絵画の宝庫。ビゼーはフランス人だしスペインを描いた作品の多くは外国の作家だったりするが、3月の都響さんとご一緒したロドリーゴやアルベニスといったその国に根ざした作曲家の音楽、大切だな。ベルギーのブノアみたいな?(ホテル阪神25日21:05p.m.)

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陽の光

長岡から東京に仕事に出掛けているような錯覚。都内某所で午後から打ち合わせ。カルメンやクオーターズクラブ関係のデスクワークをこなし、夜はそのまま池袋のオフィスに泊まる。歩いて23秒くらいの居酒屋さんで夕食。眠らない街だ。今月一杯で表向きの貸しレッスン室休止の張り紙をしてから部屋の使用状況は比較的良い。加湿器にエアコン完備と申し分ない環境。唯一の欠点は直射日光を受けられないこと。観葉植物くんがちょっとグロッキー。根を腐らせてはいけないと水を控えていたが、控えすぎちゃった感が。太陽の光を必要としない逞しくしかも健康な観葉植物くん大募集と言ったところだ。太陽は偉大なり。(大阪・福島25日20:52p.m.)

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モーツァルトとプラハ

長岡にもう一泊をして夜、共にプラハに行く合唱団の稽古に立ち会う。長岡新潟からおよそ40名の参加。東京組は80名ほどとはるかに多いのだが練習日が合わず平日を活かして長岡に出向く。リリックホールは響きはいいのだが細部が呑まれてしまって練習には向いていない。東京と新潟の合唱が合わさってどれだけクオリティを高められるか楽しみだ。モーツァルトとプラハ、彼の滞在中、交響曲をはじめ、佳作が沢山が残されたが深いつながりのあるその地でレクイエムを奏でること、今からわくわくする。(大阪25日20:41p.m.)

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カルメン立ち稽古

東京往復の予定を取り止め長岡滞在。見附は菅野先生の立ち稽古。良い時間のバスが無いので信越線で3駅11分。見附の駅からホールまでリュックを背負って歩く。18分。道端の春の発見が楽しい。駅前で揃えた道具を使って一足先に舞台の準備を始める。新潟のキャスト音楽稽古をして、菅野先生と合流。小気味良くまた明解な舞台の流れが浮かび上がる。合唱団は先生のエネルギッシュなご指導に引き込まれていく。指揮をしながらも手伝いたくて思わずソリストの立ち位置をチェックしたり演出助手の真似事。音楽がおろさかにならない様に大事に皆さんと作って行きたい。駅前の居酒屋さんで食事。(長岡17日1:43a.m.)

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ブノアの余波

連休もあっという間に終わり一週間のはじまり。長岡へ。昨年までは毎月曜は新潟に出向くことが多かったが今年は極めて不規則。音楽監督を務める長岡市民合唱団はこの秋第24回目の定演。月1回お呼びいただく。団員さんは先月の「ブノア」を引きずっている模様。練習中のハプニング然り事後評や団員とベルギーの学者とのやり取りや写真交換に、何よりリハーサルの皆さんの意識が高い。副指揮者に徹しせめて本番を振っていただく小澤先生にとってやり易い環境作りを。新しい団員さんも大勢。「落葉松」はかつてご一緒したのだがかれこれ10年は既に経っている。新しい発見というよりも楽譜も新調し譜読みを1から。これが楽しくて仕方が無い。音を読んでいくそのプロセスをしっかり見守る大切さとその段階で仕上げのイメージを持たせ余計な癖、陥りやすい問題を回避する役割。また来月。5月の始めに思い切りアクセスが増えた日があった。26万カウントの瞬間だったようだ。うっかり。どうぞお申し出下さい。(長岡17日1:13a.m.)

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東京フィル・ファミオケ

鶴岡のいつものホテルは屋上の温泉が快適だ。朝起きて先ずお風呂。朝早い移動にも拘らず団員さんがお迎えに来て下さる。空港でさくらんぼとラ・フランスの「ぷっちょ」をゲット。鶴岡は人も町も良いところだ。空路1時間。羽田でお気に入りの鯖寿司を求め実家へ。1時間仮眠をして車で北区王子の北とぴあへ。東京滝野川少年少女合唱団の演奏会にご招待を受け鑑賞しに出向く。ご一緒していた頃の伝統の面影が全く無くなっていた。池袋に立ち寄り初台へ。東京フィル・ファミリーオーケストラの初合奏。75名の団員にパートナーを務める東京フィル団員15名ほど。大編成のオーケストラはなかなか頼もしい良い音。大変に楽しみだ。最初の1時間を振り、その後は各パートに分かれ練習。お土産のぷっちょをプレゼント。余り今回は番まで合奏でお付き合いできる日が少ないが、マエストロ・チョンにお渡しする前にしっかり仕上げておきたい。7月が楽しみだ。再び池袋に立ち寄り帰宅。飛び回ったなぁ。(池袋16日1:16a.m.)

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鶴岡の春

眩しいほどに広がる日本海を後にして午前中鶴岡市内の自然溢れる牧場や映画村に立ち寄る。合唱団の方達が案内をしてくださり考えてみると何度も足を運んでいる鶴岡なのに、殆ど町を知らない。江戸川の合唱団は本番前や後に名所を訪れているようだが、何だか追われているような生活をして来たのかなと反省も。お昼はお蕎麦。にんまり、結構小生のお気に入りのNHKアナウンサーも仕事で近くに。午後は県立高校の合唱と鶴岡交流合唱団の合同練習。良い声が響き渡る。更に移動をして高校生のトランペットバンダの練習に。夜はいよいよフォーレを中心にオペラ曲の合唱稽古。フォーレは音は難しくないはずだが絶えずサウンドを聴き合って練らないと響きがまとまらない。でも大健闘しておられる。江戸川とのコラボが課題だ。再び夜は会食。ビジョンを語り合う。(とき熊谷界隈16日12:46p.m.)

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春の日本海

中国からの国賓が横浜に向かう道程、小生の乗ったリムジンは交通規制に引っかかり危うく間に合わないのではと思いつつ、無事羽田から庄内空港へ。そこから一路湯の浜温泉に。まだ何度も「第九」を振ったことのなかった当時鶴岡の演奏会を終えて、尊敬する伊原直子さんと師高橋啓三と共にこの温泉にある公共浴場に足を伸ばしたことがあった。円柱形だったかその真ん中を壁で区切っただけのお風呂。とにかく熱いお湯で、でも楽しい時間を記憶している。何処だったかなぁと見つけた喜びと共に今日のお宿がその眼前にある老舗の旅館。これまでのデスクワークを整理しつつ明くる日のリハーサルに備えちょっと一息。部屋からの眺めは目の前に広がる日本海。冬の荒々しい鉛色を想像できない程に明るく海の青。少し曇っていたので残念ながら夕陽を拝むことは出来なかったが大阪・徳次郎の湯に続く思いがけぬ温泉に肩の力が抜ける。夜は合唱団の方と会食。自然の風景が記憶に刻まれる。(とき高崎界隈16日12:26a.m.)

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大阪市中学生のための交響楽教室

未明に関東東北で地震があったようでニュースを思わず見ていた。朝食を摂ってチェックアウト。響きの良いザ・シンフォニーホール2回公演。演奏そのものの時間が長いので喋りに気を使いつつ進める。よく聴いてくれていた。若いコンサートマスターを座長に据えてのステージ。誰でも初めての経験を乗り越えて行くんだな、と思いながら演奏を進める。昨日の公開リハーサルの感想文が早速届けられた。休憩中に気合で全部読んだが、実に面白い。素直な声が子どもたちののびのびとした学校生活を感じさせる。しばしば、未だ文章力が身についてなかったり、失礼な内容とか否定的なものは割愛してしまう学校や主催者もあるのだが、T先生の学校の子供たちは実に感じていることを真っ直ぐ自分の言葉で伝えようとしている。嬉しかった。本番の指揮者体験コーナーは何が起きるかわからないだけに、見ていて汗がどっと噴き出す。大阪の中学生楽しんでくれたならと願う。空港に出て最近出来たのかな、たこ焼きを食べ納め東京へ。司会つきの音楽教室はよりエネルギーが要る。(長岡14日15:51p.m.)

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大阪フィルハーモニー会館

昼前にホテルを出て阪神電車と四つ橋線を乗り継いで岸里へ。ずっと「きしさと」だと思い込んでいたので乗り換えの検索がスムーズではない。大阪の地名は結構そのまま読めないところがおもろい。会館は大フィルさんのお城。公開リハーサルや演奏会も開ける立派な建物。担当の引継ぎを伺い、昨年演奏会をした小学校の4~6年生がリハーサルを見学にいらした。精力的なT先生との再会。素敵な先生だ。プレゼント交換なんぞをしていざリハーサル。丁度ひとコマのなかで明くる日の鑑賞会の準備。静かに聴いてくれていた。老舗の大フィルさん、いいなぁ。子供たちと少し交流もしたかったが致し方ない。大阪駅に出て靴を手に入れる。夜は駅そばの焼肉屋さん。肉は素晴らしかったが店員の教育がなっていない。そんなお店が最近多いな。お風呂に入りながら司会進行の原稿を考える。かみかみになりませんように。(長岡14日15:19p.m.)

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食いだおれ

連休最終日、羽田から大阪へ。素敵なアテンダント。リムジンでマルビルへ出て、そこから歩いていつものホテル阪神に到着。アメニティーグッズにヘチマが置いてあっておもろい。浴槽に温泉が出るので早速一っ風呂。夜は考えた末、歩いて15秒の中華へ。ほぼ2人前を注文していたらしい。しかし何故か入ってしまう。なんでやろ。よう歩いたからとちゃうか。今回は最上階ではないが充分町の景色が見渡せる。結構近いところに山。この大都市でも少し足を伸ばせば自然に溢れた名所が沢山ある。大阪シンフォニカー響のアシスト時代以来行きたい名所史跡がいっぱいあるのに殆ど実現していない。行きたいところリストでも作ってみようか。食べ過ぎたが倒れなくてよかった。(長岡14日14:41p.m.)

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こどもの日

こどもの日かぁ。遊んだ記憶。先週一つ原稿を書きながらいろいろと考えていたことだが、これまで子供たちに音楽を届ける演奏会にいくつも携わってきた。どちらかというとその趣旨は教育したり学んだりするものが多いわけだが、避けたいのはそこで音楽嫌いを生むことだ。でも音楽嫌いな人は当然いるわけだし、教わって音楽が楽しいものだと「解る」ものではなくて、面白いか、つまらないのどちらかでいいのだと思う。自らを振り返った見ても特に子供のうちは遊びの感覚とか音と戯れる中から喜びを自ら見つけることで次に結びつくのだと思う。だからこそ教育の現場は難しいと思うし、習い事の音楽体験も重要だ。英才教育的な音楽のレッスンから当然名手は生まれるが、それもそれが全てではない。だからこそきっかけ、種まきは大切で多くの音楽教育者を輩出する音大がどこまで何を手助けできているのか疑問も起こる。大学に入る段階で何をもって将来と結び付けていきたいのかそのビジョンが見えない気の毒な学生さんも多いのが現実だ。出来ることから。(長岡14日14:13p.m.)

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大掃除

後期高齢者制度というのは全く失礼なネーミングだ。住み難い日本になりつつある。ガソリンの値段にも振り回されるし困ったものだ。外国はどうなんだろうか。ユーロは高いなぁ。上手くいっている国を検証しつつ客観的に日本がどうなっているのか見てみなければと思う。さてようやくピアノが見えて来た。と書いてもさっぱりだが、収納スペースの乏しい我が実家のレッスン室は楽譜の山。何度かに分けて大量の楽譜を整理。少し目処が立って来た。要るものと要らないものを分ける作業は、思い出に浸ってしまうと危険だ。捨てる勇気は大事らしい。梅雨前に終わらせたい。(長岡15日12:47p.m.)

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軽井沢の春

丁度一番いい季節なのかも知れない。なんと言っても今年もう見ることは出来ないと思っていた桜が満開。確かに朝晩は冷えるし標高も少し高めなわけだけれど、空気が違う。益から程遠い2年前に新しく建った大賀ホールに行ってみる。何処の席からも演奏者の息使いが伝わるような決してキャパは多くないものの良い響きのホール。決して大きくは無いはないがホールの運営は大変だろうな。春は音楽祭、地元の子供たちを育むプログラムも揃えられている。帰りは駅でお土産。横山駅の峠の釜飯を車内でゲットし、楽しみに家へ帰る。短い滞在だったが空気は一杯吸って帰ってきた。(長岡14日2:15a.m.)

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ごーるでんうぃーく

世の中は連休真っ只中らしい。いろいろ計画をしていたのだがそれはそれ。朝はまずはずすことのない朝食だが、昼は仕事や予定で不規則なことが多い。新宿で一人夕方昼食を摂って夜、軽井沢に向かう。ホテルには9時過ぎに着いたのだがその界隈は既に真っ暗。雨の降る中、食事処を探しつつ散策。よく歩いたなぁ。頂いた万歩計は大活躍。特にリハーサルでも時間の確認に、更にほぼ一週間毎日の歩数に距離、気になる消費カロリーまで表示。ホテルからちょっと洒落た洋食屋さんを見付け戻るまで5キロくらい歩いていたらしい。最後に軽井沢に来たのは何時だっただろうか。大学の寮が昔旧軽井沢にあって合宿に滝野川の子供たちを連れて来たりもしたな。特急で3時間以上かかって来ていたのが、新幹線で東京から70分。充分通勤圏だな。新幹線に東京から乗って降りた高校生が居た程だ。冬は長いが自然が気持ちのよい環境だ。いつかこんなところに住んでみたいかな。(長岡14日2:02a.m.)

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皐月

何とも気持ちのよい清々しい季節。我が家のプランターも彩り鮮やかな花が咲き、美を競い合っている。この色を生み出す不思議さに改めて造化の妙を感じる。緑も新緑の若葉から陽の光を浴びて深さを増していく。緑を見ると眼に良いと小さい頃よく言われていたが、どうやらその色が視力に良いということではないらしい。だけど心にいいのは間違いないと思う。コンクリートだらけの空間に1週間居たら間違いなく具合が悪くなるだろうと思う。近所にツツジの花壇が綺麗に咲いてるところがあった。そう言えば江戸川区の花がツツジだったかな。花がないと寂しいが至る所に緑地帯があるのは良いことだ。チューリップを切りまくる族がいるというニュース。またそんなニュースが連鎖反応を起こす世の中。愛でる心も小さいときに育まないといけないんだろうな。(長岡13日2:16a.m.)

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レパートリー

飛び石連休のこの日は、何となく街も穏やかな感じ。初台にオーケストラ練習の見学に伺う。レパートリーをどんどん増やしたいと思っているのだが、特にメンデルスゾーンは1番と5番はまだ手をつけていない。シューマンを少し広げたいしシューベルトもまだ幾つかやっていない。そう考えるともっと開拓したいものが際限なくある。それを実現するのは自分の時間とそれを具現するステージ。そのステージは自らやりたいものを取り上げられる環境が必要だが、なかなか難しいことだ。やりたい作品をもっと増やしていこう。オペラシティは小生が一番多く訪れる練習会場の一つ。リハーサル室は天井が低く、長い練習には耳がくたびれるが手頃な空間だ。どうしても目先の本番に向けての研究が続くので新しいレパートリーの開拓をするのは難しいのだが今年度は少し増やしていけるだろう。(長岡13日1:51a.m.)

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昭和の日

かつて天皇誕生日だった昭和の日。用事を済ませて大学生時代お手伝いに通っていた滝野川少年少女合唱団のOGやピアニスト3名と会食。それぞれに人生の大きな転機を迎えて話題が多岐に亘る。その頃団員だった小学生がいよいよ結婚だと聞くと嬉しいものだ。振り返ってみると本気で子供たちと向かい合って音楽していたんだな。当時を懐かしんで会いに集まってくれる気持ちが嬉しい。指揮をしながら彼女たちから多くを学んだが、今社会に出て奮闘しているその様子を聞いて頼もしく、またいろいろ考えさせられた。共通の話題はやはり当時の合唱団。創立者の大濱當忠先生の教えが有難く、今その心が大事に受け継がれているかどうかだけが気掛かりだ。連休もいよいよスタートだな。(長岡13日1:14a.m.)

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41歳と1週間

何だか早いぞ時間の経つのが。先週誕生日?庭の花も楽しませてくれたチューリップからスナップドラゴンやらモッコウバラが最盛。急に勢い付いた草花たち。いよいよハーブやイタリア野菜の種も発芽し始めて楽しみだ。もっと一日を上手く活用したい。必要以上に寝なくとも充分休養が摂れて当然減りつつある細胞も活性化させたいと思うのだが。本屋に注文しておいた本も手に入り読み漁りたいし、映画もいろいろ見たいのだが、何だか年がら年中そんなことを言っている。以前より時間が取れている実感がまだ無いらしい。今日はダンボール一箱分、物を捨てた。久々に家のピアノの音を出した。凝縮した時間を感じる。次の誕生日までもうあと357日くらいしかな~い。(29日3:05a.m.)

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見附の集中練習

前日入りを急遽決めて正解だった。生活のペースが乱れ始めると睡眠と食事が充分バランスよく得られず変調をきたす。眠りが浅いのはどうしたことか解からぬが、今日は恐らく首や腰の職業病から来るしばしばある頭痛が悪戯をしてくる。とは言え朝10時半から夕方まで会場に入るとエネルギーを皆さんから頂いてそんなこともすっかり忘れている。合唱の稽古は休日返上で大勢よくお集まり下さった。アシストをしてくれる阿部さんにも手伝っていただいて、課題をクリアにしていく。ひとつが解決すればその音楽の高みは更に上へ目標を引き上げてくれる。立ちが付く前に出来得る限りの歌い込みをしたい。昼ごはんは帰りの新幹線で美味しいお弁当を頂く。ほっと一息。(29日2:45a.m.)

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東京フィル・ファミリーオーケストラ初顔合わせ

ヴァージョンアップした東京フィル・ファミリーオーケストラの発会式。初台のオペラシティリハーサル室にはおよそ3倍の倍率を経て選ばれた74名のメンバーとその親御さんが参集。自己紹介の声も頼もしい。昨年夏にマエストロ・チョン・ミュンフンと共演を果たしたメンバーはおよそ三分の一の懐かしい顔。よりレヴェルの高いオーケストラが産声をあげることになりそうだ。今年は8月18日にサントリーホールでの2回公演に臨む。小生とは7回ほどの合奏をお付合い願う。小学3年生から70代のの男性まで新しいサウンドを聴くのはは次回5月11日までお預け。ファミリーって言うのが良い所だ。皆さんよろしくお願いします。オーケストラの原点はアンサンブル、合わせること、その音もきっと心なんだろうな。最後に一人ひとりの音を少しずつ聴いて解散。物凄い才能が見え隠れ。非常に楽しみだ。その後マネジャーY女史と打ち合わせ。およそ2年先のビジョンを語る。新宿から急遽大宮に出てその足で長岡へ。最終の下りだ。明日に備えよう。(長岡27日1:56a.m.)

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滅多肪対策

ショック。体組成診断を受けた。筋力のバランスは特に上半身など極めて良い様だが、どうやら脂肪ちゃんが増加し始めているらしい。先日お世話になったステマネ某「サランラップ」の水野さんは企業人の健康管理を司るそんな部署に配属されたようだが、これはいよいよ体質改善をせい、というお告げに違いない。銀行に寄るもこれまで給料日だった今日、唯一の定収入を得ていた大学から入るものは当然無く、懐も削って行かねばかな?食物の産地を出来るだけ近場でというフードマイレージなんて言葉も聞く。車も控えようかな。でも今からカムリ君に乗ってガソリン飲ませて江戸川に帰って、先ずヱビス。これは変わらないんだよな。車置いて歩いて帰って水飲んで寝るか。いやだぃ!せめて第3のビール美味しい銘柄探しでもするか!戦え!内臓脂肪蓄積型肥満!皆様ご健康で良い週末を!(池袋26日1:23a.m.)

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帰京

長岡駅前で売っている鯛焼きを全4種求め、一路東京へ。一つの演奏会が終わるといつの頃からか次のステージへの気持ちの切り替えが早くなった。でも今回はちょっと引きずっているかもしれない。考えてみると今月の本番は今回の公演のみだったからかな。とは言え複数の本番の準備を如何にそのテンションをイメージしながら上手く進めるかということもプロの音楽家の大事な能力かも知れない。クライバーのようにやりたい本番だけつとめる立場なら別だろうが。家に帰って先ず庭に咲くモッコウバラの良い香りにほっとする。早速着替えの山を開く。手紙などが沢山。星の数ほどある作品との出会い、どんどんレパートリーを拡げていかなければ。当然深さを求めつつ。(池袋26日1:00a.m.)

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プラハ「モーツァルト:レクイエム」長岡・新潟組初回練習

東京には暫く帰っていないような気になり始めた昨今、なぜなら着替えが底をつき再び衣料量販店のお世話になる。昼間はカルメンのソリスト稽古、リリックに出る。財団の事務局も顔ぶれが少し変わる。お腹が空き新しいショッピングモールに歩いて出掛ける。広い。でかい。夜は標記の合唱団の初回練習。先週は東京で発会式に出席したが、長岡では新潟からお出でのメンバーも交え早速全曲を通す。練習の進め具合もこれから調整だ。いずれにしても小生は月1回長岡に伺う。東京は練習日に充てている土曜は既に塞がり7月の合同練習まで伺うことが出来ない。ブノアを歌った面々も参加、少しお疲れだった様子。新潟からは新潟響との第九演奏会で2年ご一緒した市内の3つの合唱団や個人参加の方が見えた。嬉しいなぁ。皆仲良くサウンドを練っていきたいものだ。楽しくやりましょう。モーツァルトは名曲だ。東京の義人さんのぎじん会みたいの作らないかなぁ。東京に合唱団創りたい。と思ってみた。今朝の日報にブノアの記事と写真。やっぱりみんなでベルギー行きますか!?(池袋26日0:43a.m.)

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見附カルメン初回立ち稽古

また書き溜め。過去を埋めなくては。。(4/22)再び長岡にチェックインをして頭を切り替える。みつけエクスプレスで市役所に出てアルカディアへ。既に菅野宏昭先生による合唱稽古。この日は打ち合わせのために合流。一緒に歌うつもりでいたが、そうは行かない。早速ちょっと時間を頂き音楽稽古の後、早速カルメンの立ち稽古となる。小ホールを区切って大ホールの舞台に見立て1幕の合唱の流れを追う。ここで暗譜が問われるが男声はなかなか健闘。臨場感が掴めて合唱のメンバーも楽しい雰囲気。このまま勢いに乗って本番まで行きたいと願う。夜は10時から角屋さんで諸々の打ち合わせ。送り届けていただいたのは2時近くになっていた。ボランティアスタッフが必要だ。(池袋26日0:28a.m.)

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The 41th Birthday

朝からというより未明の2次会頃から引っ切り無しのメール。これが小生の41回目の誕生日をお祝いしてくれるものと「ブノア」の良かったメールと相俟って喜びも激甚。頂いたプレゼントや手紙、それに額に入った肖像画を眺め、一人3次会を飲りながら明け方眠りについて条件反射的にビュッフェに行ったものの、義人さんとか佳苗ちゃんとかいたようだけど、何を食べたのか覚えていない。気が付くと誕生日だったわけで、ふと考える。1日オフを与えられた。連泊中のオータニをキャンセルし、当てもなく車を借りて県内を走る。行き着いたのは弥彦神社。ご利益があるとか無いとか良く知らないが、かつて両親を連れて温泉にも行ったり亡き義姉と共に合唱団の仲間たちとも訪れた思い出のあるところ。そう言えば除夜の鐘は突いたけれど、初詣も厄除けもしていない。誕生日こそと思い立ち先ずは行ってみる。祈祷受付所みたいなところで尋ねると、あった、厄除け祈祷。これが安いのからお高いのまでまぁ色々揃ってるのね。松竹梅なんてのは無かったが、6種類くらいはあったかな。ちょっと奮発して響きの良いネーミングのものにする。控えで暫し待つこと5~6分。巫女さんに導かれ御本堂へ。スケールの大きさに圧倒される。太鼓と笛、2人の巫女の舞、そして宮司の有難い祈祷を頂く。音楽あり舞ありとちょっと感動的な時間。こんな誕生日も良いかな。何も無ければ何も無いとは言え、激動の41歳には違いなく、どこか気にしていたので少し楽になった。矢や御札、お神酒などを頂いて「あのぅ、家に祭壇とか神棚とか無いのですが。」いろいろ説明を受けて神社を後にする。今年は冒険の年だけに、何だか力になった。夜まで続々とメール。みなさんありがとうございます。(26日池袋0:18a.m.)

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日本初演「ブノア盛儀のミサ」in長岡

記念すべき日本初演のステージ。1200を越す大勢のお客様。長岡市民合唱団が主催する定演ではかつて無い規模の演奏会となった。22歳の頃から通い始めて18年、色々な楽しいステージを共にしたが、これほどまでに団員の気持ちも歌も一つのベクトルに向かって想いが集まり、良い形で絡まったことはなかったように思う。コンクールで勝たせるような合唱は端から考えていないし、愛すべきこの合唱団の色んな才能を持った一人ひとりが本気で歌ってこそ面白味のある味わいのある人の声の集団としての「合唱」、共に歩んだこれまでの一つの結果でもある。土の歌は日本語ならではの難しさの上に、他人事では無い重みを持った歌詞ゆえの歌。後半へ。ブノアは法政OBさんとの出会いも共に揉んで創り上げたもの。多くの人の心と労が皆の歌声に乗った。スペシャルサンクスは書ききれない。第一発見者、監物春夫さんを始め合唱団員の溢れんばかりの才能の数々。東京シティ・フィルの諸兄姉、オルガンの伊藤佳苗さん、テノールの小原啓楼氏、そして何といっても合唱団の声を懸命にベストへと導いて下さった山本義人、誰もが認める日本のブノア研究者、指揮の小澤和也とこの両氏の直向な積み重ねなくして本番の成功はあり得ない。心から感謝している。打ち上げも凄いことになっていた。1日早い誕生日のお祝い。幸せもんだ。(25日池袋23:42p.m.)

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オケ合わせin長岡

長岡は比較的穏やかな天気。提灯はまだ残るも駅前の桜は散ってしまった。近くの衣料量販店に慌てて練習着を求めに行く。前日に使い果たしてしまったから。リハーサルプランを考えながら会場の長岡市立劇場へ。立派に舞台が出来上がっている。決断してよかった瞬間。2つの大小合唱をあの空間で如何に効果的に鳴らすか。それが出来ればこの作品の意図を伝えることに半分は成功したようなものだ。4時半から一コマオケのみ、続いて「土の歌」、長めの休憩を挟んでブノア。結局9時前までやったのね。合唱が集まり費やせる時間、スタミナ等気にしながらも、この日出来ることは全てやらなければという感覚。オルガンの伊藤佳苗さんやステージの水野さんにも助けられ一回目のオケ合わせということを考えればまずまず。ソロの小原氏も良い。がしかし本番は明くる日一回のみ。とにかく音楽に専念。リハを終え夜は近しい仲間と軽く1杯。(25日池袋23:01p.m.)

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江東区文化サンター

大荒れに荒れた東京。11時のリハーサルにぎりぎり飛び込む。昔良くPVMオーケストラとか、アマチュアオーケストラの練習で使っていた標記のホール。2年ぶりだろうか東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の皆さんと再会。同級生や先輩・後輩、懐かしいメンバー見附にお出でいただいたり個人的にお付き合いのある方もいるフレンドリーな気持ちの良いオーケストラ。4コマを頂き、殆ど全てをご一緒させていただく。考えもしていなかった予期せぬ事態もあったが、そこは本番に向けて突き進むのみ。いつもになく汗だくになりほぼ脱水状態。東京駅まで移動し、ときに乗り込む。ホテルに荷物を投げ込み急いで市図書館に。最後の5分、市民講座を聞く。ベルギーからの来客ヤン・デウィルデ氏の講演会。挨拶だけ交わしホテルで肉を食し休む。(25日池袋22:51p.m.)

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池袋のオフィス

昔イタリアで買ったお気に入りのジーンズを暫く履いていない。というか履けない。悔しいので先日久々にジーンズを求めた。実はそれは全ての解決にはなっていない。サイズが1インチ大きくなることの意味を知ってはいるものの、店員と既に一つ大きいサイズとその更に一つゆとりあるサイズのメリットとデメリットについて語り合う。答えは出た。丈を詰めてもらい早速家に届く。夕方池袋に出向く。この部屋を持ってから何年になるのだったろうか。いろいろな思い出もある空間だ。プロジェクトもここから発信してきたし我が城だ。昼間は時間貸しをしてきたが、心無い利用者に辟易としている。ごみは仕方ない。物がなくなるのも致し方ない。物が壊されて放置されている。音楽を愛する人が使って下さっていると思っているのが間違いかな。そろそろ考えよう。誰かこのオフィスを小生のオフィスとして本気で稼動させてくれる人はいないかな。ピアノあり、パソコンあり。それだけ。(池袋25日22:41p.m.)

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見附エクスプレス

写真1枚貼って終わりって言うのは?どうかなぁ。。追いかけ書き中。。いつも気まぐれ日記にお付合い下さり有難う存じます。(4・16)朝長岡駅からみつけエクスプレスに乗って、見附市役所へ。事前に秘書課に電話を一本入れる。久住市長と久々に会談。カルメン公演への協力要請、小生の拝命している見附市音楽プロデューサーについて。小生が伝えたかった要旨は市が小生とどこまで何を進める気持ちがあるのか、その市長の思いを確認したいということ。理想論は良く理解したつもりだ。何をやるか何が出来るのか。ホールは民間、あとは市民と市役所でやれることを論ずるしかない。残された時間はあまり無いのだから。会談を1時間位のつもりだったので午後の全ての予定をキャンセル。提言を投げよう。レスに期待。(25日池袋22:28p.m.)

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再び満開

今年はいつもよりも桜に出会う時間を多く作れて幸せだ。見附カルメンの合唱稽古。市の中央公民館に咲く桜は満開。思わず見入る。人数に対して手狭な空間、でも良く聴き合えてよく響く。一回の練習でしっかり歌い込んで共に納得しながら進めるには時間が余りにも足りない。でもやるしかない。お一人お一人の意識がもっと結集しなければ。色々な方の想いが詰まったステージになる。オーケストラのメンバーを早くしなければ。どこのプロダクションにも頼らず、手作り感満載。それだけに大変だけれど見附に一番相応しいやり方だと思う。長岡の駅前で一人居酒屋する。季節のものがやはり美味しい。(25日池袋22:05p.m.)

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通し稽古in長岡

構想から2年、1年がかりで歌い込んできた長岡市民合唱団の定期演奏会前最後のリハーサル。長岡にリリックホールが出来てからその大半を第1スタジオで行ってきた。80余名の団員にとっては丁度良い広さの空間。プログラム順に「土の歌」、「ブノア」とほぼ通しながらの稽古。今回何故いつも以上に時間が足りないかというと、7つと6つに分けられるそれぞれのパーツの音楽的な内容の充実、総じて歌う分量が多いこと、そして嬉しいのは音楽的に更に応えられる合唱団に成長していることだ。ただ通しても1時間以上になる。まだまだ当然やりたいことはある。団員諸兄の歌い込んだ量、体力、精神力、そして音楽を歌を、更には各々の合唱団や仲間を愛する度合い見たいなものが結して本番を迎える。小生の中には既にあるイメージがオーケストラ、ソリストと共に会場の空間にどのように広がりを見せるか、楽しみだ。(池袋25日21:47p.m.)

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プラハ演奏旅行結団式

今年の11月初旬にプラハのスメタナホールで指揮をする。その演奏会のメインプログラムであるモーツァルトの「レクイエム」をご一緒する公募合唱団の発会式。3年前このブログのメインフォトにもなっているウィーン・ムズィークフェラインでのヴェルディ「レクイエム」でご一緒した際に発した「3年後是非また、」という願いを今年秋に。先回ご一緒したメンバーの他にも新潟や江戸川でご一緒した方々や、更に東京のステージでお付き合いさせていただいた方、今回も合唱指揮をお願いした山本先生を崇拝する方達と総勢120余名の合唱団としてスタートを切った。年明けから既に初心者向けの譜読み稽古は進んでいたためか、早速山本氏による細やかな指導がなされる。合唱団の声の色と質、それはそこに集った方達の意識で決まる。当然指導者がその方向を決めていくのだけれど、毎週あるその練習の集いが味わい深い合唱のサウンドを熟成させる全ての鍵だ。(25日池袋21:34p.m.)

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穏やかな土曜日

あれこれやりたいことがあり過ぎる。やりたいこととやらなければならないことを如何に戦わせるか、モチベーションを高めるという意味において極めて重要だ。厄年になって初詣にも厄除けにも行かなかった事が、キリスト教でも仏教でも神道でもないあやふや日本人の小生にとって何となく拠り所がないような、そんな不安に駆られる。日々の「よっしゃ!」は数種類のメールで届く占い。いつからそうなったのだろうか。でもそれすら見ないほうが良い日は当たるもので勝手にバロメーター化しているらしい。お勤めしていた間の最後の受験生から、入学式で答辞を読んだこと、その上奨学金まで授与された旨連絡がある。素晴らしい。誇らしい。充実した学生生活を期する。思い出すなぁ、あの頃を。いつもだと、始まっちゃったとか言いながら新しいサイクルを作ることに躍起になっているのだが、今年は様子が違う。寧ろ自分が新入生のようだ。新しい時間を生み出さねば。(25日池袋21:00p.m.)

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旧友との交信

付属高校時代の同級生から自分のトレーナーとして務めるジュニアオケの指揮をしてほしいとメールが入る。更には高校から大学卒業までお世話になったピアノの恩師、竹中碩子先生のお宅に毎年集う会のお誘いが来たり。覚えていてくれるだけでも嬉しいことなのだけれど、こうして音楽で繋がっていられる環境に感謝したい。残念ながらいずれも先約が入ってしまっていてお断りすることに。上半身だけでも伺いたかったのだが。高校大学、研究科の9年間できっと沢山の出会いがあったのだが、今なお交流があるのはごく限られた人数でしかない。それでも私のこと覚えている?とか、突然演奏会に足を運んでくれて再会できる時、音楽をやっていて良かったと、思う。恐らく母校は今日辺り入学式というのを行っていることだろう。そこでも新しい出会いが始まるのだな。(25日池袋20:44p.m.)

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20年の蓄積

引越しをして早20年。丁度大学生の頃だったわけで始めてグランドピアノを手にしたときにかつて庭だった今の土地に移った。余りにも膨大の思い出の残る当時の家は今や駐車場と化し記憶の中にのみ面影が残る。きっと音楽で身を立てると考えていたに違いないのだが、新しい家へは前の家にあった楽譜やらをそのまま運び入れた。月日は経ちその我が城(レッスン室)からは多くの生徒が芸大や音大に進んでいった。指揮の活動がメインになりかけた頃から、突然蔵書の量が増え始める。そして20年経った今、既に手に負えない状況。継ぎ足した3畳の書庫も燦燦たる状況。でもこのままではいけないと、立ち上がる。が直ぐ座り込む。物を捨てることに勇気の居る人種らしい。(25日池袋20:21p.m.)

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葉桜

携帯のカメラで花を撮りまくり。ブログに残したいのだが未だ使い方がわからへん。東京はすっかり葉桜。その新しいやわらかい緑色も毛虫君の登場まではなかなか良いものだ。少し前までは大学の入学式に桜の花があったような記憶があるのだが、年々咲くのが早くなっているのかな。打ち合わせやメールのやり取りが増えてきた。少年少女合唱団を教えてた頃の生徒さんも良いお年頃、きっと何かよい報告をしてくれるに違いない。今でも同級生や当時の団員さんから近況やお誘いが来るのは嬉しいものだ。すっかり滝野川の合唱団も変わってしまったけれど若い世代に良い音楽を届けたい想いを抱かせる気持ちのその原点。あの時の情熱とかクリエイティブな気持ちは今も変わらない。(17日1:52a.m.)

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見附の自主練習

実は時間が足りない。自分だけのことなら自分で生み出すしかないが、見附のカルメン、これだけ素敵なプロジェクトに発展し、文化庁からも助成の採択がなされ後は演じられ奏でられる全ての音楽のクオリティーをどこまで高められるか。自主練習にお付合いする。男声のみ1時間、そして女声と共に。とにかく回数歌いこむこと、その一回を皆で大切に音楽すること。15年の集大成。もっともっと。長岡福島江には早速ちょうちんがぶら下がっていた。桜。(17日1:35a.m.)

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新潟の桜

東京の桜はもう終わりに近づいた。長岡の定宿の脇を流れる福島江の桜はいよいよだ。人が自然と華やいで見える季節。15年来のお付合いのホテル、いつも山の見える部屋を押さえて下さる。悠久山や守門岳もくっきり。長岡に温泉があったらいいのになぁ。いやっあったぁ、震災前は何度か山古志に近い蓬平温泉や、成願寺温泉にも足を運んだなぁ。2度の地震を経て長い冬をまた乗り越えて訪れる春、厳しい想いをされた人たちにとってせめてもの癒しの桜であって欲しい。ブノアの初演に向けてベルギーのフランドル交流センターや遙々アントワープ音楽大学から図書館長が見えることになった。盛儀のミサも然り土の歌の、祈りの音楽として合唱団の団員諸兄の想いが込められる。昨日放送されたNHKFMの反響も届く。東京に引き続いて新潟でも桜を味わえるなんて結構幸せなことぢゃん。(17日1:28a.m.)

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長岡集中練習

関越トンネルを通って新潟県側に抜けると冬の間別世界だったものが、徐々に雪も融け山肌が浮かび上がって来た。昼過ぎに長岡について見附に移動。珍しく見附での練習。長岡の本体に加え東京から20名近い法政OBが駆けつけて下さる。ブノアと土の歌の両曲。サウンドが集まってきた。前回の東京での合同練習ではまだ声が仲良くなれていなかったが、ここに来て色も寄ってきた。いよいよあと一回のみ。結局一人ひとりの意識が高まると自然と音楽は動き出すのだ。夜は駅前のビアホールで皆さんと暫し歓談。お酒が弱くなったのかそんな症状。午後4時間の練習はあっという間だった。やりたいことはきりが無い。時間との戦いだったな。(池袋13日21:27p.m.)

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赤玉土

早く行きたいと思っていた近所のホームセンターへ母親と出掛ける。途中仕事の郵便物を本局に出しに立ち寄って。お目当ては「土」。プランターにそろそろハーブだの健康野菜だの種を蒔きたくてその土を求めに。すると、色鮮やかな花の苗が誘惑してくる。まぁ二人でよく我慢したものだ。選びに選んで5~6鉢のみで手を打った。「土」と言えば鹿沼でもオーケストラの演奏会をしたなぁ。そして20日に長岡で「土の歌」。美味しいお米や野菜がとれて、山や川の恵みと共に震災や水害と大自然の厳しさを体験している長岡の人たちにとってはまさに実感を持って言葉にし歌う作品だ。大地と言えば、車で走らせた北海道やポーランドの郊外をいつも思い出す。母なる大地、讃えよ大地を、あ~!(池袋12日23:45p.m.)

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桜満開

打ち合わせの合間に都内を歩く。実は地下鉄の便利な町だ。外国でもウィーンやミラノもそうだし、プラハやブタペシュトは路面電車が発達している。そう考えると東京は実に交通網の発達した街だ。家の最寄り駅からから30分で築地市場へ。一度立ち寄ってみたかった浜離宮の庭園に足を伸ばしてみる。寧ろ時間差で咲きかけの桜や菜の花畑が広がる、都会のオアシスだ。実は東京に住みながら良い所を知らない。せめて外国からの来客を案内出来るおすすめスポットを見つけておこうか。隅田川沿いはこれまた桜の見事なこと。仕事を早めに切り上げたか、言いつけられたサラリーマン諸兄が宴の準備。ちと寒そう。長岡の小学5年生に聴いてもらう演奏会と大人向けのコンサートの概要が決まった。チラシの準備。(池袋12日23:31p.m.)

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チューリップ

秋に大分に送った球根の残りが家の猫の額庭に咲いた。愛らしい。この暖かさで一気に草花が芽吹き花開かせる。大分芸短のY先生が羨ましい。学校の美化を兼ねて菜園までやっちゃうんだから。どこか土地のある学校で呼んでくれないかなぁ。とまぁ庭付きの一戸建てを立てれば良いのか。いつの日のことやら、最近別に予定もその気も無いのに折込にわんさと入ってくるマンションや住宅のチラシを眺める。都内のよさ気なそれは夢の夢だ。でも夢は持ち続けようじゃないか。ぼちぼちまた色々演奏会のお話を頂く。見附のカルメン、自主練習日を奪ってお付き合いをすることにした。練習好きなんだよね結局。真っ白いチューリップに続いて赤いのが待機。一日でも長く咲いていて欲しい。(12日池袋23:17p.m.)

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新年度メール

前夜の見附の皆さんとの話し合いは夜中にまで及び、朝は少し遅めに朝食。そのため伊原先生とはすれ違ってしまった。4月に入ったことで方々から新年度ご挨拶メールが届く。異動になった報告や小生の動きを察知された方から沢山メール。母校の指揮科には新入生6名が入学予定、そのうち小生が見て来た生徒さんが入学式で答辞を読むとのこと。嬉しい知らせ。そう言えば自身東京音大の高校と大学の入学式で宣誓をした記憶がある。それこそ化身かな。大分の芸短はチューリップが奇麗に咲いているようだ。学生さんから写メール。学校関係でお世話になった方々にご挨拶をと考えていたがいずれも一端の非常勤。自然と居なくなったと、敢えて絶つことはしないことにしようかと思う。それにしても4月、良い季節だなぁ。東京の桜は満開だ。(池袋12日23:00p.m.)

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エイプリルフール

新年度のスタート。早速今日は見附へ。先日来連絡を取り合っていたアルトの伊原直子先生が急遽見附入りされるということで、準備を整える。夕方ホテルでお目にかかりご一緒に見附へ。合唱のリハーサルの様子をご覧頂いた。途中合唱団に混じってカルメンを演じ歌って下さる。もうそれだけで場が、音楽の渦が皆を一つに巻き込む。何というオーラだろうか。お茶目な先生は伊原直子のそっくりさんで~す。何てエイプリルフールのようなことを言ってみたり。この土地をそして合唱団の皆さんを愛して下さる先生とこの7月にカルメンの舞台をご一緒できる幸せは、小生にとって今年の一つの目玉だ。合唱の皆が自然と向かう方向を得たようなリハーサル。練習後は昨年末以来動いているホールのことや、小生自身のこと、このアルカディア音楽祭のことを話す。15年って結構長いお付き合いだな。町がそれをどのように見てくれているのか未だにわからない。新しい年度になって使えなくなった名刺を新たに作らねば。(池袋12日222:09p.m.)

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年度末

ひょっとすると今年は正月以上にこの年度末の節目を実感しているのかも知れない。東京音大に出向く。ロッカーを整理。余り意識をせずにいたが結構寂しいものだ。まぁ、語り尽くせぬいろいろな想いはあるが、足掛け2年がかりで決したこと。かつての理事長が大学の質は卒業生で決まる、といっておられたが、大学は学生のために助けられるか、それを上手く活かす学生の意識。これからは客観的に見て行こう。高校入学から25年、講師として迎えられてから16年。直接関わった生徒たちが力強く道を切り開いてもらいたいとただそれだけを願う。(3日2:12a.m.)

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桜雨の日曜

そんな言葉は辞書にも無いが、我が辞書によればこの時期暖かくなってきて桜も勢い良く咲き始めたものの、それを逆行させんばかりに降る風雨が桜花、桜人を凍えさせるの意。肌寒い春の雨。全く文学系には縁遠いのだけれど、思わず西武のリブロ館で本を立ち読みする。新書を5~6冊抱えている女性を見て、この人はそれくらいあっという間に読んぢゃうんだろうな、とか思いつつ一冊手に取り、先週買った本まだ読んでないぢゃんと我に突っ込む。いつもだと何が何だか訳がわからないまま新年度に突入するのだが、訳がわからないのは変わり無いものの、これまでの整理をしたいと考えつつ、もう今月も終わりだ。大分から小生が秋に毎年衝動的に送り付けちゃうチューリップの球根、短大音楽棟の前に満開に咲いているとのお知らせ。人の頭の中が訳わかっていなくても、自然はちゃんと球根から花に育て上げる。別れと出会いの季節。毎年同じことを書くが、どうやらそういうものだ。母校のプランターは最後まで面倒を見られなかったなぁ。そもそものモチベーションは心のゆとりだったり、ふと見える景色を求めたり。これから少しずつ変えていけそうな気も。皆様よい1週間を。(池袋31日1:28a.m.)

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世界情勢と日本

隣国だけをとっても中国の餃子にチベット情勢、またミサイルを飛ばす訳の解らない北朝鮮と穏やかでない問題に、サブプライムローンを始めとするアメリカ経済に振り回されるこの日本は20年後(還暦)いったいどうなってるのだろう。別に愛車カムリ君を乗り潰そうと思っていた訳でもないがそろそろ車を買い替えようかとずっと考えていた。でももう石油に何でも頼らないで暮らしが成り立つ発想を日本が率先しないとダメなんじゃないかと思う。当面インドや中国は間違いなく地球の石油を枯渇させる先端を行くに違いない。だからこそハイブリッドは当然、その先を行かなければ。まぁでも欧州の車も格好良いんだけど。健康のためにも車は控えようか。生活に直結すること、先ず食の自給率を上げること。安いから輸入は良く解るのだけれど、日本の食文化は仮のものじゃ淋しい。という訳で家庭菜園を始めよう。標題について書き始めるときりが無い。結論は殆ど自分のために摩り替えた感が。錦糸町で飯森=山形響の演奏を聴く。続く広島響のリハ見学、秋山和慶先生にご挨拶。素晴らしい指揮。夜は江戸川の合唱リハーサル。(池袋31日0:56a.m.)

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桜の東京

都内を車で走らせ大学へ。下道を走ると東京は桜の木が沢山あることに気付く。花見をするには寒い。大学の傍のお寺の参道に見事なその木々があって早速可愛らしい花を開かせている。恐らく25年間ずっと毎年見て来た桜だ。今年はそれが当然というよりもまた見ることが出来た、とかほっとするような気持ちにさえなった。漸く新しい年度に向けて色々なことを考える時が来た。とは言え、今日も演奏会の楽譜つくりや銀行に行ったり、気忙しい。本番に追われるでなしに、整理をしなければならないことと同時にやりたいこともわんさと出てくる。良いことだな。野菜の種も届いたっ。さて一日でも長く楽しませておくれ、桜さくら。(池袋31日0:26a.m.)

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学生の晴舞台

すっかり桜が咲き乱れている。プリマヴェーラ(春)はその語感からも前向きなエネルギーが込められていて、好きだなぁ。日本に生まれてその四季に彩られたサイクルを感じる時、もう直ぐそこまで来ている4月に生まれたのは何だか幸せだ。来年のお仕事の話が色々と入ってくる。そんな中、小生のところに1年通って来ていた学生の指揮する演奏会が大学であったので、出掛ける。短い時間でよくあそこまで学生をまとめたという感想。ベートーヴェンではとても良い音がした。寄せ集めならではのオーケストラとしての機能は殆ど無いものの一人ひとりの意を感じる。小生が時間を作ってレッスンなんかするよりも、自らが棒を振り下ろして生んだその音の瞬間から如何に多くを感じ学び取れるものか、だからこそコミュニケートが原点にあり、自らの深奥に音楽が無ければ始まらないことをそこで知るのだ。(池袋31日0:09a.m.)

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ネーブルみつけ

見附三昧の2日目。ネーブルみつけでの作業を午後終える。新しい今回のオペラの楽譜が完成。4名の団員さん方にお付き合いを頂き仕上がる。同じセンター内ではアルカディア少年少女合唱団の奇麗な声が響いている。かつて創立の当初関わらせて頂いた合唱団。願いは変わらず、歌の好きな子供が育って大人になっても自然と歌を続けていける環境づくり。それが可能な町だ。美味しい昼食を頂いて、東京へ。次はオーケストラの準備だな。メンバーを早く集めなければ。これまでアルカディア音楽祭に来てくれたアーティストはどうしているかなぁ。それにしてもこれだけ本格的なオペラになるのだからチケットも早くなくなってしまうに違いない。(池袋30日23:54p.m.)

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市民オペラ・カルメンへの取り組み

朝急いでホテルのバイキングを摂り、みつけエクスプレス号バスで見附へ。JRの見附駅から市内へは車が無いと移動が不自由だがこのバスは少し高いが公共の施設を上手く結んでくれるので有難い。「ネーブルみつけ」でアルカディア混声合唱団のメンバーと共に市民オペラ「カルメン」のキャスト・スタッフ用楽譜を印刷・製本する。ダイジェスト版でも抜粋でもなく、ほぼソリストと合唱の重要な場面を網羅した形でのオペラ上演を目指しいよいよ7月に向けて動き出したというわけだ。この間会場となる文化ホールの運営をめぐり流動的な中での制作だが寧ろそれに振り回されること無く市民の力が生み出すオペラでありたい。コピー機と作業机を往復しながら、合唱団のメンバーもとにかく献身的にお付き合い下さる。手作り感の一杯詰まったオペラにしたい。そのまま夜は子供と大人の合唱稽古。ソリストも端っこに座って見学。合唱がしっかりと存在間のあるステージに。明くる日の作業に備えて早めに宿へ戻る。ホテルの敷地に新しい居酒屋発見。新物好きな訳ぢゃないけれど気になって入るがハズレる。まぁそんなこともあろうか。(30日23:45p..m.)

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長岡の風土

東京駅のビジネスセンターで楽譜作りの作業をして、長岡へ。いよいよ本番までひと月を切る。リリックホールの第1リハーサル室は大勢のメンバー。結構ハードなカップリングとなった今回のステージ2曲は合唱部分を通すだけでも90分近くかかる。が敢えて拘るところを抜き出して歌いこむ。最後の追い込みに賭けよう。今や大勢の団員を擁する合唱団に成長したが、人の心の温かさとか、長岡ならではの歌声みたいなものは変わらず、むしろ彼らのサウンドがしっかりと持てるようになって来ているのかも知れない。日本では良く在りがちなコンクール向けのトレーニングをする訳でもなし、だから当然個性を潰す様な響きのアプローチをする訳でもない。良いんじゃないかな。更にこの初演となるブノアを見付けて来た、法政アカデミーさんとの架け橋役、名物副団長K氏の誕生日を祝いいつものファミレスで会食。桜は演奏会の頃かな?(30日23:27p.m.)

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カープとお好み焼き

東京ではサクラの開花宣言。今年の年号と同じ2008号室だなんて全日空Hも粋な計らいをしてくれるものだと勝手思い込み良く捉えて3日間お世話になったホテルを後にする。公演最終日は安佐北区民センター。雨の中開演の1時間前にはお客様が並び始めている。毎年この巡回コンサートを楽しみに来てくださるお客様も居るそうで嬉しいことだ。オーケストラの自主公演の中でも次の世代のお客様を作るきっかけになる大切な演奏会。今日も広響さんはあったかいサウンド。アンダーソンの踊る子猫や、チキンリール、馬と馬車なんて洒落ていて小品ながら名曲だ。指揮者コーナーも盛り上がる。アンコールで演奏したカープの応援歌「それいけカープ(若き鯉たち)」は絶好調。今日もサインを沢山する。「六甲おろしなら歌えるんやけど」という子供にタイガースの帽子を被せたお母様や、金曜日と今日と2回運んで下さったいつものお客様も。ありがとうございました。市内に戻ってバスターミナルで名残惜しいかのようにまたお好み焼き。写メか何か撮ってみたりして。バスに乗ってANAで帰京。また広島の地を踏めることを祈って。(30日池袋22:44p.m.)

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ねぇ、ム~ミン。

当時のアニメは本当に夢があって、音楽も丁寧に創られていて名作が沢山残されている。広島響の皆さんとのマイタウンコンサート2日目、南区民センターでの公演も大勢のお客様。サインコーナーにも沢山見えた。プログラム最後のアニメ特集は小生が小学生の頃に放映されていたアニメが中心。メドレーになっているが「ムーミン」もその一つ。更に母を訪ねて三千里、あらいぐまラスカルなどと共に殆ど指揮をしながら歌っていた。大分芸短の卒業生で広島の音大でで勉強を続けていたIさんが聞きつけて来て下さった。嬉しいものだ。広島の最後の夜は何としてもお好み焼きを!と探し歩き、お好み焼きやさんばかりが入るビルで漸く夕食。昼間も本番までの間歩いてヤマハへ行ったり、万歩計も1万歩を越していた。これからはどんどん歩かなきゃ。(30日池袋22:25p.m.)

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パトラッシュと歩いた

ANAホテルの和食処で朝食。午後迎えの車で初日の会場安佐南区民文化センターへ。リハーサルの後夜6時半からの公演,、マイタウンオーケストラ広響。沢山のお客様。小品ばかり10曲の楽しいプログラム。こうもり序曲は最もハイセンスな開幕音楽だ。指揮者体験コーナーも2人のお子さんと共に。名作劇場名曲集「フランダースの犬」のアレンジメドレーは丁度小生が小学生くらいの頃にリアルタイムで聴いていたアニメ。会場の親御さんたちもきっと共感していたのでは?標題の歌の部分が好きだなぁ。なかなか良くアレンジされている。楽しんでいただけたかな。終演後は団員さんと共にサイン会。大勢列を作って下さる。子供たちに声を掛ける。小生の指揮する演奏会に何度か足を運んでくださる人も。ホテルに戻り、お気に入りのお好み焼き屋を訪ねるもラストオーダー。食楽庵という洒落た居酒屋に入ってみる。女性ばかりで切り盛りしている美味しいお店、裏メニューも飛び出た。流石に今年に入って結構走りつめたのでホテルでマッサージをお願いする。広島っていいなぁ。(ANA広島23日10:52a.m.)

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広島の春

肌寒い雨の東京を昼に出て、のんびりリムジンで羽田へ。飛行機も遅れて飛んだが辻褄が合うのが凄い。広島まで1時間5分。そこから空港バスは50分で市内へ。新幹線とどっちが良いかといつも考えるが座りっぱなしが辛いのと、未だに離陸のちょっとしたスリルが楽しいのかな。マイルも貯まるしANAで。近所の焼肉屋に一人で。平和公園もいつ桜が開花して良いようなつぼみも綻びかけ、ちょっと冷えるけれどもう春の風。金曜日から3回公演で市内8ヶ所ある区民センターホールでの広島交響楽団マイタウンコンサートにお声掛けいただいた。動物がテーマの楽しいプログラム。早速広島でいつも足を運んでくださる方からチケットを写したメールが届く。嬉しいなぁ。ここは20階、市内が一望できる。先回の12月を思い起こさせる。いつものように平和公園に再来の感謝と報告に。慰霊碑に刻まれている「過ちは繰