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こんばんは

晴れの日が続く。ホテルで朝食を摂り、市役所の安全運転バスで見附へ。

アルカディアで午前・午後の2回公演、今年は声楽に換わって木管と金管アンサンブルの演奏会。9名の若手奏者がつとめた。朝は市長と教育長に久々にお会いをし、公演を見守って頂く。メンバーはなかなか精力的なそしてハードなプログラムを持ってきてくれた。

敢えて小中学生だからといった内容のものは置かず、アンサンブルのオリジナル作品も取り上げる。曲間を充分とって調整もしてもらわなければいけないし、その間おはなしをしてつなぎつつの進行。小学生は元気に挨拶にはじまり「ビリーブ」も元気よく歌ってくれた。

午後は、全く迂闊な一声を発してしまった。先週の日本フィルさんの公演での司会が過ったのか、真っ昼間から「こんばんは~!」。お笑い芸人だったらその場を上手く運んで行けたのかも知れないが、更に空気を凍らせる。実はその挨拶の前、メンバーの登壇、続いて小生も出て挨拶をするところから、少し予期しなかったレスポンスではあった。見附の町には、たまにある東京の小中学校のような拍手の練習なんかして来てもらいたいとは思わないが、認識を新たにした。考えてみたら演奏会で拍手を送るという行為は日常的ではないものだな。

最近思うのは、日常に溢れる大きな電子音、息遣いまでもデジタル化されたような録音媒体に慣れている、というよりならされている僕らも含めて本来の一人の声、一人の楽器の音色と音楽、所謂アコースティックなものに直に触れることが少なくなってきているのではとある種の危惧を覚える。パソコンで絵が描けちゃう時代に、最近両親がカルチャークラブで目覚めた絵画教室での一枚を見る時、絵の具を溶いて色を混ぜあわせて彩を生み出すことの感覚は物凄く大事だと思う。音も同様に管楽器9本の音色が。ソロの一人が二人で和を生みアンサンブルになる。そこに広がる世界は大編成の吹奏楽とは違う味わいがある。だからプレーヤーはソロの能力を高める訳だ。それが今では流れてくる音楽の多くはサンプリング技法の賜物とあれば、それが当たり前になってくるのも否めない。

プロデューサーとしての一日。自ら音を出さないことの葛藤も含め感じたこと、全てを精査して次につなげて行きたい。見附ならではを求めて。                     東京へ戻る。車内で反省会兼打ち上げ。久々の帰宅。自ら指揮をするのはこれで本当に今年の納めかな。(4日2:00)

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