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December 2007

大晦日

あっという間に2007年も終わりだ。池袋西武に出掛けて、これまで使っていた兵庫のKさんお勧めの枕が蔕って来たのでクリスマスに注文しておいた新しいものを迎えに行く。池袋の部屋を閉めてミネラルウォーターを買占め、家で夕食。長岡の蕎麦を茹でて頂く。歩いて2分のお寺に兄と出向き説法を有難く聞き、除夜の鐘を撞く。お札を頂き甘酒を振舞われる。見事な星空。ここ数年ほぼ変わらぬ大晦日の過ごし方だ。日本を肌で感じるような時間だ。鐘の音が心に染み渡る。いろいろな想いを込めて2007年ともおさらばだ。40代最初の今年、少しは前に進めたかな。多くの出会いに感謝をもって。希望を持って寝てみるとしよう。(1日5:30a.m.)

年の瀬

ちと前日は飲みすぎたらしい。もうここまで年末も押し迫ると年内にやるべきことが既に手一杯だ。ダブルで頭を抱える。やるべきはしっかり次に持ち越し、もうひとつ大所での来年を思い浮かべる。長岡の駅ビルで毎年恒例の買い物。氷頭なますや蟹も小生を見ていたので思わず手に取り持ち帰る。最後にフレンドの「イタリアン」知る人ぞ知る不思議な食べ物。家に帰り両親と歩いて近所のスーパーに買い物に出る。久々に自宅でゆっくり夜ご飯を頂く。走ってきたなぁ、一年間。(1日5:03a.m.)

長岡の宴

多くの人に支えられて今がある、応援をしていただいていることを肌で感じる一夜。大学に立ち寄り帰省ピークのJRを乗り継ぎ長岡へ。ベルギーのお菓子とワインを持って乗り込む長岡市民合唱団の忘年会。暮れも押し迫ったこの日程取りは既に一年前に打診を受ける。この合唱団が小生にとって多くの活動のルーツのひとつに違いない。毎月曜の定例練習にこの2年間殆ど顔を出すことが出来なかったが優秀なスタッフを得、また合唱団も主体的に意思を持った活動を展開している。頼もしい限りだ。団員として参加されている森長岡市長もご臨席。100周年のイベント公演で指揮を執ったのみのお付合いとなった1年だったが、それだけでなく小生の指揮する新潟や見附のみならず東京での演奏会にも多くのメンバーが応援しに来て下さったり、東京フィルとの「夢づくりコンサート」や佐藤しのぶさんとのステージも財団での役割を含め様々な形での関わりに拡大した年でもあった。皆の笑顔が何より嬉しい。のりのりのアトラクションや男声合唱。何だか2次会でのア・カペラにとても心打たれる。改めて出会いに感謝。来年は4月20日がまず楽しみだな。(1日4:45a.m.)

三陸海の幸

大学を卒業して研究科を出てほぼ直ぐに初めて母校の授業で受け持たせていただいたのが高校の声楽演習とオーケストラの授業。声楽演習のそのスタッフの一人がこの12月で退職をされる。とても重要な役回りで見事に務めてらした後輩。しかし面白い授業だなと思う。彼女を囲んで先生方と会食。様々な話題に発展する。大事なんだよなこういう場って。竹貝というのを鍋で頂く。美味。(1日4:26a.m.)

トスカ・テ・デウム

懐かし北とぴあの小ホールで「啓声会」旗揚げ公演に参加。高橋啓三師匠の弟子として、今回は指揮を執る。「とり」の師匠のスカルピアを門下生一同の合唱が飾る。はらはらどきどき楽しいステージ。(31日23:28p.m.)

仕事納めの稽古

ゆったりとしたいのは余り許されずそれでもその中でしっかりと時を過ごす。モーニングをランチに換え、移動開始。目白の千登勢橋の袂にある公立の会館で高橋啓三師匠の門下会「啓声会」というちょっとこれもんの雰囲気のネーミングを持つ比較的健康的な音楽集団の旗揚げ公演で最後の演目で歌われる合唱の稽古。名手森島英子さんのピアノでご一緒する。終わって池袋に出て年賀状のことをふと考える。慌てて郵便局で200枚ゲット。早速年賀状の図案作り。といったって、オリジナルなものは殆ど無い。一年に一度でも挨拶を交わせるのはいいことだ。(31日23:23p.m.)

ホスピタリティ

いつだって、人と接するときは穏やかにそして真っ直ぐと向き合いたいと思う。正直自業自得ながら1年間追われた生活をしてしまっている自分がいた。新年の本番のお仕事が流れて、ふと手帳を見ると午後からの予定が空いている。透かさずインターネットで調べ上げ一泊出来る宿を選ぶ。大抵のホテルも旅館も経験したので飽き足らずというのが正直なところだ。別に贅沢をしようというものでもない。思い立ったのが遅くもあり近場で探した先に赴く。余計な気遣いは無く、その空間も然程広くは無い。でもきわめて居心地が良い。一年の自分へのご褒美だ。心が潤っていればそのように出来る。余りにもマニュアルを目にすることが多くなった世の中。面白くない。真のホスピタリティって癒しだね。(31日23:13p.m.)

世の中はクリスマス・イヴ

らしい。昔教えていた東京滝野川少年少女合唱団のOGに会いに出掛ける。買い物をして、何事も無く帰宅。(池袋31日18:18p.m.)

新潟第九コンサート

老舗イタリア軒はそもそも洋食のお店だったそうだが前回同様第九のときはこのオータニ系列のホテルだ。朝は伊原直子先生とご一緒に和食を頂く。前週の見附然り、ステージは伊原先生の存在がどれだけ深い音楽と共に空間を変える力を与えられることか。場が単に締まるというだけでなく、奇にベートーヴェンそのものを感じさせるような方だ。ご一緒できることが嬉しくて仕方が無い。と言うわけで10時から昼までのゲネプロを終え、本番。音楽の前に誰しもが謙虚に誠意を持たずして納得できるものにはならない大作を、お互いにベストを尽くして奏でた。合唱もあれだけ大所帯でありながら当然イベントではないクオリティの歌を披露された。上を向くたび首が捥げそうになる。お客様の温かい眼差しを受けながら合唱は高らかに空間を満たした。お酒解禁。打ち上げのはしごをして、2年間お世話になった愛すべき新潟交響楽団の皆さんに暫しの別れを告げる。りゅーとぴあに集った全ての人たちが良い新しい年を迎えられますように。感謝をもって。(31日3:49a.m.)

新潟第九前夜

300名を越す大合唱と新潟響との共演。BSNの収録もあり市民の手で作る第九の演奏会としては規模の大きなもののひとつだろう。いつもと同じ夜のリハーサル。合唱団のスタンバイがいつもより早く、団員さんに見守られながら?オーケストラとの最後のプローべ。リゅーとぴあは空間の深さがなかなか魅力だが何度か本番を経験しようやく耳が慣れた。第九の難しさは歳とともに痛感する。その間いろいろな第九の演奏会に触れて共感もするがどうやら一貫して自分のスタイル見たなものが生まれつつあるのかも知れない。とか言って次は全く違ったアプローチをしてみたり。いやそういう意味でもやたらと冒険できない曲のひとつだ。それを3度のプローべで当然の如くステージに乗せてしまうオケも凄い。前座エグモントに多少時間を割く。アンコールもやってみる。合唱に対して振るといつも以上にポジションが上ってしまう。声が天国から降り注ぎで来るような感覚。東京音大の後輩が手伝いに来てくれ、一緒に会食。いよいよ今年のオーケストラとの本番も仕事納めだ。良い時間になりますように。(31日3:11a.m.)

楽譜調達

新潟第九はほぼ完売との談。来月小生の振る長岡=プラハ響はどうかな。奥田佳道氏の軽妙なトークの流れるラヂオを聞きながらカムリと池袋に出る。大分芸短卒業生からメールが届く。卒業をしてそれぞれの道で活躍している話は心強い。近況を聞かせてくれる生徒さんと言うのは先生にとっては嬉しいものだ。カルメンもいよいよほぼ配役が決まる。ヤマハで楽譜を物色。銀座にしろ池袋にしろ世界中探してもバランスよく楽譜を取り扱っている国は日本くらいだろう。ウィーンもそこそこだが他の欧米諸国は結構偏った品揃えのところが多い。今年もまた蔵書が増えた。整理しなくちゃ。池袋はクリスマス前で賑やか。人混みはどうやら余り得意ぢゃないらしい。(31日2:30a.m.)

アルカディア音楽祭のお礼

先週12月15・16日に行われました第15回見附アルカディア音楽祭の開催にあたり、多くの皆様のご声援とご支援によって無事終えることが出来ました。ここに心より御礼申し上げます。

市民の手によって創り始めらたこの音楽祭、人口4万の小さな町で、15年の長きに渡って支えて下さっている多くの市民や聴衆の皆様の力が、音楽を愛しているということに留まらず、如何に私たちの身近に必要なもの、大切なものとして受け止めて下さっていることの表れでもあり、全ての原動力となり、その力強い歌声の源です。

そうしたエネルギーが若い世代によりよい形で浸透し、豊かな平和な環境づくりに少なからず寄与できることと信じています。これはこの見附という町だけに留まらず、全国に向けて発信する意義を持つものとして将来に向けて共に歩んで参りたいと思います。

感謝をもって

2007年12月21日

アルカディア音楽祭音楽監督・指揮者       船橋洋介

もういくつ寝ると

残り僅かになって、新しい年への期待とかポジティブな気持ちになれる半面、一年が過ぎ去っていく一抹の淋しさのようなものが同居した心持になる。余り休暇があるわけでも無いし、寧ろ年明けからのコンサートの準備と諸々の計画を履行するエネルギーを蓄えなければと思う。3キロ減った状態は身体にはよいのかな。スタミナが落ちたようでもある。本番は残すところあと2つ。夕方から受験生のレッスンをする。何とか導いてあげたい。もういくつ寝ると、厄年のはじまりはじまり。(池袋29日2:59a.m.)

山梨県立かえで支援学校

甲府駅前のホテルから日本フィルのメンバーと共にバスで20分。山を望み環境のよい支援学校。まだ創設されて数年とのこと。入校希望者が多く施設も手狭になっているようだが先生方スタッフの雰囲気がとてもよい学校。小生にとっても初めて支援学校でのオーケストラ鑑賞会。目に見てとれる反応というのはそれぞれなのだけれど明らかに皆興味を示してくれて、コミュニケートもなんら変わることなく進めることが出来た。ちゃんと語りかけたことを受け止めようとしてくれていた。むしろ予定外のアンコールを求められたり、ストレートな反応が嬉しい。子供さんが作ってくれた造花の花瓶は大事にオフィスに飾っておこう。きっと多感で音楽を心から愛してくれる子供たちがいてくれるに違いない。オーケストラも素敵な演奏をして下さった。親御さんも大勢来て下さったが、小生にとって何か心に残る時間となった。音楽を友達にしてもらいたいな。そして彼らが幸せな豊かな人生を送って欲しいと心から願う。(池袋29日2:32a.m.)

昭島の小学生

日本フィルさんと初めての文化庁・本物の舞台芸術体験事業公演初日。昭島の駅に近いちょっと良さげなホテルから車で10分、市立山田小学校へ。昼からのリハーサルを終え、2時から体育館での本番。まぁ何て素直な良い子供たちなんだろう。5.6年生の音楽クラブのメンバーとの共演や今回の目玉でもある、オーケストラと歌おうといった感じの全校合唱も元気良く応えてくれた。熱心な音楽の選科の先生が素晴らしい。学校もやはり先生方の雰囲気がとてもよい、故に子供たちも。納得。体育館ゆえの予期せぬハプニングはなんのその。心配していた小生の脱水症状も概ねクリア。かみかみの司会も何とかOK。そう言えば一昨日は芸劇での東京音大との第九はオケさんからは大方の好評を頂く。立川に出て池袋東京音大に。啓声会と称する歌の師匠の演奏会での合唱指揮を仰せつかりリハーサル。足早に再び中央線は新宿から特急あずさに飛び乗る。その間池袋から反対方向の埼京線に運ばれちゃうという初歩的なミスを犯し時間のロス。駅弁を頂きながら揺れ揺れの中央線は1時間半。甲府にて初めて下車。底冷えのする駅前を大荷物を引いて歩く。ホテルのバスタブに入浴剤を入れて本日終了宣言。今日も良く移動したなぁ。(池袋26日23:15p.m.)

移動の鬼

考えてみると昨日は劇的な帰京。長岡駅でプリマドンナ伊原直子先生と新幹線に走って飛び乗るという芸当のようなことをして、二人並んで座り興味深いお話を聞きながら東京に戻る。上野で降りられた伊原さんがホームから小生を見送って下さったのには涙がちょちょ切れた。そして、東京に着いた時、同じグリーン車の後方に中沢桂先生のお姿が。奇遇なことだ。先生は新潟市内での公演を終えられたとのこと。多くの方に支えられてひとつのステージが成り立っていることを顧みつついろんな想いを胸に帰宅。風呂に入って就寝。朝起きて早速次の準備。墨東病院で受診。東京駅で日本フィルさんのスタッフと打ち合わせ。大宮で用事を済ませ再び新潟へ。そろそろJRから表彰されても良い位だ。新潟交響楽団と新潟第九合唱団のオケ合わせ。りゅーとぴあの劇場でのリハはデッドなサウンドで幾ら抵抗したって無駄な環境。それでも合唱はパートごとの音が集まってきた。9時2分に終了し、タクシーで新潟から再び東京駅へ。自分でも良く状況が飲み込めていない(あはは)程だ。駅弁や何だか衝動的にキオスクで手に取り買い込む。21:29発最終ときに乗り東京駅23:40着、そこからが凄まじい。中央線快速青梅線直通最終に3本乗り継ぎ、昭島駅に到着したのは1時過ぎ。抑えておいたホテルに着いて先ず湯船に浸かる。新潟駅で求めた6個100円のみかんを頬張り取り敢えず一日終了。明くる日の流れをシュミレートしながらおやすみ。(新潟イタリア軒23日2:34a.m.)

アルカディア音楽祭終演

粉雪の舞う見附。東京フィルの首席奏者陣に東京音大のOBや学生、新潟響や長岡響のメンバーをオーケストラに迎え、伊原直子さんや菅野宏昭さんらソリストの面々、そして何よりも70名くらいしかいないのに、立派に美しく舞台に華を添えた自慢の合唱団。誇らしい瞬間。伊達に15年続けちゃぁいないよ。およそ5キロ減量に成功し本番に備えた?。自分が潰れちゃったら元も子もないと言う想いと、ここから先このお客様が、そして合唱団が自らの意志で何をしていきたいのか、何を求められているのかを問う大事な演奏会となった。オケは少ない練習だったけれど質の高い音楽を感じ合うことが出来たし、伊原先生の存在がどれだけ高みを示して下さったか。菅野さんの愛情溢れる歌と共に合唱もそれに良く応えた。お客様は何かを感じて下さったと確信する。ばんざい。皆さんお疲れ様。(21日池袋22:53p.m.)

アルカディア音楽祭開幕

この4万の小さな町で2日間の本格的な音楽祭が続けられているのも、市民の手によることを行政もこの数年よく理解をして下さっている。それでもホールの運営の行方や、文化芸術分野に対する考え方が問われる昨今、この音楽祭を終えて市がどのようにそれを受け止め評価をし次に繋げていくのかを見守りたい。その注目の1日目、チェンバロやピアノトリオ、そして歌姫鈴木愛美さんの見事なソプラノの独唱と我がアルカディア混声合唱団のカルメン予告版。90分のステージは今見附の市民の手で創ることの出来る中味のある時間になった。朝からステージの切り盛りは実行委員会を中心として全て合唱団と今年は特にホールのスタッフそして忘れてならないのは舘さんという今回のステマネ。こういう関係がもっと早くから築いて来れたなら今違った形で更に発展させることも出来ただろうと顧みる。夕方からは方々からオケも到着。戦場の如く時間との戦い。予定通り21時までみっちりリハーサル。合唱団も1日お疲れ様。温かい食事が身に沁みた。歌うお医者さんにも助けられ、無事第九を迎えられそうだ。(21日池袋22:36p.m.)

アルカディア音楽祭前夜

週末雪になる予報の見附。今年で第15回目を迎えるアルカディア音楽祭。震災の年は中止となったが、毎年市民の力で続けて来た。今回敢えてそれを口にしなかったのだが自ら率いたオーケストラ楽員のウィルス感染で多大なご迷惑をかけてしまった昨年のアルカディア音楽祭。そんな事故は昔のことのようにのほほんと何事も無いかのごとく弁当を作り売り続けている池袋の弁当屋の気が知れない。怒りのやり場の無いこの1年。責任を取って音楽監督も辞するつもりも、少なくても見附の皆さんにとって大事な時を本来の形でとの想いをせめて演奏会の中味で。今年は無事漸く実現しそうな感じだ。午前中は日本フィルさんとの打ち合わせ、午後は見附の副市長との会談をそれぞれキャンセル。夕方の来年カルメン公演のオーディションに備えた。夜は合唱団のリハーサル。第九もピアノプローベはこれでおしまい。今朝は熱が下がり食事は朝から殆ど口にしていないのに、みんなの前に立つと元気でいられる。職業病かぁ?あはは。皆さんのパワーを頂く。コンビニのおでん大根が美味しく感じる。ホテルつるやさん泊。(21日22:13p.m.)

演奏会のごあんない

今年も残すところあと半月余りとなりました。寒い冬の毎日如何お過しですか。さて、今年で15回目を迎える見附市アルカディア音楽祭もいよいよ今週末となりました。
15日は新潟ゆかりの音楽家たちによる競演。チェンバロの独奏やピアノトリオ、新進ソプラノのみずみずしい歌声と盛り沢山のプロです。(14:00開演)
16日は恒例の第九演奏会、毎年小さなこの町でフル編成のオーケストラと一流のソリストとともにステージを創ってこれたのは、町の皆さんの情熱あってこそ。小生にとっても感慨深いものがあります。週末まだ予定の立っていらっしゃらないあなた、どうぞお出かけ下さい。
両日とも14:00開演です。見附市文化ホール「アルカディア」にて。

ER

朝はいつもの和食処でおかゆだけ頂く。広島で見附や実家にもみじまんじゅうを大量に送る。新幹線は4時間。ちと辛い。大学での代講を取り止め自宅へ。明日からのことを考えて再び地元の墨東病院へ。成る程これが日本のERかと救急医療体制の最前線にお邪魔をする。27歳の時に水疱瘡でお世話になったのはこの病院の感染症科。そこで網膜剥離が見つかったり、一つの人生の大きな節目でもあった感がするが、今回はまぁたまにはのんびりせえや、と神様がお達しを下さったのだろう。考えてみると今年に入ってからお医者にお世話になった記憶が殆ど無い。これまでは3月に一度位風邪だの何だの何かしら忙しないところを衝いてバロメーターの如く逃げ場があったが。しかし担当の女医さんは格好良い。手際の良さと無駄の無いそれでいて丁寧な診療は有難い存在だ。こんなお医者ばかりだったら辛い思いをしないで済む人間もいるのにと。点滴は命の水だ。すっかりお腹に何も無くなったところに何だか満たされるものがある。久々に我が枕。代わりのいない自らの仕事を顧みる。(21日池袋21:43p.m.)

アスティふれあいコンサート

広島全日空ホテルは最近定宿になっているが系列が変わったのかスタッフの様子も何だか違う。遅めの朝食を摂り3時からゲネプロ。2時間ほぼ全ての時間を頂く。どうやら通すだけでも1時間半はあるらしい。なかなかハードなプログラムだ。広島響の本番のテンションは素晴らしい。感謝。大勢のお客様もお腹一杯だったんじゃないかな。知り合った広島の方たち来て下さったかなぁ。お客さんに面会をしホテルに着いたのが9時半頃かな。ふっと一息ついて腰を下ろしたとたんに、不調を訴える。そのまま明け方まで様子を見つつ、タクシーで病院へ。本番が終わるまで見えない力が小生を支えていてくれたんだと思う。それは正直見事なまでだった。過労と急性胃腸炎との診断を頂き、薬を頂いて帰る。何か大きなことを終えて、ふとほっとした瞬間に心臓とか脳とかの疾患で命を落とす人と言うのはこんな気分だったり状況だったりするのではないかと考える。本番を終えた安堵感に少し休む。(21日池袋21:25p.m.)

広島平和大通りのイルミネーション

朝6時台に新大阪へ到着。遅れたので起き抜けに走ってひかりに飛び乗る。8時半頃に広島。駅で少し朝食を摂りながら譜面を少し眺める。よく考えると曲数が半端じゃない。タクシーで練習会場のアステールプラザへ。広響さんとは9月の北欧特集以来のお付き合い。今回は大編成のオーケストラだ。10時半から4時までほぼフルで時間を頂く。大栗裕「天の岩屋戸の物語による神話」、小山清茂「木挽歌」と名曲ながら編成の問題やらでめったに取り上げることの無い作品に始まり、新作カーペンターズメドレーにスカボロフェアや明日にかける橋などの懐かしいメロディー、そしてアメリカ人らしいどでかいアレンジのビートルズ特集と続く。更にクリスマス特集と、何だか曲の多さに時間との戦い。何て誠実に音楽して下さるオーケストラだろう。感謝。睡眠不足ゆえちょっと仮眠を摂ってホテルのバイキング。良く食べた。本番会場となる国際会議場の位置を確かめつつ今日も原爆ドームのある記念公園に手を合わせに行く。帰りに丁度1年前クリスマスコンサートで訪れたことを思い出す。平和大通りのイルミネーションは圧巻。(21日池袋21:07p.m.)

ビートルズ

子供の頃聴いた記憶として鮮明なのが「オヴラディオヴラダ」だ。きっと姉が手に入れたイエスタディのB面か何かドーナツ盤での体験。水曜日にある広島でのコンサートは日本の作曲家名曲選とカーペンターズにビートルズなどのポップスヒットメドレーだ。東京駅でアレンジャー某氏と落ち合う。楽譜を手に新潟へ。本当はリハーサルを代理に頼もうかと思ったのだが新潟響さんの様子を見て決めた。第九とエグモント、所謂音文の名で親しまれているその練習会場は大学出たての頃から通っていた潟響さんとの思い出の部屋。ここでのリハーサルも今日でとりあえず最後となった。一人で勝手にちょっぴり感慨に浸ってみたりして。しかし恵まれているよなぁ、練習環境。駅前で軽く食事をし22時55分発の寝台急行きたぐにに乗り込む。今日は流石にA寝台。多少の飲み物や何かを求め飛び乗る。楽譜を眺めながら一路大阪へ。往年のポップス、名曲が沢山あるなぁ。車窓が何だか淋しい。今年の師走強攻ウィークの始まりだ。(池袋21日20:49p.m.)

試練の師走

今年も残り3週間。いよいよ来年は厄年、本厄だ。余りその実感も意識も無いのだけれど、無理をするなよ、と戒めてくれるものだろう。それは実感。定められた時間の中で全てをクリアしていかなければそこで終わってしまう時間の感覚は余り健康的ではない。先生走る12月、まだまだ走るぞ!いろいろやりたい病は発作が止まらない。しかし空気が綺麗なのか夜の星空が結構時間を忘れさせてくれる。老後は星空の綺麗な所だな。決まり。水が美味しくて、と言うことは田舎だ。決まり。(甲府19日0:24a.m.)

合唱授業

長岡から移動をして大学に直行。B500の教室は相当数の学生が授業を取っている。先日の指揮者合わせを受けて小生の出番。この後授業日も自身の本番が続くので実質最後の授業だ。色んな想いが込み上げてきた。夕方は指揮の学生の補講。1時間。その後のディスカッションのほうが長かったかな。日が替わって久々に自宅に帰る。(甲府18日23:52p.m.)

キティちゃん

パルティノン多摩のホール正面に聳え立つその巨大なオブジェを見たときは正直ほっとした。と言うのも東京都響さんの音楽鑑賞教室本番のこの日、自宅最寄の船堀から直通で行ける京王線乗り入れの都営線に乗ったものの、途中で人身事故の報。急行運転は中止されたので、新宿で小田急線に乗り換える。携帯の乗り換えサイトが役に立つ。予定より30分遅く着いたがリハーサルの30分前に無事到着。思わず巨大なキティちゃんを携帯で撮る。盛り沢山プログラムは多摩市小学校の音楽鑑賞会。剣の舞に始まり楽器紹介はスターウォーズ、花のワルツに管弦楽のためのラプソディーと続きみんなで歌おうのビリーブに新世界の4楽章と続く、アンコールはそりすべり。とフルコースだ。よく聴いてくれていたなぁ。今日もオケのクオリティの高さを感じつつ、終演して急いで京王線に飛び乗る。奇跡的な乗り継ぎで6時過ぎには長岡に到着。駅蕎麦なんぞを食し在来線で見附へ。市の施設関係者と会談。後に子供の歌を10分レッスン。大人の第九もいよいよ佳境だ。共に音楽をする一瞬が何だか愛おしい。大雨の長岡に戻って一人贅沢に肉を食べる。ゆったり食事を撮ること、だいじだな。(11日広島23:19p.m.)

オフ日は何処へ

週に1日は研究日をという毎年年初の誓いも結局正月の夢と化して実現される見通しはない。この日も年末に向けて楽譜を読む時間にと考えていたが予定通り?予定が入った。見附のカルメン公演のキャストオーディション第1弾。新潟縁の声楽家を公募。そのうちのお一人の歌を聴く。残るは次週だ。夜は日本フィル=沼尻第九のピアノ本棒プローベ。武満作品3曲に第九。谷川俊太郎さんの深い詩と武満徹さんの無駄の無いそれでいて染み入る歌が絶妙だ。沼尻さんのアシスタントをしたことがあったなぁ。モーツアルトのオペラだったかな。楽譜を借りたり返したり、何だか落ち着いて譜を読む環境が見出し辛い。がそんなことも言っていられない。歩みを止めたら全てが終わってしまう。寒い日だったな。(池袋8日22:51p.m.)

予防注射

前日も風邪の症状が沢山あったのだけれどこのままだと、このまま年を越しそうな気がしてきたので思い切って隣のお医者に出掛ける。歩いて25秒。インフルエンザの予防注射。お風呂は?とか運動は大丈夫?とか聞きながら一番聞きたい「おさけは?」なんて予測できる答えを敢えて求めてみたり。午前中NHKを見ていたら突如自分の顔が。来年2月の東金でのFM収録観覧希望の案内。びっくりしたなぁもう。高校に行って指揮法の授業。実はこの後毎週水曜が本番続きなので彼女たちとの授業はこれでお仕舞い。ちょっと淋しいものがある。良い生徒さん達だったな。来年2月はカルテットを呼んで指揮の試験だ。大学へ出向く。副科の高校生のレッスン。ピアノを聴かせてもらう。上手いんだよな。だからここからどうやって一歩を踏み出すかと言うところで多くの学生がもがいているわけだ。ちゃんとテクニックだけでなくて音楽の内面的なこともよく考えているし偉いな。成長が楽しみだ。やはり師走だね。去年の怒涛の日々を思い出す。おぅその日にぼやきなんて珍しいぢやん!(池袋5日21:37p.m.)

雪の新潟

朝ホテルを出る時、市内もうっすら雪が舞っていた。新潟の人達にとって、と言っても新潟市はそうでもない様だが、いよいよ長い冬の始まりという感じだろうか。新幹線に叩きつける霙。池袋に出て東京音大に立ち寄る。東京も寒い。高速で霞ヶ関へ。サントリーホールの駐車場に老体カムリ君を納める。東京音大の第九演奏会の合唱アシスト。先輩指揮者のアシスト。広上主任教授と寒い夜空の下、珈琲を啜る。大事な話をしたのだが一気に身体が冷える。上司篠崎先生と阿部先生と小生で3人揃って舞台挨拶。学生はオケも合唱も自発的に音楽をしていた。大健闘。100周年の記念行事も一段落だろうか。学習院でもお世話になったソロを含む4人の歌い手に差し入れ。学生が全員退館したのを見届けてカムリと共に赤坂を後にする。まぁよかったんぢゃないかな。(池袋5日21:18p.m.)

雨の師走

インフルエンザの予防接種を受けようと思っていたが断念。調子の良いときに早めに行っておきたい。車を飛ばして大学は指揮レッスン。合間に長岡の合唱団や見附の第九のやり取り、鶴岡のソリスト決め、プロオケ3団体からの連絡、なんだかいくら時間があってもやりくりし切れない状況の一日。見附市長との電話会談もあったな。大宮からとき号。定演を終えた新潟響は第九の初回練習。のっぺのように色んな味があった。歴史の詰まった?ベートーヴェン。定演で取り上げるべき作品だね。何だかぞくぞくするぞ。ビタミンCなんぞを摂る。風邪なんか引いていられない。休んでみよう。(新潟4日1:00a.m.)

必殺まとめ書き

新聞を握り締めながら、片手にノートパソコンを掴みながら、携帯のアラームをセットしながら眠ってしまっていることが最近多い。部屋の電気を消しそびれて明け方気がついたり。睡眠が浅いと朝が辛い。でも久々に朝の移動が無い日曜日。昼まで寝ていた。と言っても明け方寝たのだからいつもと然程変わりないのかな。昨日分までの「ぼやき」を見て長岡のYさんが命名してくれた標題は毎日更新?の当サイト。改めてこの秋はいろいろなステージを踏んで多くの人と出会った。また多くの人に支えられた。連日サイトにメールも沢山頂く。先日の新潟響も、見附や長岡から沢山聴きに来てくださって何だか心が温かくなるプレゼントや手紙を頂く。幸せものだなぁと思う。最近頂くプレゼントとかこんな話を日記に書くのもどうかと思うが、「入浴剤」がダントツ一位。旅で持ち歩き早速お世話になる。美味しいコーヒー豆もヒットだ。更に最近頂いたのは万歩計!早速毎日愛用中。車に乗っていてもほぼ一日1万歩は歩いているようだ。しかし鍛えねば。デスクワークの合間に10日分書き貯め。良い一週間を。(新潟4日0:36a.m.)

大学第九の合唱

母校東京音大は創立100周年、来週記念演奏会の第九がある。その本棒稽古として授業時間に先輩指揮者の合唱稽古。あのB500教室は小生が中学3年生の夏季受験講習会に来た以来だからなんと25年も通っているわけか。若い声を聴いて彼らの頃、何を考えていたかな、とふと我に返る。これだけ多くの学生が音楽を学んでいて日本の音楽事情や意識が変わらない筈は無いし、飛躍して音楽が世の中を変えるくらいな大きな夢を抱く。武満徹「死んだ男の残したものは」を傍らで聴き、何だかんだ言っても日本は平和なんだと思う。いよいよ師走の始まり。えっ12月ってこと?もう1年もあと30日でお仕舞い?(池袋2日21:52p.m.)

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