日本の食生活

少しゆっくり起きて今日は区内の病院へ。そういえば数年前からマネジャーY女史と脳ドックに連れドックしよう!と計画をしていたがとうとう叶わず、抜け駆けして診察を受けに行った。諸々の症状からリハビリテーション室で立つ時の重心バランスの検査を受け、いよいよ脳と頸部のMRI。おぅ感動!自分の脳みそ。先ず何よりあって良かった、みそ。100人に一人しかない部分があるという説明に、それは天才って証拠かと野暮な質問は取り下げたが大変よく診てもらうことが出来た。、首の骨が気になるが普段の頭痛は主に肩こりから来るものと分かりひとまず安心。あとはどうやって各部位の痛みを取っていくかが課題だ。気長にドイツチックに?構えようか。ホームセンターとか、デパートとか結構好きらしい。思わずかつての行きつけのホームセンターへ行き、ベルリンで使えそうなものも含め、ウィンドウショッピングをする。酒類量販店でビールと水をゲット。知らぬ間に色んな新しい種類のビールが出ていた。でも主流は第3のビールなんだなぁ。夜はサントリーホールに演奏会へ出掛けてみる。かつての上司、広上淳一氏率いる日本フィルさんと母校東京音大の合唱。どこから結びついたか分からないプログラミングながらいい曲ばかりだった。学生の時から母校の合唱指揮者時代まで大変お世話になった尊敬する篠崎義昭先生にお目にかかることが出来た。家に帰って久々に兄貴と会う。兄もまた朝霞にある家近くの家庭菜園で野菜を作って持ってきた。ちょっと羨ましいなぁ。そこで採れたナスやトマト。てんぷらを作っていただく。旨い。どうだ、ドイツ!でもビールだけはドイツは旨いんだなぁこれが。そろそろ次はプリン体の心配をしてみよう。豊富な魚、それと肉との消費のバランス、野菜の質もドイツよりは良いのだろうと思う。それとも単に日本人の求める味覚が優れているということだろうか。味付けの繊細さ、バラエティーの豊かさは誇れるものだ。ベルリンのスーパーのチラシはどのページを開いてもデ○まっしぐら。久々に家族4人が揃った。(東京12日1:15a.m.)

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日本の車社会

やってしまった。寝過ぎ。昼に眼が覚める。この湿気と暑さで自ら時差ボケを招いてしまった。久々に愛車カムリ君に乗ってみる。動いた、感動。そろそろ地球のためには身を引いてもらうべきところだが、暫く付き合ってもらおう。池袋の東武デパートへ。ドイツっぽいお菓子を購入。秋からずっと履いている靴の中敷を求める。昨年長岡の駅前で余り期待せずに買ったそれが今や手放せない。日に平均3~4キロ歩いていたが買い換える必要も無いほど軽く丈夫だ。眼鏡屋に立ち寄りそのまま渋谷へ。ジャパンアーツの入るビルへ次週末からの旅公演打ち合わせに伺う。我がマネージャーS女史も元気そう。ヨーロッパでの報告や公演の内容にリハーサルについて等々順調に打ち合わせが進む。車で行き近くのパーキングに入れたら料金2000円、え~!ベルリンはただ同然なのに。ユーロの変動で生活費は若干日本より高く感じるものもあるが、日本は余計なところにお金が掛かり過ぎる気がする。ビールの税金とかっ。車で都内を走りながら帰宅。やはり日本の食文化は素晴らしい。きっと水の影響が大きいのだろう。庭で採れたインゲンはケニア産のそれより断然旨い。洗濯物は肌に気持ちよいのも実感するし着替えもソフトだ。ベルリンでは何を使って洗ってもガビガビ。まぁ、それでもベルリンは芸術家ビザを取っちゃう程、愛する街ですが。カムリを走らせて改めて気が付くのはタクシーの数の多さ、道の狭さにそぐわない交通量。高速料金ただにできたらいいのに。とは言え物流と人の移動は当然ベルリンとは比較ならないが、何でも東京に集中しすぎていると思う。ガソリンはもうおしまい。ベルリンでは日本車はマツダ位しか見かけなかったが、日本でベンツ、BMVを見ると余り感じよくないな。と思うこともあるが次はBMWにしようかとか考えていたこともあったりして。低燃費低燃費。(東京12日1:10a.m.) 

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日本の交通網

朝から満員電車、おかしいよ日本。当然人口も多いし、よっぽどドイツなんかより仕事もよくやるのだろうけれど、道行く人の足取りも表情も朝から疲れきっている。とおもいつつ自身もそうだったのかも知れない。ホームの放送や過剰サービスアナウンスが煩い、これが気遣いの文化かな。久方ぶりに東大病院。初診扱いにされたが予想以上に早い診察。担当が若いお医者にも診させる。いいお医者になってね。梅雨空だったが本郷から後楽園まで歩いてみる。楽しそうなお店が沢山。地下鉄を乗り継ぎ九段下へ。靖国神社の鳥居の大きさを捉えながら次の目的地九段坂病院。岩城宏之先生にご紹介いただいた名医山浦先生に3年ぶりに見ていただく。MRIでは何度居眠り仕掛けてびっくりしたことか機械音も心地良い。いずれにしても両病院の検査診察の結果は予想以上に良好で一安心。岩城先生が無くなってもう3年かぁ。楽しい会話にクシャクシャっていう顔をなさった晩年を思い出す。久々の別宅へ。東池袋の交差点も大きな道路が開通しそうな気配。鍵を預かってくれる河合楽器雑司が谷店に立ち寄り久々のよもやまトーク。近所に新しい店もいくつか立つ。さて我が城、7畳のレッスン室は健在。思わずただいま!過ごし慣れた空間はほっとするものがある。ベルリンのあのフラット、次に帰るときはどんな表情で迎えてくれるだろう。家に帰り今夜もお米を堪能する。枝豆にヱビス。たまらん。値段は3倍もする日本のビール、有り難く頂くとしよう。それにしても東京の交通網は良く整備されている。ドイツの方がシンプルで無駄が無い。日本で1つ怖いのは地震だ。いったい今どれだけ地下深いところに自分はいるのだろうと不安を感じた。とにかく街がごみごみし過ぎている。(東京1:05a.m.)

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日本のトイレ

ベルリンを6日7時に発ちロンドンはヒースロー空港へ2時間弱。この時点で日本に帰るためなのに少し遠ざかった気分。ターミナル5は広く新しい。乗り継ぎのためなのに手荷物検査がやたらと厳しい。午後の便までかなり時間があったのでいろいろやる。今回の滞在を決めるきっかけになった小生の振る演奏会においでいただきメールを下さった聴衆の男性にお礼のメールを打ったり、少しお土産を求め時間を費やす。スタンドでギネスを1パイント、うーんロンドンでの滞在を思い出すなぁ。BAは少し座席の広いクラスの席だが出発の時点で既に2時間の遅れ。いよいよ成田。田んぼの緑が眩しい。いや暑い、湿気。1時間に1本出ているリムジンで実家から歩ける距離の停留所まで1時間。懐かしいほっとする気持ちとここはドイツぢゃないという認識に揺れる。かつての通勤路を家まで歩くと区画整理で家の周りがこの数ヶ月で様変わり、家の門も初めて開ける。お邪魔しまーすってな感じだ。ショック。お隣さんもさら地になり不思議な感じだ。ただいま!家庭菜園(小さい)のトマトにインゲン、しし唐が見事。早速晩ご飯で料理する。ベルリンに滞在中、日本のお医者へ行く予約やら情報を得てこれからお医者通い週間。いつも舞台の衣装のお世話になっているクリーニング店にずっと海外で着ていたスーツをお願いしに挨拶。使い方の分からなくなった携帯を駆使し、近所の口コミ歯医者に飛び込み虫歯の点検。数年来の不調でもあるあご、噛み合わせ、噛み締めについては早くどこかよいお医者を探さねば。歯は大事だね。家で半年振りの風呂、長風呂の習慣は消滅。汗が引かないんだもん。でも風呂にどっぷり浸かるのは巡りが良くなるのを実感。日本を体感。ウォシュレットに感動、いつもより長居していた。にんまり。

帰ってきました。皆さんまた仲良くしてくださ~い。 (東京12日1:00a.m.)

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ベルリンの墓地

今年生誕200年を迎えたヤコプ・ルートヴィヒ・フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディはこのベルリンに眠っていることを知り無性に行きたくなった。気が付いたのがこの日曜の夕方。思い立ったら即行動。まだ明るいのだが墓地は何時に閉まるか分らない。既に5時を回っている。とにかく地図を手に目指す地下鉄の駅へ向かう。そこからはほぼ勘で足の向く方へ。いくつもの門が閉まっていて、恐らく入り口を間違えたのか墓地に入り込めない。そこへ楽譜を持った人の流れが見えた。明らかに何かのパフォーマンスが終わったのだろう。その流れに一人逆らって辿り着いたのが、メンデルスゾーンのお墓。隣には最も慕っていた姉のファニーや親族のものと共に並んでいる。真っ白い十字架のお墓には鮮やかな花が手向けられている。来ることが出来て良かった。
小生にとって何かと縁のある作曲家だ。ここ数年で集中して交響曲や「エリア」、合唱作品を手掛けてきたが大好きな作曲家の一人だ。ここに来てしそびれていたことの一つをし得たようだ。ウィーンでもどこでも作曲家のお墓参りは必ずといって良いほどに行っているが、いつものように少しでも仲良くなれたらと願うのだ。今日も勝手にメンデルスゾーンと少し近づいた気持ちになる。数多くの偉業を残したものの38歳での死は早すぎる。生い立ちについて裕福さだけがクローズアップされることがあるが、ユダヤ人であったことによる厳しい迫害を受けていたことは無視できない背景のひとつだ。
家の目の前にある教会を訪れる。鐘の音を聞きながらの生活と共に存在する教会の姿に心強いものを感じる。
お世話になっている後輩のピアニスト沢野智子さんと会食。焼き鳥。
いよいよ日本に帰る日となった。日の出と共に起きなければ飛行機に乗れない。
ベルリンでの多くの出会いに感謝。
ではまた。

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