演奏会のご案内

緑の眩しい季節となりました。

ウクライナ侵攻は未だ収まらず、言葉になりません。
国内のコロナによる音楽活動も、慎重にならざるを得ない状況は
これまでと変わりありませんが、7月にリベンジの公演の
指揮をさせて頂くことになりました。

ご案内申し上げます。

 

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またひとつ。

大学音楽棟にある庭は2年ぶりに少しだけれど花で今年の新入生を迎えた。暮れ押し迫った頃に忘れらえかけていたチューリップの球根を植えておいて良かった。一斉に可愛らしい色とりどりの花をつけた。少しだけゆっくり歩いて見てまた次の授業へ向かう。つかの間の時ながら、一日でも長く咲いていて欲しいと願う。またひとつ歳を重ねた。覚えていて下さった方からLineやメールを頂戴する。どうもありがとうございます。コロナから2年、まだまだ何も変わってはいない。忍耐の時は続くようだ。そしてあれから2ヶ月、非道極まりない現況にやるせない。戦争を止める手はないものか。これ以上望まない死を増やしてどうするのだ。耐え忍ぶ人々と残されて生きる人たちに寄り添いたい。その想いも7月10日の「ドイツレクイエム」に込めることになろうか。

池袋オフィス閉室のお知らせ

世の中が一変して2年が経過し、未だに光を見出せない状況が続いています。
皆さまは、お変わりなくお過ごしでしょうか。

さて、2001年より南池袋にて「船橋洋介ミュージックオフィス」として
20年にわたり様々な活動の拠点としておりましたが、この3月末日をもって閉室することといたしました。

この間、音楽研究活動の東京での拠点としてのみならず、多くの生徒さんへのレッスンや、
来日アーティストのリハーサルスタジオとしても機能しておりました。
中でも、私の活動の原点とも言える「PVMオーケストラ」での様々な準備や、
見附・長岡の水害チャリティーコンサート、中越地震の募金活動の事務局として
多くの方々のご縁を頂き、忘れ得ぬシーンを経験させていただきました。
活動にご協力くださいました全ての方に、改めて厚く御礼申し上げます。

当時、部屋の形に合わせた防音室を設え、4階のベランダから
クレーンでピアノを搬入した記憶は今も鮮明に蘇ります。
近年では防音貸しスタジオとして日頃より多くの方にご利用いただいて来ましたが、
なかなか、管理に立ち寄ることもまままならず、時代の流れとともに
20年の節目にその役割を果たしたものとし、防音室も解体いたしました。

今後は、指揮活動に加え、仙台での教育活動とともに、
東京・江戸川の自宅兼スタジオに拠点を統合し、
引き続き個人レッスン(指揮・音楽指導・受験指導等)を行ってまいります。

あらためてこれまでお付き合い下さいました
皆さまに心より感謝申し上げます。

今後ともご支援の程、よろしくお願い申し上げます。

 

          2022年3月31日   船橋 洋介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごあいさつ マネージメント

お世話になっております皆さまへ

 

この度 わたくし、船橋 洋介 はこの6月1日付けをもちまして、
音楽・指揮活動のマネージメントを、

江上アートオフィス にお願いする運びとなりました。

合同会社エガミ・アートオフィス (egamiartoffice.co.jp)

 

長きにわたってお世話になりました、株式会社ジャパン・アーツの二瓶純一社長をはじめ、
多くのスタッフの皆さまには、大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。

 

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

   2021年5月31日

                 船橋 洋介

                                  

 

旭さんとの思い出

30代の時に知り合った友人は当時5歳だった。初めて会った時には既に、小さいお子さんと接している感覚というよりも、一人の音楽家と出会ったような気持ちになっていた。それからしばらく、文通をしたり、曲を送ってもらったり、、、。そして14歳で発病されて、最後に会えたのは15年、鎌倉に車をぶっ飛ばした記憶が蘇る。無性に会いに行かなければと思った。ご家族の深い愛情に包まれて、16歳の生涯を閉じた作曲家は、聡明な彼の音楽に共感する多くのアーティストは皆、彼とのハッピーな出会いの記憶と共に生き続けるのだ。作曲家というのは本当にすごいなと思う。作品が生き続けるのだから。出会った頃は、今の私の息子と同い年だから「旭君」なのだけれど、今、元気でいたなら22歳。「旭さん」は今も作曲をし続けているような気にさえなる。全く知らずに失礼していたことも、また多くの出会いや、そのかけがえのない時間を、毎日新聞の小倉孝保さんが素敵なタッチで目に見えるように著わされた。多くの方に手に取って頂きたいと思う。「才能はモーツァルト以上」16歳で亡くなった天才作曲家・加藤旭の本当の実力 視力を失いながら書き上げた一曲 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン) 出会いに感謝。

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